【フォールン・ワーク】2 『Sword and Magic of Muscle Time』
「このままじゃまずい?」
ワルダ一家の壊滅から一週間。
仮事務所としている俺の家の中で、会議めいた話し合いを始めるなりミューズさんが、まずいわ、と言う。
「ええ、そう」
「というと?」
「依頼が少ないわね」
悪党を一挙に倒したことで、俺のギルドは評判になった。
依頼がぽつぽつと来始めていたのだけれど、そこまで少なかった?
逃げたペット探しに、失せ物探し。植物採取とか、ちょっとしたおつかいとか、いろいろあった。特にペットや失せ物は、≪透視≫や≪探視≫の魔法があるおかげで、スムースにできたと思う。
「このペースだと赤字ね」
「赤字か……蓄えはあると思うけど」
賞金首退治に、絶望の暴君の素材を売ったお金はかなりのものだ。
「それは考慮しないわ。もっと依頼をこなさないと、いずれなくなるしね」
ミューズさんの話はもっともだ。
「ラナに頼んで、ちょっと調べてもらったの。ラナ、お願い」
なんの調査だろうか。
「うん、ミューズに頼まれたのは、ウチの評判とイメージ」
興味深いな。
「各区域でアンケートを取ったんだ。冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』を知っているか、知っているならどんな印象を持っているかって」
「うん、聞かせて」
「100人に聞いたんだけど、知ってる人は二割くらい。けっこう話題になったし、それは当然。けど、ウチのイメージはバリバリの武闘派。賞金首ハンターだと思われてるみたいだね」
それは、そうだな。うん。
「しかたないさ。最初の大仕事が悪党の退治だったんだ」
「……派手にやった」
ワルダ一家の壊滅はかなりの収入になったけど、それが逆にマイナスのイメージを作った、ということか。
「古街はお年寄りが多いから、怖いと思われている可能性があるわね」
「それなら、なにかイメージを覆すような手が欲しいな」
ギルドの経営は始まったばかりだけど、学ばなければ。赤字にするわけにはいかない。
ウチが人助けを主にやっていると、理解してほしいところだ。
宣伝が必要かもしれない。
メンバーを見回す。
アリステラは剣士にして魔法士。レア【才能】持ち。
ラナは情報収集に長けた、いわば諜報員。しかも凄腕。
カサンドラは異名を持つ剛腕の戦士でゴールド級冒険者。
ミューズさんは極めて優秀な事務員で欠かせない存在。
ちなみのもう一人のメンバーであるアミールは、支給した給料をもとに学校へ通い始めた。今日はギルドを休んでいる。
「ギルドマスター、どうしたの?」
「シント、なに考えてる?」
「このパターンは、嫌な予感がするさね」
宣伝か。
そういえば、街の大通りを歩くと、ビラを撒いている女の子たちをよく見る。
あれは冒険者ギルドの宣伝だったはず。
「宣伝でビラを撒くのは?」
「まあ、それもいいけど……」
良い案だと思ったけど、ミューズさんの顔色はあまりよくないな。
「街で可愛ーい女の子たちがやってるヤツでしょ? 効果がないわけじゃないんだけどね」
「あまり効果はない?」
「男性からの依頼は増えるかも。でもそれはシントのやりたいことじゃないんじゃない?」
至極もっともだ。
でもそうか。可愛い女性がビラを撒くと男性客が増えるんだな。
だったらなおさら、とみんなを見る。
「なによ?」
「いや、ウチのギルドは美人揃いだし、いいと思ったのだけれど」
「は、はあ!?」
「シント! いきなりなに言うのさ!?」
「……ちょっと」
「もう! シントってば急になんなの!?」
なんかみんな顔を赤くして慌て始めた。事実を言っただけなのに、怒られてしまう。
「やんないからね! ぜーったいやんないから!」
この様子じゃ無理か。
しかし、ビラを撒くこと自体は間違いじゃない気がする。
俺がやりたいこと、それは困っている人の悩みを解決したい、というものだ。
古街に住む人々は高齢者が多い。怖がられないように『安心感』をもってもらう必要があるな。
「となると」
ちょっと思いついた。やってみよう。
「ミューズさん、やっぱりビラを作ってほしい」
「え……?」
「ラナ、水着を買ってきてほしいんだけど」
