超巨大ミッション 31 最後の戦い
『時空の門』と思われる空間の断裂に身を躍らせる。
なんの違和感もなく光景が変化し、異様な魔力が俺たちを包み込む。
あの時と全く同じだ。
忘れられない記憶が蘇る。
「ここはいったい、どこなんだ」
考えてもわからなことだらけ。
だから、突き進むしかない。
ディジアさんとイリアさんは無言だ。
どこまでも続きそうな真っ白な空間の奥を見つめている。
「行きましょう。奥の方からすごい力を感じる」
「……はい」
「……うん」
恐怖、しているのか?
珍しいことだ。モンスターの大群を前にしてもひるまないというのに。
合図と共に飛翔を開始。
数秒後に黒い点が見えてくる。
速度を上げた。
そして――
「また黄獣! 数が多い!」
白い空間を別の色に染める数。一万体はいるだろう。
絶望的な数だ。
「ディジアさん! イリアさん! 迎撃を!」
「……」
「……」
なんだ?
二人が、震えている?
「シ……ント、なんだか」
「う、うまく、動かない……」
どうしたというんだ。
いや、だめだ。カバーする余裕がない。
一瞬で腹をくくる。
考えを巡らす時間は、一秒足りともなかった。
広範囲に効果を及ぼす魔法――≪烈風之禍≫≪天之招雷≫≪発破≫を矢継ぎ早に放つ。
魔法がもたらす暴威は、黄獣どもを吹き飛ばした。
「まだだ。もっと!」
≪衝波≫からの≪魔衝撃≫。さらには≪鎌鼬之夜≫。そして≪魔弾≫をどこまでも連射。≪巨人之土岩≫で押し潰し、≪燃焼之火≫で燃やし殺す。
俺の顔面めがけて飛びかかってくる異形どもを片っ端から殺しまくる。
どうせどのみち片付けるんだ。早いか遅いか、それだけ。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
どれだけの時間がすぎたのか。
襲いかかってくるモノは、もうない。
こんなに魔法を使ったのはいつ以来だろう。
背後の二人に目を向ける。
おびえていたようだが、どうしたんだ。
「ディジアさん、イリアさん」
声をかけても、動かない。
彼女たちはじっと、先を見ている。
「あ、あ……」
「うそ……」
「え?」
振り向く。そして、固まる。
驚くほかない。
腕だ。腕が、ある。
「なんだ?」
見上げるほどに大きな腕。しかも、腕だけだ。
筋肉なのか鎧なのかわからない装甲をまとった腕だけの怪物。
それがいま、俺に掴みかからんとしている。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
とっさにディジアさんとイリアさんを抱え、離脱。
すんでのところで、かわす。
「二人とも、気を確かに!」
「あ、う……」
「そんな……そんな……」
だめだ。目の焦点があっていない。
なぜだ。
なぜいま、こんな。
十分に距離をとり、改めて確認する。
どす黒い表皮と筋張って盛り上がる筋肉。すさまじく尖った爪。
その巨大さは、うまく表現できないほどだ。
冷たい汗が額を伝い、全身が粟立つ。
俺は、思い違いをしていたと気がつく。それと同時に、一つの疑問が解ける。
俺がフォールンの『時空の門』で倒したのは、『巨大な顔面』のモンスターだった。
そして目の前にそびえ立つのは、『巨大な腕』。
分かたれたパーツ。
つまり外導神は、一つじゃなかった。
饗団が『時空の門』の捜索をやめないのは、体が一つじゃないから。
俺は、間違っていたのだ。
「なんてうかつな」
俺は阿呆だ。こんな、こんな簡単な可能性に気がつかないだなんて。
ディジアさんとイリアさんを見る。二人は呆然自失といった様子だ。
いまは当てにできない。
俺がやるしかないということだ。
「やっぱりでかいな」
いいさ。あれだけでかけりゃ、狙いは外れない。
「外には出さない! 絶対にだ!」
まずはディジアさんとイリアさんから距離を離す。
≪魔衝撃≫を放ちつつ、移動。
いいぞ。こっちに釣られている。
デカい分、動きは遅いはず。
飛翔しつつ、魔法をぶっ放す。
余力など考慮しない。
ありったけを込めてやる。
「ぐっ……速い!」
思いのほか動きが俊敏だ。
手首を返した払いのけが、体をかする。たったそれだけで吹き飛ばされた。
こちらの態勢が崩れ、そこにやってくる叩き潰し。
原始的な攻撃方法。しかしサイズが桁違いすぎる。
振り下ろされるでかい拳を、転がってぎりぎりで避けた。
まだだ。まだやれる。
こいつを外に出してはいけない。
こんなものが出たら、帝国は滅びるかもしれないのだ。
立ち上がり、魔法を放ちまくる。
雷、風、炎。
もっとだ。もっと――
無我夢中だ。
もう何発撃ったのかもわからない。
巨大な腕の動きが目に見えて鈍くなっている。
「≪真空之刃≫!」
風の刃が、切り裂く。どばっと真っ黒い血が噴き出した。
あと一押し。
「≪魔錬体・鎧魔導≫!!」
全身を強化。そして、跳ぶ。
狙うのは傷口だ。
体ごと突っ込み、肉の中へ無理やり潜り込む。
「≪領域障壁≫!!!」
身にまとう魔力の殻を一気に広げる。
デカブツはこうやって内側から倒すのが常識だ。
ぶちぶちと肉のちぎれる音が聞こえてくる。
そして、衝撃。
暴れているのか?
