【フォールン・ワーク】3 不穏な影
結果から言わせてもらう。
筋肉を前面に押し出した宣伝は成功だった。
何事かと集まってきた人々は、ビラと俺たちの筋肉を目の当たりにし、安心感を覚えたと思う。
親方たちやジュールズ社長のもとにはご老人たちが集まり、盛り上がっていたし、アッちゃんたちには若者が群がって、キャーキャー言ってた。
騒ぎを聞きつけた憲兵隊の人たちも、筋肉を見て納得していたようだ。
それからすぐに、ギルドには少しずつ依頼が持ち込まれ始めた。
ご高齢の方々、女性の依頼者、さらには噂を聞きつけた男性もだ。
「まさか成功するなんて……」
ミューズさんはそう言いながらもテキパキと書類仕事をこなしていく。
俺はそれを確認してメンバーに仕事を割り振り、自分も依頼をこなした。
一週間後には手が足りなくなって、ラナに冒険者の免許を取得してもらい、依頼を振る。
「シントさん、これをお願いします。こっちも!」
アミールは学校に行きながらも、こうしてサポート。
彼はミューズさんをよく支えてくれている。まだ十三歳なのに、すごい。
きっちりと依頼をこなすことで、評判はさらに上がる。
そうして一週間、二週間と過ぎ、やっとのことで安定した依頼数を確保するに至った。
そこで、ギルドの台所を預かるミューズさんに切り出してみる。
「そういえばミューズさん、寮を作りたいと思うのですが」
「寮?」
前から考えていたことだ。
「はい。アリステラとラナはホテル住まいだし、カサンドラとアミールの家はちょっと遠いですから」
「へえ、いいじゃない。わたしも住んでいい?」
意外だった。けど、断る理由は一片もない。
「もちろんです。その方が俺としても助かりますし」
「そっちの経費は『絶望の暴君』退治の報酬で賄いましょ」
「ええ、お願いします」
よし、いいぞ。
そろそろ事務所も完成するから、どんどん拡張していこう。
大浴場に厨房に、剣や魔法の修練場。図書室があってもいい。
働く人たちには良い環境を。
みんなが生き生きとしてくれれば、仕事の成功率も上がるし、それでますます多くの依頼が舞い込むだろう。
助けられる人も増える。
それが俺の『Sword and Magic of Time』だ。
★★★★★★
そんなある日のこと――
「……」
「ギルドマスター、どうしたの?」
黙り込む俺を見て、ミューズさんが尋ねてきた。
ギルドはもちろん順調。
しかし、ここにきて妙な感覚がある。
「うーん……」
「悩み事なら言ってちょうだい?」
悩み事は特にない。
違和感があるんだ。
ねっとりとした絡みつくようななにかに見られている気がする。
さっきから、変な気分だ。
「いえ、なんでも」
「疲れてるんじゃない? シント、ちゃんと休んで」
「ミューズ、もっと言っておくれ。ウチのギルドマスターは休まないからさ」
「……仕事中毒」
「たまには遊びに行こうよ」
ギルドの仕事で夢中になっていたから、そういえば休んでない。
休むのはいいんだけど、その前にやることができた。
妙な感覚の正体を探ろうと思う。
密かに≪探視≫を発動。様々な魔力の残滓が浮かび上がる。
家の壁の向こう側、さらにもっと奥へと目を向けた。
見えるのは魔力の動静。まるでこちらを凝視しているかのように、じっとして動かない魔力の輪郭があった。
「ちょっとトイレに行ってきます」
怪しいな。会って話を聞いてみよう。
★★★★★★
外に出て、気づかない振りをする。
これが意外と難しい。
死角に入って、足から≪衝波≫を使用し、空へ。
上から確認すると、物陰に潜む黒づくめの男が一人いる。
誰だ?
