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【フォールン・ワーク】1 拷問部屋のシント

 静かな室内――


 テーブルを挟んで俺の真向かいにいる女性へ、話しかけた。


「あの」

「……」


 彼女は返事をしない。

 俺の対面に座り、優雅に茶を(たしな)んでいる。


「なにか言ってほしいんだけど」

「……」


 またしても返事なし。

 ただ、時折こちらをちらりと見る。


「そんなにお茶ばかり飲んでると、トイレに行きたくならない?」

「……!?」


 彼女はお茶をこぼしそうになった。


 いったいなんなんだ、まったく。

 俺がいまいるところは尋問室らしい。きっとそれは表向きのことで、拷問部屋かなにかだろう。


 そして、目の前にいる女の子。絶世に美女、といっていい容姿を持ち、肩まであるキラキラした金髪は、さながら雷をまとっているようにも見える。


「ウルスラ、なんでさっきから黙っているの。あと、いきなり逮捕ってなぜ?」

「……」


 俺は逮捕されてしまった。

 頭に袋をかぶせられて、連行されたのがなぜかガラルホルン家の邸宅で、こうして彼女の前に座らされている。


 俺の元・実家ラグナ家と双璧を為す超名門大貴族ガラルホルン家の第二公女『ウルスラ』は、こちらの呼びかけに答えようとしない。

 じっと俺のことを観察しているようにも思える。


 時間がもったいないんだけどな。

 ギルドの仕事が立て込んでて、早く戻らないといけないのに。


 わざわざ憲兵に手を回してまで逮捕して、でもそれは結局のところ嘘だった。

 もう帰ろうかな、なんて思っていると、ウルスラがようやく口を開く。


「シント、私に言うことはないのか?」


 え、なんの話?

 

「こうして二年ぶりに会ったというのに」


 確かにそうだ。

 男勝りな口調に鋭い眼光。腰に差した【神格】神剣インドラ。そしてその身の内側に渦巻く巨大な力。変わってないな。


「あー、うん、久しぶり」

「そうだな」


 と、彼女はティーカップを置いた。


「活躍は聞いてる」

「当たり前のこと」


 彼女は俺よりも二つ年上で、以前戦ったアイシアの妹。で、母さんのいとこだから、俺にとっては、いとこ叔母、にあたるのかな。呼び方が難しい。


 すでに戦場へ出て多くの賊や反乱分子を撃破し、十八歳にして公国、いや、帝国でも最強の将軍の一人と目されてる。


 今も華麗な軍服を身に纏い、背筋もぴんとしていて、厳格さを漂わせていた。


「姉上と寝たのか?」

「……?」


 アイシアとは会ったけど、なんの話だ?

 寝た、と言われても、小さいときに一緒に寝たことしか心当たりはない。


「ごめん、意味がよくわからない」

「姉上が帰ってきてからというもの、部屋に閉じこもって出てこない。ショックで寝込んでいる」

「そうなの?」

「そうだ」


 アイシアとはダレンガルトの町で『剣棋』にて対局し、俺が勝った。彼女はそれをなかったことにして戦闘を挑んできたのだけれど、それも俺が勝った。

 アイシアはかなり自信たっぷりだったし、負けてショックなんだろう。


「シント、真実を話せ」

「俺が勝った。それだけ」

「勝った、だと?」


 長々と話すつもりはない。


「帰りたいんだけど」

「私を置いて? それは許さない。そもそもおまえはガラルホルン家の――」


 彼女が言いかけた時、留置場の外が騒がしくなる。


「なんだ貴様らは! 公女殿下がお話し中だ!」

「ラグナ家のご嫡男がお通りだぞ! どけ! 下郎め!」


 ラグナ家のご嫡男?


