ミッションの終わり 2 神の子
「これは……なんということだ」
『絶倒剣』トレーボルと『爆斧』バンダルを追うグレンザー伯は、その途上で木に寄りかかり、脇腹を押さえる部下を発見し、立ち止まる。
「マハト、なにがあった?」
マハト、と呼ばれた青年は、顔をしかめたまま答える。
「すいません、閣下。油断、しました……っ!」
「無理に動くな」
「いえ、少し休んでいただけですから」
「他の者は?」
「引き続き、追っています」
マハトは『大紅蓮』の中でも屈指の強者。それに手傷を負わせるとは、思ってもみなかったことだった。
「腐ってもオリハル級、ということか」
今回の任務はおかしなことばかり起こる。超巨大モンスターを仕留められたことは僥倖に違いないが、謎が多すぎるのだ。
そして、シントが言っていたことも気がかりだった。
「饗団……伝説の類とばかり思ったいたのだがな」
「ええ、まったくです」
グレンザー伯は少しの間、考える。
調査団の行動は、どうにも読まれ過ぎているような気がするのだ。
帝都を出てからは、『絶倒剣』トレーボルと『爆斧』バンダルが手を引いていたのだろうが、その前はどうなのか。
「閣下?」
「いや、すまん。応急処置をしよう」
「いえ、もう血は止まりました。ともに参ります」
「そうか。ではついてこい」
「はは!」
彼は部下とともに森を駆ける。
木々にところどころ槍による傷があり、行くべき道筋を明らかにしていた。
森から小さな谷を越え、林に入る。
そして、ついに追いついた。
「閣下!」
「さすがの大将! もう来ていただけたか!」
「行くぞ! さっさと捕らえる!」
『絶倒剣』トレーボルと『爆斧』バンダルはもう目の前だ。
グレンザー伯は神槍を握る手に力をこめる。
「我が征く道に光を照らせ! ≪光煌突≫!」
おおいなる魔力が放たれ、レオ・グレンザーが加速。
槍の切っ先は光となり、逃げる『爆斧』バンダルの背を打つ。
「ぐぼあっ!」
「バンダル!」
一撃であった。
槍の先端が背を突き破り、胸から飛び出る。
情報を引き出すのであれば、一人いればいい。
グレンザー伯に迷いはなかった。
「くそっ! くそっ!」
トレーボルは仲間を見捨てて、前方の空間に飛び込む。
そこはぽっかりと開けた場所だ。
背の低い草の生い茂る広場、と表現していいだろう。
転がるように進むトレーボルはもはやなりふり構わずだった。
しかし、彼は止まる。
追いつかれたわけではなく、目の前に誰かが現れたからだ。
「あれ? 君は誰かな?」
穏やかな口調でトレーボルを見やる男は、この場には場違いの雰囲気を持っていた。
「誰だ……?」
バンダルを捨て置いてやってきたグレンザー伯と『大紅蓮』もまた、場違いな男と、左右に佇むただならぬ者達を見て、足を止める。
帝国風紳士服をスタイリッシュに着こなした、青年。
右には、獅子面の巨漢。大剣を背負い見ただけで一級品とわかる鎧を身に着けている。
「『獅子族』、なのか」
南方の少数民族の中でも一際小さい部族である『獅子族』を帝国本土で見ることはまずない。
そして青年の左にいるのは、これまた不思議な雰囲気を持つ戦士。上から下までを白銀の鎧ですっぽりと包み込み、表情はまったく読み取れない。だが、立ち姿は堂々としたもので、隙の一切がなかった。
「お、おれは……」
トレーボルは青年に見つめられ、即座にひざまずく。
彼は自分がどうしてそのようなことをしたのか、まるでわからない。
『こちらの協力員かと』
全身鎧の男が、青年に語りかける。
「あー、そうかそうか。追われているみたいだけど」
トレーボルはなにも言えない。ただ、うなずくのみだ。
「ふーむ。その槍……神槍ゲイボルグだね。名高いグレンザー伯爵か。よくやった」
「は……ははー!」
なぜ褒められたのかまったくわからないトレーボルだったが、さらに首を垂れる。
「貴様は何者だ?」
グレンザー伯の問いに、優雅な礼を見せつける。
「饗主、と呼ばれている者だよ」
「饗主? 饗団の主、ということだな」
「そういうこと」
これはまたとない機会。
グレンザー伯はそう思った。
両脇の者達は間違いなく猛者。しかし饗主を名乗る青年はそこまでの者ではない、と判断する。
「貴様を国家反逆罪で連行する」
「へえ、ずいぶんと仰々しい罪だね」
