超巨大ミッション 15 異変
翌日を迎え、俺たち調査団は移動を再開。
表面上は普通なように見えて、雰囲気が変わっている。
曇り空がそうさせるのか、緊張がそうさせるのか、それとも仲間を出し抜こうとする競争心が高まっているのか、理由はわからない。
進む森は深く、より静けさが際立つ。
自然、交わされる言葉も少なくなっていた。
俺がいる列には魔法士や射手がいて、油断なく構えている。
良くない雰囲気を察してか、本と剣に戻っているディジアさんとイリアさんが、話しかけてきた。
(誰もしゃべらなくなりましたね)
(昨日とぜんぜんちがうよ?)
二人もまた、雰囲気を感じ取っている。
「なにが起こるかわかりませんし、合図したら頼みます」
(ええ、そういたしましょう)
(うん)
背後のガディスさんにも視線を送る。
そして前列の端にいるケルーガーさんの後ろ姿を確認。
彼は辺りを見回し、警戒を切らせていなかった。
そうして休憩を挟みつつ、徐々に、確実にアルテト村へ近づく。
いまのところ、変化はない。
超巨大モンスターが起こしているとされる地震などなく、大きな気配もない。
「空が赤くなってきたな」
夕方が近い。
張りつめた雰囲気が少しだけ弱まる。
アルテト村へはもう少しらしいが、慎重に進んだせいもあってか、結局たどりつけなかった。
「そろそろ野営の準備を。いったんここで荷物を下ろし、テントが張れる場所を探してほしい」
団長であるグレースさんが声を上げると、そこかしこから安堵のため息を聞こえた。
今日も特になにもない。
誰もがそう思った時だ。
「待て。全隊、構えろ」
最前列にいるグレンザー伯の鋭さを帯びた声。
なにごとかと思い、俺たちは前方に目を向けた。
「人……?」
誰かの声へ呼応するかのように、木々の間から静かに姿を現したのは、背を丸くした、うつむいた姿勢の男性だ。数は二人。
なんだか様子がおかしい。顔がよく見えないし、具合が悪そうだ。
「そこの者ら、止まれ」
グレースさんが声をかけるも、二人の男性はこちらへ近づいてくる。
「妙ね。生きてる気配がないわ」
フランが小さくつぶやく。
「フラン?」
「エリザ、全員を少し下がらせたほうがいいわよ」
フランが危険を感じ取っている。
奇妙な雰囲気をかもし出す男たちは、武装をしていない。着ているものも普通の服だし、アルテト村の人だろうと思う。
「止まれと言っている! 我らは帝国軍である! 止まらねば――」
再三の制止にも関わらず、男たちは足を止めない。
ここでようやく全員が武器を抜く。
異常な空気が場を包む中、男たちの体が跳ねた。
予備動作がない跳躍。人間の動きじゃない。
反応は一瞬。構えた状態から≪魔弾≫。肉体のど真ん中をぶち抜き、一人を吹き飛ばす。
もう一人の方は、グレンザー伯率いる部隊『大紅蓮』の面々が制圧。四本の槍が男をしたたかに打ち、動きを封じる。
「ちっ!」
「出遅れるわけにはいかんな」
『絶倒剣』トレーボルと『爆斧』バンダルが飛び出す。
俺の≪魔弾≫で吹き飛ばされた男はぐるんと回って着地したものの、彼らによって叩きのめされ、倒れた。
とりあえずの脅威は去ったと思う。
しかし――
「閣下! これを……」
「なんだこれ……」
『大紅蓮』の二人がうめき声を出す。
仰向けに転がされた男性の顔を見て、みな言葉を失った。
俺も駆け寄って、驚いてしまう。
「手、なのか?」
「えーと、どういうことですの?」
「気味が悪いわね」
皇女殿下とフランもまた、形の良い眉をひそめる。
男性の顔が見えない。
奇妙な物体が張り付いてるからだ。
(シント、なにやら嫌な予感がします)
(これって、モンスター、なの?)
「おそらく、としか」
男性の顔を覆っているのは、疑い様のないほどに異常なモノだ。
まるでこう、大きな手が顔面に張り付いているかのよう。
「おいおい……」
「どうなっている」
『絶倒剣』トレーボルと『爆斧』バンダルも、自分達が倒した男を見て低い声を出す。
どうやら状況は同じのようだ。
「すでに死んでいるようだな。シント殿、これをどう思う?」
たしかに男性の胸は上下することもなく、痙攣している風でもない。
手首に指を当ててみたが、鼓動はなかった。
すでに手遅れだ。
「グレンザー伯、この顔の物体を引きはがしてみましょう」
「ああ、そうしよう」
「それは任せろ」
ガディスさんがナイフを取り出し、顔に張り付いたものをはがそうとする。
「これはまずいな」
「ガディスさん、まずいとは?」
「よほど食い込んでいるのか……あるいは、一体化しているのかもしれん」
「では、顔の皮ごと剝がすしかないと?」
「たぶんな」
そこへグレースさんが青ざめた顔で止めに来る。
「検死ならば場所を変えていただきたい。殿下の前でそのようなこと」
「いいえ、グレース。わたくしのことはいいのです。みなさん、なにが起きているのかを突き止めてほしいですわ」
エリザベス様は平静なように見えて、握りしめた拳が震えている。
それなりに覚悟してきた、という話はほんとうのようだ。
「誰か手伝ってくれ。引き抜いてみる」
「ではともに」
ガディスさんとグレンザー伯が自ら、奇妙な物体に手をかける。
万力を持つであろう二人の男が力を込めると、ソレはずるりと引き抜かれる。
グレースさんが悲鳴を上げた。冒険者たちも絶句する。
剥がされたソレは、見た目だけならまさしく人の手だ。手首から下の状態で、男性の顔に張り付いてたのだった。
ただのでかい手ならまだよかったが、これは違う。
手の平に当たる部分には牙だらけの口がついており、そこから何本もの細い触手がこぼれ出ている。
なんという姿だ。こんなにも想像からかけ離れた生き物がいていいのか?
