超巨大ミッション 29 インビンシブルゼロ
戦場を離れるテンダーは巨体の重さを感じさせない動きで、先へと行く。
「待て!」
待つわけないとわかっていても、それを口にする。
ヤツは一度だけ顔を振り向き、速度を上げた。
こちらも飛翔魔法の速度を上げる。
どこまで行くつもりだ?
いや、あそこか。
見える先には、小さな山があり、例の『図書館』らしき遺跡がある。
あそこになにがあるというんだ。
テンダーは迷うことなく、入り口の一部を破壊しながら遺跡内へと侵入。
間髪入れず、こちらも続く。
着地と同時に魔力弾を撃つ構え。
しかし、テンダーの姿はない。
「思ったよりもずいぶん広い。それに、この、妙な魔力はなんだ」
屋内であるのも関わらず明るいのは、屋根に大穴が空いているからだ。
天井は高く、だだっ広い空間。
なにもないとは聞いていたけど、ほんとにない。
そしてもう一つ。
押し潰されるような感覚を呼び起こす巨大な魔力を感じる。
発生源は、おそらく下。かなり深いところだろう。
「――っ!」
空を斬る音に反応し、前転。
俺がいた場所を、斬撃が過ぎていった。
「上か!」
見上げると、テンダーが壁に張り付いているのがわかった。
カマキリの足が石壁に食い込み、がっちりと離さない。
「あの時よりつええな」
「あの時?」
「おれが補欠をぶっ殺した時だ」
ムンゾォさんのことか。
「どうした。怒ってんのか?」
ああ、怒ってるよ。だけど、それ以上に不気味だ。
「≪魔弾≫」
返答代わりの魔力弾連射。
狙いはヤツ本体ではなく、壁だ。
「ちっ……気味が悪ぃほどに冷静だな」
崩れ落ちる壁とともに、テンダーは床へ降り立つ。
「いまならわかる。あの時のおれは……どう足掻いてもてめえには勝てなかった」
「いまさら言ったところで、過去には戻れない」
「ああ、そうだ」
またしても飛ぶ斬撃。しかも一刀じゃない。
とてつもない速さで繰り出される刃は、簡単には防げそうにない。
≪硬障壁≫と≪軟障壁≫を織り交ぜ、対処する。
どうにかして距離を詰めなければならない。そう考えた時だ。
「これだけとは思ってねえよな?」
テンダーが奇妙な動きを見せる。
ヤツの上半身――人間部分の両腕が、俺に向けて伸ばされた。
「≪インビンシブルダウン≫!」
「がっ!?」
呼気が漏れる。
急激な重さが、体にのしかかった。
なんなんだ、これは。
膝を突きそうになる。
鉄塊でも乗せられた気分だ。
「さすがに効いたか」
テンダーはどこまでも冷徹だ。
今度は鎌を振り上げ、切り刻もうとする。
いま喰らった謎の技は、魔法とは思えない。
しかし、既視感がある。
「神力、とやらか」
「てめえなら知ってても驚きはしねえ」
以前戦ったマーベラスファイブ、そしてアンドレアス・テラグリエンと似たような力の印象を受ける。
「死ね」
「死なない!」
真下に向けて≪衝破≫。
浮き上がった俺の体が、迫りつつあったテンダーにぶつかる。
「ぐあ!」
「いっ!」
俺の頭頂部と、テンダーの顔面が、がつんと音を立てて接触。
同時に≪インビンシブルダウン≫なる技の呪縛が解け、大きく後退する。
「頭突きとは、やりやがったな。エセ魔法士め」
クソガキの次はエセ魔法士。口が悪すぎるだろう。
「魔法を使った頭突きだ。これも立派な戦い方だよ」
「言いやがる」
テンダーを口をひん曲げ、俺をにらむ。
「おまえも前よりずいぶんと強い。そんな姿になってまで力が欲しかったのか?」
頭に残る衝撃はまだ振り払えない。会話で時間稼ぎだ。
「力がなけりゃあ、なにもできねえ。当然のことだろうが」
「ナイティはどうした」
こいつには相棒がいたはず。
以前、戦えない体になった、と口走っていたが。
「……知りてぇか?」
特には知りたくない。でも、あえて聞く。
「死んだのか? それとも、殺した?」
こいつならやりそうなことだ。
しかし、テンダーは表情を消し、来ているスーツの一部を自ら破り捨てた。
俺は、自分の血の気が引いていくのを、まざまざと痛感する。
「バカな……おまえは……おまえは、なんてことを」
目にしたモノを見て、絶望しか感じない。
テンダーのさらけ出された胸部分に、人が埋め込まれていたのだ。
前に一度だけ戦った相手。
饗団の戦士ナイティという女性が、そこにいる。
これは現実なのか?
