超巨大ミッション 10 帝都学術院にて
「……なんなんでしょう? この像を見ているとなにやらもやもやします」
「うーん……さすがにヒゲとかムナゲとかもじゃもじゃすぎない?」
ディジアさんとイリアさんが並び立つ二つの像を見て、感想を述べる。
向かい合う像のうちの一つは『剣神像』。筋骨隆々で、剣と杖を掲げ、いままさに戦いの決着へ望まんとしている。
もう一つは『魔神像』。痩せ細った体にぎらついた目。邪悪な笑みともとれる表情をしており、腕はなんと四本もある。
これは『剣魔大戦』の最終局面を表したものだ。
旧帝国時代に作成された、国宝級の代物だという。
「髭とか胸毛については、剣神が人類の父だという顕れですね。たくましい肉体とおおいなる力を表す剣。そして秩序を司る杖。これが剣神に対するイメージらしいですよ」
説明しつつ、辺りをうかがう。
ここは『帝都学術院』。歴史に数学に物理に、と様々な分野を日夜研究する学問の最高峰。もちろんそれだけでなく、社会学や経済学の専門家もおり、常日頃から帝室や貴族たちに助言を行う役割も持つ。
俺たちはいま、以前の仕事で知り合ったドレスラー氏とホミング氏に会うため、ここへ来ている。
受け付けで尋ねたところ、ドレスラー氏に取り次いでくれるとのことだったので、時間を潰しているところだった。
立派だが古ぼけた施設内で待つこと十分あまり。
背後から足音が聞こえてくる。
「この『最後の戦い』が意味するのは、剣神の決滅の一撃というだけではないのだよ」
「ドレスラー氏、お久しぶりです」
「うむ。驚いたぞ」
前に会った時と全然変わっていない。おおよそ一年ぶりの再会だ。
「魔神像が笑みを浮かべているのは、力だけでは解決しないという意味が込められている。それが何故か、わかるかね?」
いきなりだな。
ちょっと考えてみよう。
「そうですね。剣神と魔神は結局相打ち。しかもモンスターは消えず、人類を絶滅寸前にまで追い詰めた。最終的に剣帝の登場でなんとかなったものの、運がよかっただけとも言える」
「ほう?」
「魔神は自分が滅んでも、人類は勝利しないと知っていた。つまり、知恵があった。逆に人類は剣神の知恵を受け継ぐことができず、モンスターを甘くみたのだと思います。つまりこれは知恵の重要性を説いているんじゃないかと。で、ここは知恵の集積を行う場所なので、広間にコレが置いてあるのはそこに意味があると思いました」
「……君はまったく可愛くないな。まあ、満点をやろう」
なんか満点をもらってしまった。
「ともあれ、よく来てくれた」
「久しぶりです。ヒゲの方」
「おっはよー! ヒゲのおじさん!」
「う、うむ。ここではなんだ、私のオフィスに来たまえ」
案内してくれるみたいだ。
彼についていき、さほど大きくない部屋へ通される。
本やら標本やらでごちゃごちゃの場所だ。
「あ、これをどうぞ。つまらないものですが」
「うん? なるほど。土産を持参する礼儀くらいは持っているようだ」
持ってきた紙袋を渡す。来る途中に買ってきたお菓子だ。
「座りたまえ。座った瞬間、私からの抗議をさせてもらう」
「抗議?」
なんの話かわからんが。
ビッグウッド山が吹き飛んだ話なら、それは俺じゃない。
急かされて座る。
「アーナズ君、まったくとんでもないものを寄こしてくれたものだな!」
「なんの話ですか?」
「あの……奇っ怪な……生首のことだ!」
ああ、しまった。忘れてた。変わり果てた姿のマスクバロンを送ったんだった。
「いえ、珍しいものを捕まえたので、ドレスラー氏に見てもらおうかと」
「いやアホか!」
「でも、すごく珍しいでしょう?」
「それは……まあ、たしかにな。最初に見た時は恐怖で凍り付いたのだが、話をしてみると理知的で、様々な学問に精通していた。つい話し込んでしまったのだが……」
「だが?」
「気が付くと意識を失っていてな。あの生首も消えていた」
マスクバロン、逃げたな。
「ではもう気にしないでください。たいした害はありません」
「……ならばいいが」
釈然としない様子で、彼は茶をすする。
「それで、私に何の用だ? ただ会いに来たわけではあるまい」
「はい。実はあなたの知恵を借りたくて、来ました」
「ふむ。いいだろう」
一度呼吸を整えて、会話を再開する。
「アルテト村をご存知ですか?」
「知っているが」
「そこの近くに遺跡か、それに類する施設があったりします?」