推進力を調整して、男の真上に移動。そのまま音もなく降り立つ。
「ウチになにか用ですか? 依頼ならいいんですけど」
「……!」
「ウチは安心、安全なギルドです」
「くそっ! 魔法か!」
男は逃げ出した。
「恥ずかしかったのかな? それとも」
殺気はなかった。
ただ、どうにも怪しい。
こちらを観察するような。いや、偵察か。
妙な動きだ。見つかったら逃げる、と初めから決めてたみたいに彼は動いた。
家に戻って、椅子に座る。
「シント? どうしたの? 難しい顔して」
「特には。やっぱり少し疲れているのかも」
「今日はあたしたちに任せて、休みな」
「そうだよ!」
「……信頼、ない?」
まさか。
全面的に信頼するメンバーだ。
「わかった。俺は切り上げるよ。あとはお願いします」
そう言うと、みんなホッとしたようだった。
うーん、そんなに疲れているように見えていたのか。
疲れているどころか、力がみなぎっているのだけれど。
そうだな。
遊びにでかけよう。気になることがある。
「そういえばミューズさんってどこに住んでるんでしたっけ?」
「言ってなかった? 古街のはじっこ。ここの逆側よ」
割と近いな。
「どうしたの?」
「いえ、どんな家なのかな、ってふと」
「なにもない家よ。ボロいし」
「とりあえず、買い物にでも行ってきます。では」
などと会話して、外に出た。
思い過ごしであればいい。だけど、さっきの男は訓練された動きだと思う。
遊びにでかけたと思って、いっちょ行ってみるか。
★★★★★★
ミューズさんに教えてもらった彼女の家付近に来てみた。
古街は他の区域に比べて、お店は少なく住宅が多い。その分、朝や夕方は道を歩く人々がたくさんいた。
今はお昼すぎで、通りを行く人はそこまでじゃない。
だからさっきみたいな人がいる場合は目立つだろう。
≪探視≫を使ってみる。大都市だから魔力の残滓がそこかしこにあり、乱れているのだが――
「あ、またいた」
物陰で読書なんてしてるけど、≪探視≫で見る魔力は尖っていながらも乱れがない。たぶん、魔法士だ。
格好も黒づくめだし、怪しい。声をかけてみよう。
「こんにちわ」
近づいて話しかけると、その男はビクリとした。
「……!」
何も言わずに本を閉じ、その場から去ろうとする。
「まあまあ、ちょっとお話、しましょうよ」
「……」
彼は少しの間だけ俺を見て、向きを変え、去る。
無視か。ひどいな。
本当に一般の人の可能性もなくはない。
けど、俺を見る鋭い目が気になった。
追いかけてみたが、曲がり角の先で姿が消える。
逃げ足が速い。
「明らかにミューズさんの家を見てたよね?」
自問自答する。
少しだけいやーな予感がして来てみたけど、当たりだ。俺たちは見張られていた。
「だったら」
別の場所に行ってみようと思う。
★★★★★★
次に訪れたのは、カサンドラとアミールが住むところだ。
新市街のごった煮にされたような暑い空気をかき分けながら、アパートに向かう。
カサンドラはギルドにいるし、アミールは学校。誰もいないはず。
アパートのところまで来て≪探視≫を使う。
「これは」
状況が変わった。
なにか争いがあったかのような、乱れた魔力の残滓がある。
カサンドラの部屋を通り過ぎ、アパートの階段を降りてみた。
「なんだ?」
立ち止まる。
階段の下に人が倒れていたのだ。
黒づくめの恰好で、さっき見た二人と姿が似ている。
息をしていないな。
すでに亡くなっている。
「喧嘩、には見えない」
目立った傷はなく、衣服も整えられたまま。
しかし、血だけがべったりと床に広がっている。
「なるほど。亡くなってから時間はたってない」
一計を案じ、あえて近づく。
≪自動障壁≫を発動。
倒れている男の首筋に触れた。
その時――
「なにっ!?」
ガキン、と音がして火花が散る。そして驚きの声。
≪自動障壁≫がどこからか現れた不審者のナイフを防いでいた。
やはりだ。
どこかに潜んでいたな。
「いきなり刺そうとするなんて、穏やかじゃないですね」
「ちいっ!?」
男が離れてナイフを構え直す。
思いがけず新市街のアパートで戦いが始まろうとしていた。