「ちょっ!? 水着!?」
「ギルドマスター!? まさか本当にやる気なのかい!?」
「……だめ。それはむり」
抗議されたけど、やる。
紙にペンを走らせて、ラナに渡した。
「ん? これって」
「これをみんなで買ってきてくれ。俺はちょっと行ってくるよ」
「シント?」
すぐに行動しよう。
家を出て、目的の場所に向かうのだった。
★★★★★★
二日後――
「シントぉ! なんなのこれぇ!」
ミューズさんが顔を隠しながら、叫ぶ。
「いや、ビラを撒こうかと」
「だって……ええええええ!」
服を脱ぎ、買ってきてもらった男性用の水着姿となった。
「なにしてんのさ!」
「なんでシントも脱ぐの!?」
俺はギルドマスター。自ら筋肉を見せないと始まらない。
「おう! 依頼主の坊主! これでいいのかよ!」
「親方、ほんとうにありがとうございます!」
俺にそばには、家の工事をやってもらっている親方たちを始めとした大工の方々が、同じく水着姿でいる。
「さすがは親方。良い筋肉ですね!」
「おうよ! こちとら大工一筋二十年! 鍛え方がちがわあ!」
ムキ、と力こぶを作る親方。ものすごく立派な筋肉だ。
もちろん、大工の方たちも目を見張るような体つき。素晴らしい。
そして――
「シント! 来たぜ!」
「アッちゃん!」
以前、この敷地を不法に占拠していた若者のグループがぞろぞろと来る。
彼らとは色々あったけど、探し出して今回の仕事を頼んだ。
最初は驚かれたが、話したら引き受けてくれた。
「まあ、なんつーか、おれ様も体に自信あっからよ。報酬ももらえるっていうし」
恥ずかしそうにアッちゃんが言う。お供に人たちも、なにかを言いにくそうにしていた。
「引き受けたからにはやらせてもらうぜええ!」
服を脱ぎ、きわどい水着を見せつけてくるアッちゃん。なるほど、親方にも引けを取らないいい体だ。
「おう、おめえ、いいガタイしてんじゃねえか!」
「あんたもな、おっさん!」
がし、と腕を組む二人。
「ヒュー! アッちゃんと親方! 筋肉の宴だぜえ!」
「キャー! 目のやり場に困るぅー!」
アッちゃんのグループはほんとにノリがいいな。
そしてさらに――
「アーナズ君、待たせたね」
「ジュールズ社長! 手助けに感謝します」
俺に家を売ってくれたジュールズ不動産の社長が来てくれた。
彼もまた服を脱ぎ始め、中々の筋肉を見せつけてくる。
後ろでは不動産の従業員で社長の娘でもあるイヴァさんがため息をついた。
「ふふふ、数年前に倒れてからというもの、こうして鍛え直した体を見せられる日がこようとは!」
「ジュールズ社長もイイ体ですよ!」
誘ってよかったと思う。
「シ、シント! もうちょっとこれどうする気!?」
「ミューズさん。ウチのギルドに必要なのは『安心感』だと思います。こうして鍛えられた筋肉をアピールし、ウチは安心、安全なギルドだと思ってほしい」
「い、いや待って! ますます武闘派に……」
「それは違います。武闘派ではないんです」
言い切ると、ミューズさん、アリステラ、ラナ、カサンドラが顔をそむけたまま、きょとんとする。
「それは武器を持たないこと。武器は人を不安にさせる。俺がアピールしたいのは生身の力強さ。人が持つ筋肉の可能性です」
「き、きんにくの可能性……?」
「どうです? 安心感を感じませんか?」
俺もそれなりに鍛えているし、多少は役に立てるはず。
「……シント、着やせするタイプ……」
「う、うーん、思ったよりイイ体さ……」
「……脱いだらすごいってこと?」
アリステラとラナとカサンドラには通じたか。
「坊主もやるな! とんでもねえ体だ」
「細いイメージだったけど、やるじゃんか」
「アーナズ君は魔法だけでなく筋肉もイケるんだな」
親方とアッちゃんとジュールズ社長にも認めてもらえた。
「き、筋肉……えー……」
ミューズさんは耳まで赤くしながら、ちらちらと俺を見ている。
これはやはり安心を感じているのでは?
「ではやりましょう! ビラを撒きつつ、ウチが傭兵ではなく、縁の下の力持ちだということを話してください!」
おうよ! と筋肉たちが返事をする。
さあ、『Sword and Magic of Muscle Time』を始めよう。