ドレスラー氏は眉根を寄せた。知っている雰囲気だ。
「あるな。『図書館』と飛ばれる太古の建造物が山の中腹辺りに建っている」
密かに胸をなでおろす。人の家じゃなくてよかった。
「行ったことは?」
「二度ほど調査したことがある。若い頃の話ではあるが……しかしどうしてまたそのような場所のことを?」
今度はこちらが話す番なんだけど、多くは言えないんだな。
「すみません。機密事項でして、こちらのことはあまり話せないんです」
「き、機密事項!?」
「今回、俺たちは帝室からの依頼で帝都へ来ました」
「なんと……」
さすがに驚いているようだ。
「それで、その『図書館』とやらの詳細をお聞きしたいのですが」
「ふむ……その前に一つ。まさか、ビッグウッド山の時のようになるのではあるまいな?」
否、とは言えないのがつらい。
「そうならないよう全力を尽くしますよ」
「なんてこった」
「今回の件には【神格】の所有者も同行しますし、戦力は高い。なんとかします」
ドレスラー氏はため息だ。
「『図書館』についてだが、そうとうに古い建造物だ。それこそ旧帝国時代以前のもの。しかし、ここ学術院においては重要視されていない」
「それはどうして」
「中に何もないからだ」
図書館と呼ばれるからには、書物がたくさんあったのだろう。なにもないのは、おそらく荒らされてしまったからだと思う。
「遺跡荒らしですか」
「……わからんのだよ」
うん? どういうこと。
「書物がないだけでなく、それを所蔵する棚も倉もない。ただの何もない部屋がそこにあるだけなのだ」
「ではどうして図書館と?」
「地元の人間がそう呼んでいるのだよ」
ドレスラー氏は若い頃、アルテト村で調査を行ったのだという。村で一番の高齢者にも話を聞いたそうだ。
「老人が物心ついた時からすでに『図書館』と呼ばれていたらしい」
「謎、ですね」
ここでふと疑問がわきおこる。
「ドレスラー氏は『二度』調査したと言いましたね。一度目で何もないことがわかったのなら、なぜもう一度調査を?」
「気づいたか。たしかに一度目でなんの価値もない遺跡だと断じたが……その後にな、ある情報を得たのだよ」
ちょっとだけ、ぞくりとしてきた。
「かなり古い文献……帝都近辺での口伝を集めた資料にかの【神格】研究の第一人者『アルレエス』が、アルテト村へ足繫く通ったという話があった」
「それは、さすがにびっくりです」
マジでか。
あの『アルレエス』が通っていた?
パッと思いつくのは、【神格】が関わっているということだ。
信じられないな。
「ゆえにもう一度足を運んだわけだが、やはりたいしたものは見つからなかった。魔導具を持ち込み、いろいろと計測を行ったが、なんとはなしに魔力の乱れがあった程度だな」
「隠し部屋などはどうです?」
「それも考えた。が、壁を壊そうにもつるはしの方が折れる始末。そうこうしているうちに期限切れだ。上からは、調査の必要なし、と判断され、以降は誰も行っていないはず」
今回の件、水面下になにか、とんでもないものが潜んではいないだろうか。
超巨大モンスターの背にあるのがその『図書館』だという可能性を考えずにはいられない。
だとしたら、普通のモンスターではなさそう。
一方で、『図書館』がまったく関係ないという可能性もある。しかし、繋がりがなさそうであるような、妙な気分だ。
だめだな。どんどん疑問がわいてきて、キリがない。
「ドレスラー氏自身の個人的な意見はどうなんでしょう」
「なにかはあると直感している。いつかまた調査に行きたいところなのだが、そうもいかなくてな」
「お忙しいようですね」
「うむ。先ごろ、南方に出向いていたホミングから手紙がきおった。砂漠に埋もれた太古の町を見つけたのだよ」
なんだって?
大発見じゃないのか。
「状況次第では私も行くことになるだろう。その時は君が来てくれたことを話すよ」
「ええ、よろしくお伝えください」
話は終わった。
改めてお礼を言い、帝都学術院を辞する。
「シント、その『図書館』を調べるのですか?」
「可能ならば」
「でも、なにもないんでしょ?」
ディジアさんとイリアさんは暇そうに足をぶらぶらさせたり、ドレスラー氏の部屋を見物していたが、ちゃんと話を聞いていたみたい。
「もしかしたら、なにかあるかも。その時はお二人にも協力をおねがいします」
「ええ」
「もっちろん」
出発は明日だ。準備はしっかりしておこうと思う。