少しも動じない青年。
グレンザー伯はその美しい顔を凝視する。
左右で色の違う瞳は、神秘的ですらあった。
「国家反逆罪とは言うけれど、僕は帝国人じゃないしね。意味がないよ」
「意味があろうがなかろうが、どうでもいい。貴様らは皇女殿下に刃を向けたのだ。ただではすまん」
「ああ、そうか。しかたないなあ」
『饗主、ここは我らが』
獅子面の男と全身鎧の男が、一歩前に出る。
グレンザー伯と『大紅蓮』が槍を構えた。
「レオール、プロメテウス、彼は僕がやるよ。ちょうど馴染んできたところだ。練習相手にいい」
聞き捨てならないセリフに、グレンザー伯は魔力をみなぎらせた。
「君たちは周りの兵士たちをちょいちょいと片付ければいいよ」
「御意」
『仰せのままに』
ひりついた空気が場を支配する。
「『大紅蓮』! 油断するなよ!」
「は!」
「すぐに片付けますぜ!」
一人が地を蹴り、それが合図となって戦いが始まる。
「突っ!!」
目にも止まらない神槍の突き。
一発で終わるかに見えた戦いは、予想外の展開になる。
「素手で止める……だとっ!」
「ものすごい突きだ。素晴らしい」
穏やかな空気をまとう青年は、常人では見切れようもない突きを止めてみせた。
掴んだ穂先を離し、熱そうに手を振る。
「火傷しちゃった。さすがは【神格】」
グレンザー伯はここにきて、怖気の走る思いだ。
饗主と名乗る男の魔力が、明らかにデカくなっていることに気づいたのだ。
(魔力を隠していた……? 信じられん)
だが、とさらに槍を突きこむ。
突きの一つ一つが恐ろしい威力と速度。
しかし、それでも当たらない。
「いいね! では僕も――≪砕鋼念波≫」
青年がすっと腕を掲げる。
瞬間、グレンザー伯はすっ飛ばされた。
「ごはっ!」
ばかでかい鉄球をぶつけられたと錯覚するほどの衝撃だった。
なんとか着地したものの、口から血を吐いてしまう。
「いまのを耐えるとは。ますますいいね」
声は上から聞こえた。
「空を……飛んでいる、だと?」
饗主が青い空に身を浮かべている。
グレンザー伯は絶句するしかない。
シントとその妹らしき者達以外に飛べる人間がいるとは思わなかった。
「僕の【才能】は『螺旋念砕』。無属性魔法の最上級だ。だから、こんなこともできる」
「くっ……己の【才能】をぺらぺらと」
「なんの理由もなく教えたわけじゃないさ。ちなみに君の【才能】は?」
返答はしない。
その場から跳躍し、槍で突く。
「教えてくれないのか。残念だな」
しかし、空振り。
空に浮いている相手では、不利が過ぎる。
「≪魔流星≫」
詠唱とともに生み出されたのは、幾百もの魔力弾だった。
まさに星。空に浮かぶ綺羅綺羅の光が、饗主を囲むように出現している。
「神槍ゲイボルグよ! 私に力を!」
撃ちだされる魔力弾と、【神格】がぶつかりあう。
一つ一つがとんでもない威力。
しかし、それに対応し、打ち払うレオ・グレンザーもまたすさまじい戦士だった。
「うおおおおおおお! ≪光煌烈覇≫!」
突き抜ける一撃は光線となり、浮遊する饗主へと伸びる。
これで終わりだ、とグレンザー伯は思った。
魔法士ならば肉体の強度はたいしたことがないはずだ。
その予想は、一秒後に裏切られた。
饗主がダメージを受けている様子がない。
「うん、まずまずかな。けど、ちょっとやられたか」
よく見ると着ている衣服が一部、破れている。
下に覗く白磁の肌はうっすらと赤くなっていた。
(いまのでかすり傷程度か……こうなれば、全員で当たるしかあるまい!)
手塩にかけて育てた配下『大紅蓮』の戦士は、彼がもっとも信頼する人間たちだ。
ヤツの側近から片付け、頭目を包囲し、捕らえる。
そう思い、周囲を確認したのだが――
「なっ……」
四人いた『大紅蓮』の戦士たちは、すでに倒れていた。
戦いが始まってからたったの数分。
ありえない光景だ。
「……」
「さあ、レオ・グレンザー。君の【才能】はここまでかい?」
グレンザー伯は考える。
状況は不利。
相手は怪物級の三人で、こちらは一人。
(出せる力は……半分もない。ならば、最大の一撃で――)
この地域もろとも吹き飛ばす。
そう思いついた時、戦場に変化が起こる。
「閣下!」
「バカな! グレース! なぜ来た!」
背後から従兄妹のグレースがやってきたのだった。