黄色い肌をした、口のついたでかい手だけの存在。
「ふん!」
ガディスさんが地面に置いたソレを大振りのナイフで貫く。
地面に縫い留められたソレはピクピクと動いて、ぱたりと止まった。
「まだ生きていたのか!」
「かすかに動いたんでな。しかしこれで死んだだろう」
ガディスさんは冷静だ。
「シント、よくわからないことになってるさ」
「……話が変わってきた」
「これはちょーっと嫌な感じだねー」
「たぶん、モンスター、です」
ウチのメンバーが辺りを見回す。追加の敵が現れないかを警戒していた。
超巨大モンスターの調査に来たはずが、とんでもないことになっている。
「グレースさん、緊急事態だ。引き返したほうがいい」
「……し、しかし」
襲って来た男性たちは、十中八九アルテト村の住人だ。
手型のモンスター……は言いづらいから仮で『黄獣』としよう。
状況を鑑みるに、『黄獣』は顔に張り付くことで人、または死体を操作している。おぞましいことだが、最悪の能力だ。
「皇女殿下もいるんだ。万が一もあるし、一度戻ってから態勢を整えたほうがいいと思いますが」
「たしかに、そうだが」
まったく予想のできない状況となってきた。
この分じゃ、アルテト村が無事とも思えない。
グレースさんは判断がつかず、迷っているようだった。
「おい、待てよ」
会話に入り込んできたのは『絶倒剣』のトレーボル。
「まだなんにもわかってねえんだ。ここで戻ったら来た意味がねえ」
その意見は間違っていないのだけれど、危険が大きすぎる。
「そもそも件の超巨大モンスターを発見できていないのだ。臆病風に吹かれて退くなど」
「なんだって?」
「……なにこいつ」
『爆斧』バンダルの挑発ともとれる言葉に、カサンドラとアリステラが反応する。
「いえ、臆病でいいと思います。このモンスターは未知数だ。なにも備えずに進んでは、取りつかれる可能性もある」
「シント・アーナズ……おまえ、仮にもオリハル級だろうが。戻るなんてありえねえよ」
「等級のことなんてどうでもいいでしょうに」
「逃げ帰る者と同列に扱われたくないんでな。オリハル級という位は冒険者の頂点だ。どうやら君にはその自覚がないらしい」
鼻で笑われてしまう。
そんなくだらない自覚、いる?
「まだ話の途中です。ここに残るのは俺たちだけでいい」
「はあ?」
「なんだと?」
周囲に集まっていた冒険者たちがざわめく。
「ふざけてんのか? おまえらのギルドだけ残るって?」
「ええ、そうです」
「手柄の独占とはな。認めるはずがないだろう」
別にそう取ってもらっても構わない。
ウチのメンバーだけでやったほうが早く終わるだろうし、戻るのは≪空間ノ跳躍≫を使えば一瞬だ。それに、俺とディジアさんとイリアさんは空を飛べる。
俺たちが調査を続けている間、みんなには増援を連れてきてもらいたいのだ。
しかたないので詳細な説明をしようとしたところ、別の人物が割り込む。
「おれも引き返すのは反対だぜ」
ここでケルーガーさんが手を挙げた。
「皇女殿下にはお帰りいただくとして、他は調査は続行したほうがいい。たしかにこの薄気味悪いモンスターは未知数で、警戒すべきだろうが、おれたちは選りすぐられた高ランク冒険者だ。遅れをとるやつなんざ、いないだろう」
意見は割れている。
帰還、続行、一部離脱の上続行、といった具合だ。
自然、皇女殿下に目が集まる。
彼女はうなずき、口を開いた。
「帰る前に、せめてアルテト村へ行きましょう。様子が知りたいですわ。グレンザー伯爵はどう思いまして?」
「帰還したほうがいいだろうな。このモンスターが二体だけとは限るまい。もしも……考えたくないことだが、村全体が襲われていた場合はまさに非常事態だ。一軍を以て駆除に当たりたい」
グレンザー伯は帰還を口にしつつ、だが、と続ける。
「なにも情報を得ずに退くのもできん。幸い、アルテト村は近い。急ぎ向かい、様子を調べよう。その後、速やかに帰還だ」
話が決まる。
落としどころとしては、まあいいだろう。
『絶倒剣』トレーボルと『爆斧』バンダルは小さく舌打ちしていたが、異論は出さなかった。
険悪な雰囲気、とまではいかないが、暗雲が立ち込めている。
どうやら連携は、望めそうにない――