ありえない。どうかしている。
ヤツが己の胸の辺りに目を向けた。
ナイティの眼が静かに開く。口もだ。
「……ぅあ……テン、ダー……もう……やめ」
「だいじょうぶだ、ナイティ。すぐに終わる。これで、助かる」
理解の及ばないやり取りには吐き気すら催す。
饗団というのは人の命をなんだと思っているんだ。
「おれはテンダー。序列十位。【二桁】のトップだ。つまりそれは、【一桁】へ最も近い位置にある」
それが何だと言うんだ。
「【一桁】に欠員が出れば、おれが繰り上げになる」
【一桁】を名乗る者を二人、俺は倒している。
「だが! ただ繰り上げになっても意味はねえ! てめえを倒すにはより大きな力が必要だ! だからおれはナイティを取り込み、力を増幅させた! そしておれは……『インビンシブルゼロ』になった!」
力を求めた結果がそのふざけた姿だと言うのか。
狂っている。どこまでも。
「ほんとにどうかしてる。けど、やっとわかったよ」
「なにがだ?」
「おまえたち饗団とは、なにがあっても相いれないってことが」
「そうかよ」
全力でいく。
こいつは、饗団は、生かしておけない。
「≪魔錬体・鎧魔導≫!!」
魔力による全身のブースト。
「行け! ≪魔弾球≫!」
加えて、魔力球を生成。
「≪インビンシブルダウン≫!」
ヤツの神力が発動するも、そこに俺はいない。
地を蹴り、壁を蹴り、それを幾度も繰り返す。
「見えねえ……てめえ!」
生み出した九つの≪魔弾球≫をも足場にし、撹乱する。
無闇に振り回され大鎌と、それにともなう斬撃はこちらにかすりもしない。
「だが……はええだけじゃおれは倒せねえぞ!」
その通りだ。だから、配置は完了。
高速移動は時間稼ぎと目くらましにすぎない。
「≪魔弾世界≫」
「なん、だと……」
術式がヤツを包み込む。
愕然とするテンダー。
自分を囲む魔力の殻を見て、少しは理解したか。
「てめえ、はなからこれを――」
「≪万魔弾≫だ」
求めに応じ、万を超す魔力弾がヤツに降りそそぐ。
一度捕らえれば、逃れる術はない。
「ぐっおおおおおおおおおおおおお!」
テンダーが暴れ、床に亀裂が走った。
まさか、下へ逃れようとでも?
いや、違う。なにかがおかしい。
ヤツはまるで、己に取り込んだナイティをかばうかのように腕をかぶせている。
どういうつもりだ。ナイティの方が本体だと?