上等だ。
ぶっ殺してやる。
「ぐううおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!」
全開。
障壁をさらに拡張。
やがて、暗黒が終わり、白い空間が目に映る。
巨大腕はもう動いていない。
前腕部が千切れ、真っ二つだ。
「倒した……のか?」
息をするのもやっとだ。
だが、終わらせた。
ディジアさんとイリアさんは無事。
しかし、様子がおかしいままだ。
その場にぺたりと座り込み、どこか虚空を見つめている。
尋常なことではない。今まで彼女たちが蒼白になったことなんてないと思う。
「どうしたのですか、二人とも」
緩慢な動作で俺を見上げる。
なんてひどい顔だ。
この世の全てに絶望したような……
「シ、ント……」
「あ、わ、たし、たち……」
「戻って休みましょう。アレはもう倒しましたから、だいじょうぶです」
「ごめ……ん、な……さい。ごめん……な、さい」
「うう……シン……ト、ごめ……な……い」
「謝る必要はありませんよ」
二人は謝罪を繰り返している。
かなりの重症だ。
「さあ、あとは超巨大モンスターを」
続きを言いかけて、止まる。
いま、なにか――
「なっ!?」
爆発的魔力。
発しているのは、動かない外導神の残骸。
「まだ生きているのか?」
どくん、どくん、と脈うつ。
俺の心臓の音じゃない。
どくん、どくん、どくん……音はどんどん速くなっていく。
「――っ! ≪前包囲障壁≫!!」
嫌な予感に、彼女たちごと障壁を展開する。
その予感はすぐに現実となる。
ありえない魔力の炸裂が始まった。
これまでにない衝撃が、障壁に伝わる。
「自爆だって! ふざけるなよ!」
くそっ! まさかの自爆!
なんてひどい一日だ! こっちに都合の悪いことばかり続けて起きてる!
「やられてたまるかあああああああああああああああ!」
魔力を込めて、障壁を維持するが、爆発の勢いが止まらない。
ちらりと後ろを見る。
ディジアさんとイリアさんは、動けない。
「ぬううおおおおおおおおおおおおおおお!!」
さらに勢いが増してゆく。
いや、だいじょうぶだ。こんなので俺は、俺たちはやられない。
この爆発はいつまで続く?
永遠なんてことはない。
絶対にだいじょうぶだ。すぐに収まるはず。
だいじょうぶ。
なんてことない。
だいじょうぶだ。
ほら、もう終わっ――
★★★★★★
……
…………
………………
なんだろう。
体がうまく動かないな。
目の前は真っ暗で、光はない。
どうやら、照明がなくなってしまったようだ。
「……」
時空の門はどうなった?
ディジアさんとイリアさんは?
感覚が、ない。
なにも、感じない。
もしかして俺は、死んだのか?
「……」
しまったな。
油断していたわけではないけれど、やられた。
ディジアさんとイリアさんは……
「シント! 目を……目を開けて!」
「起きてよ! なんで……なんで!」
どこか遠くから二人の声が聞こえる。
よかった、彼女たちは無事みたいだ。
だったらいい。
ディジアさんとイリアさんが無事なら、それで。
「……」
なんだか、呆気ないな。
これで、終わりか。
長いような、短いような。
色々あった。
自分が冒険者になって、ギルドマスターだなんて、小屋にいたころなら思いもしなかった。
ギルドはどんどん強く、大きくなって、店舗の経営まで。
ミューズさんと出会わなかったら、いまのウチはない。
アリステラ、ラナ、カサンドラ、アミール。最高の仲間。
ダイアナ、これからうまくやれるだろうか。リーアに、アイリーンに、テイラー夫妻。等級以上の実力者だ。これからもウチをよく支えてくれる。
アテナとシスター・セレーネにも礼を言わないと。ヴィクトリアにもまだ教えたいことがあったんだけどな。ざんねんざんねん。
クロードさんには少し休むように言わないといけない。働き過ぎだ。
クロエさん、メリアムさん、サーヤさん、マーカさんにはボーナスを出して……もちろん、アンヘルさんにも。
ガディスさん、元気でいてくれるといいな。せめてミコちゃんが成人するまでは。ミリアちゃんともども、健やかに育ってほしい。
連合の人たちだって、これからもっと強くなれる。アマゾネス、バーバリアンズ、アクアウインドにグレイメンさん。頼りになる仲間だ。
そしてなにより、ディジアさんとイリアさん。二人には幸せになってほしいと心から思う。
俺にはもうできないけれど、だいじょうぶ。だいじょうぶだ。
「……」
………………………やっぱりいやだな。
やっぱり、死にたくない。
いやだ、いやだ。まだこれからなのに。
くそっ……くそっ……!
「みんな、ごめん」
もうなにも、考えられない――




