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ミッションの終わり 3 叛逆者

 森を抜けてきた女性騎士の姿に、グレンザー伯は戸惑った。

 どうして来たのか、理解できない。


「グレース! 戻れ!」

「ですが! 閣下が心配で!」


 グレースはグレンザー家に連なる者。皇女の近衛に抜擢されるほどの武勇と知恵を持つ。

 しかし、この場では明らかに実力不足だ。

 とはいえ、増援は増援。状況は少しまともになった。


「仕方あるまい……私を補佐しろ。離れるな」

「はい!」


 饗主もその側近二人も動じた様子はない。

 むしろ興味を持つ素振りもなかった。


「グレース、奴らは恐ろしいほど強い。私が隙を作る」

「ええ」


 剣を抜き放ち、構える女騎士。


「では――」


 合図を出そうとして、グレンザー伯は目を見開いた。

 脇腹が、熱い。

 剣先が己の体を貫いて、腹から飛び出ていた。


「……なんだ、これは」


 血が流れ、鎧を朱に染める。

 遅れて痛みがやってきて、彼は片膝をついた。


「グレース……」

「閣下……動いてはなりません。傷口が広がります」


 自分で刺しておいてなにを言うのか。


「なぜ、笑っている……おまえは……」


 ここでようやく、グレンザー伯は思い至った。

 今回の調査団の情報が敵に流されていた可能性。

 『絶倒剣』と『爆斧』の背後にいた者。


 やはり内通者はいたのだ。

 シントもとうぜん、気づいていた。しかし確証がなかったため、誰にも言えなかった事実がいま、明かされた。


「このような……傷、など! ぐうっ!」


 力が入らず、神槍を手から落とす。


「閣下……レオお従兄にい様はさすがです。たっぷりと毒を塗ったというのに」

「毒、だと?」


 幼きころより見てきた妹のような存在が見せる、妖しい笑み。

 ぞくりとしたグレンザー伯は、目をそむける。


「これで終わりか。呆気なかったな」


 饗主が空から降りて来る。


「よくやったね、グレース」

「もったいなきお言葉……」


 うやうやしくグレースがひざまずく。


「き、貴様……グレースを篭絡、していたのかっ!」

「彼女だけじゃないよ。いたるところに僕の友人はいる」


 絶望。そして、死。

 グレンザー伯は人生で数度しか味わったことのない感情にとらわれる。

 恐怖。しかも恐ろしいまでの、呼吸を止めてしまうくらいものだ。


「それで、その……饗主、さま。褒美、なのですが」


 グレースの顔は、真っ赤になっている。


「もちろん。忘れたりはしない」


 彼はグレンザー伯に向けて手を掲げ、【才能】を行使する。


「≪操作≫≪切離≫≪絆霊子≫」


 三つの詠唱が、グレンザー伯の肉体にある種の縛りをもたらす。

 体の最も奥をいじられるという不快さに、伯爵は叫んだ。


「なにを……私に、なにをしたのだ……」

「ふう、【神格】の所有者はさすがに抵抗が強い。けど、これで終了。グレース、これで彼は君の命令を拒否できない」

「はい……ありがとうございます……」


 彼女はねっとりとした視線でグレンザー伯を見る。

 欲望に染まった歪んだ表情は、見るにたえない。


「さあ、閣下、手当てをして差し上げます。鎧と衣服を脱いでください」

「バカな……なんだ、これは」


 逆らえない。グレースの言葉には快楽すら覚える。

 

「これが……お従兄にい様の肉体……ふふふ……」

「なにを……」


 グレースは恍惚の表情で、グレンザー伯のあらわになった体を撫でまわす。


「レオール、プロメテウス、行くよ」

『もう、よろしいので?』

「ああ、残念だけど門は閉じてしまってる。急いで来たのにね」


 饗主は冷めた顔つきで両腕を広げた。


「でも収穫はあった。レオール、【神格】を回収して」

「御意」


 獅子面の男は、神槍ゲイボルグを奪い、担ぐ。


「帰ろう。まだ馴染みきってないみたいで、眠い」


 あれだけの激闘だったというのに、大あくび。彼にしてみれば【神格】の所有者でさえ、子どもレベルだ。


『協力員が指示を待っておりますが』


 プロメテウスに言われ、思い出す。

 『絶倒剣』トレーボルはずっとひざまずいたままだ。


「そこの人」

「は、はい!」

「待機して指示を待って。えーと、どこがいいか」

『ダレンガルトという町で人手が必要です』

「あー、【神格】があるんだっけ? じゃあプロメテウスに任すよ」

『仰せの通りに』


 かくしてトレーボルはダレンガルトという町での待機を命じられた。

 彼は命を拾ったことに感謝し、全速で走り出す。


「時空の門はまだある。ここは後回しでいい……っと」


 饗主ががくんと膝を落とす。

 倒れそうになるのを、獅子面の男が支えた。


「レオール、おぶってくれない?」

「御意」


 緩慢な動作で、側近の背に乗る。


「あ~、レオールの背中って広くて厚くてあったかいな」

「恐縮至極」


 でかくて頼もしい背中を満喫しつつ、彼は帰還を命じた。

 同時に背後から女の嬌声が聞こえてくる。


「まさか、ここでおっぱじめるの? はあ……これだから」

『見逃してよかったのですか?』

「始末してもよかったけどね。けど、もうすぐ始まる。使えるものは多いほうがいいさ」

『ええ』


 全身鎧のプロメテウスは、ほんのわずかに後ろを見る。

 が、すぐに興味を失くした。


「僕が眠っている間の準備は、君に任せる」

『……』

「なにか気がかりでも?」

『いえ』


 彼はなにも言わなかった。


『まずはフォールンへ。その後、手筈通りベルザラントに向かいます』

「うん、よろしく~」


 と、饗主は眠りに入った。

 

『……』


 準備はすでに九割九分、整っている。

 間もなく始まる騒乱に対し、不足はない。

 

 饗主は神だ。比喩でもなんでもなく、神に等しい力を持つ。

 饗主なくして、世界を変えることなどできない。

 

『帝国は終わりだ』


 ごく小さく、誰にも聞こえないようにつぶやく。


『帝国も、そしてラグナも、滅ぶべきなのだ』


 プロメテウスの決意はミスリル銀よりも硬い――

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