≪万魔弾≫による魔力弾の嵐は、テンダーのおぞましい肉体を破壊し尽くす。
おじい様と戦った時以来の、全力中の全力だ。魔力弾の一つ一つに殺す気で魔力を込めた。
テンダーはがくりと力を失い、その場に崩れ落ちる。
≪万魔弾≫が終わり、≪魔弾世界≫は解除。
反撃はない。再び立つ気配もだ。
だが、余力を残しているようにも見える。
意味が、わからない。
モンスター部分の体は横たわり、残された人間部分だけがかろうじて直立しているような状態だ。
俺は狙いを定めたまま、近づいた。
「やっぱ、つええな、てめえはよ」
テンダーは力なく笑う。
「なんのつもりだ? なぜ、神力を使わなかった」
こいつが使った≪インビンシブルダウン≫は凄まじい力だった。遺跡を破壊する選択だってあったはずだ。
しかしテンダーは答えようとせず、驚くべき行動に出た。
「ぬ……ぐうオオオオオオオオオオオオ!」
自らの肉体に手刀を突き入れる。
ブチブチと嫌な音がして、取り込んでいたナイティを無理やり引きはがした。
どさりとナイティが床に倒れる。
血ではなく、体液にまみれた姿だ。服も着ていない。
「ふう……はあっ……これは、もう、いらねえ」
ぎりぎり人の証であっただろう上着を脱ぎ、すぐそばで倒れるナイティにかける。
その間、俺は、身動き一つできないでいた。
「なあ、シント・アーナズ」
名前で呼ばれた。
「こいつを、ナイティを、どこか安全な場所に……移してくれ」
「おまえの頼みを聞く義理など、ない」
「ああ、わかってる。わかってんだ、そんなことは」
ならばなぜ頼む。
「こいつは……ナイティは、おれの全てだ。たった一人の、女」
「ふざけるなよ。さんざん人を殺しておいて、舐めたことを」
怒りがふつふつとわいてくる。
ナイティに向ける気持ちの、ほんの少しを、なぜ他の人に向けようとしない。
「饗団は……容赦がねえ。こいつを助けるためには、こうするしかなかった。おまえにやられた傷も……癒えてる、はずだ」
「最初からこうするつもりだったのか?」
「……おまえを殺せりゃ、それでよかったんだがな……反魔法すら克服できるヤツだ。おれじゃ……殺せは、しねえさ」
テンダーの声が少しずつ小さくなっていく。
「饗団はなにをしようとしている? なにが狙いなんだ! 言え!」
人間をモンスターに改造してまでやりたいことってなんだ。
いったい、なにを考えている。
「饗主が……来る。だから、ナイティを……」
そんな約束、するつもりはない。
「下へ……下へは、行くな……ナイティを、たの……」
テンダーはそこで意識を失った。
ほどなくしてヤツの体が光の粒となって消え失せる。
死んだのだ。
倒れているナイティに目を向けた。
息はしている。外傷もなさそうだ。
じっと見る。
テンダーは、最初から死ぬつもりだったのだろうか。
勝手な男だ。
さっさと饗団を抜ければよかったものを。
「う……ううん……」
やがて、ナイティが動き出した。
「目が覚めたか」
「あ……あんたは」
「覚えているか?」
力なくうなずく。
「テンダーは死んだよ」
「!!」
驚いたのは、一瞬。すぐに震え出し、涙をこぼす。
「わたしを、ころ……殺し、て。おね、がい」
懇願され、天を仰ぐ。
どいつもこいつも、ふざけた要求ばかり。
「おまえたちの頼みなど、聞くつもりはない。俺は、誰の指図も受けない」
「うう……」
首を垂れるナイティの頭に手をかざす。
「俺はムンゾォさんを殺したおまえたちを許すつもりはない。だけど、テンダーはおまえを助けるために、犠牲になった。それに免じて……くそっ!」
言葉を途中で止める。
心がうまく制御できそうにない。
「ナイティ、おまえはもう二度と戦うな。饗団の手の届かないところで、テンダーがおまえのために死んだことを死ぬまで噛み締めて生きろ」
「え……?」
「いいか、二度は言わない。もう戦うな。そして、後悔し続けながら、生きろ」
≪空間ノ跳躍≫を使用する。
この辺一帯の魔力乱れにより、行き先は指定できない。
ただ、どこか遠くに行け、という願いを込めて飛ばした。
俺がやるのはここまでだ。その先はもう知ったことではない。
たとえ海上だろうが、空中だろうが、どこだろうが、知るか。俺は聖人でもなんでもない。