 無理やり押し入ってくる騎士たち。腕に縫い付けられている紋章は、炎と狼。ラグナ家のものだ。

 そして最後に入って来たのは、ひどく見覚えのある貴公子。


「あ、ユリス従兄さん」

「……貴様」


 いきなり貴様呼ばわりされた。

 一気に部屋内の温度が上がる。ラグナ家当主の長男は、俺を見るなり見事な赤髪を逆立たせた。


「ユリス公子。呼んだおぼえはないが?」


 ウルスラが落ち着いた様子でお茶を飲み始める。


「公女ウルスラ。その者はカスとも言えど我らの一族。身柄を渡してもらおうか」

「なにを言う。聞けば追放したそうだが。ならばもはやラグナ家とは関係ないだろう。そも、彼は我がいとこアンナ様の息子だ。ガラルホルン家内々の話に入らないでもらおうか」

「内々、だと?」

「シントはすでにガラルホルン家の者。おまえたちは不法を以て我が家の敷地に侵入する不届き者よ」

「ふざけるな。そやつを不法に拘束しているのはそちらだ」


 俺を置いて言い合う二人。勝手なことばかり言ってる。


「公子殿下に何たる無礼な! いかなガラル公国の姫といえど、許せるものではないぞ!」


 ユリス従兄さんのそばにいた騎士が声を荒げる。それに反応し、ウルスラの騎士たちが剣に手をかけた。

 まさに一触即発ってヤツか。


「それはそちらであろう! 姫さまに対して度重なる無礼! 斬ってくれる!」

「黙れ黙れ! 公子殿下の邪魔をするな! 下郎めが!」


 狭い留置場は屈強な体つきをした男たちでいっぱいだ。熱気でむせる。

 

 俺の向かい側で、バリ、と音がした。

 瞬間――


「うぐあっ!」

「あああ!!」


 静まり返る留置場。

 ウルスラの姿が消えたと思ったら、ラグナの騎士が二人、その場に倒れる。

 神業とも思える神速の剣。彼女が持つ【神格】神剣インドラは、その力の十分の一も出していないだろう。

 つまり今のは、彼女自身の力だ。


「公女ウルスラ……! 斬ったな!」

「バカめ。斬られないとタカをくくっていたか。しかし安心せよ。急所は外した。まあ、二度とまともな生活はできないだろうが」


 そろそろ我慢の限界だ。

 用があるなら、さっさと言って欲しい。


「ここは我が家の私有地。五体満足で帰れると思うなよ」

「【神格】を持っていようが、図に乗るな。ラグナと戦争をする気か?」


 にらみ合う二人。

 そこで俺は手を挙げた。


「はい! はいはい!」

「なんだ、シント」

「ウルスラ、少し従兄さんと話を」

「しかたないな。いいだろう。ただし、一秒だ」


 それじゃ一言すら喋る事ができません。

 もういいわ。


「ユリス従兄さん、なにか用?」

「……シント・アーナズ。それが今の名か?」

「うん、そう」


 答えた刹那、ユリスの端正な顔が、くわっ、となった。


「鉱山を潰したのはおまえだな?」

「一割は。あとは絶望の暴君っていうモンスターの仕業」

「くだらん出まかせを言うな、無価値のカスが」

「モンスターの死骸は冒険者庁に引き取ってもらったし、目撃者もいるけど」


 そうそう。絶望の暴君の死骸から取れた素材がかなり高く売れたんだ。

 500万アーサルもの大金。それを費用に今、ギルドの職員寮を建てているところ。


「新市街でゴミどもを片付けたのは?」

「ワルダ一家のこと? それは俺だよ」


 答えると、ユリスは、ぎり、と歯ぎしりをする。

 様子がおかしいな。まさか、とは思うけど、ワルダ一家は従兄さんの?


「シント、来てもらうぞ」

「いや、帰ってほしい。俺はもうラグナじゃない。おじい様に姓を捨てろと言われた。従兄さんにもだ。覚えてないの? だから、おまえたちの言うことを聞くのは、それが最後」

「なんだと! この……!」


 掴みかかろうとするユリス。その様子にウルスラが笑い始める。


「ふふふ……はーっはっはっは! シントがそう言っているのだ。帰れ、愚か者」


 勝ち誇った顔をしているけど、それも違うよ、ウルスラ。


「ウルスラ、君もだ。俺はガラルホルン家とはなんの関係も持たない。だから帰らせてもらう」

「私がみすみすそれをさせると?」


 神剣インドラがこちらに向けられる。雷が剣の表面に跳ねて、目がチカチカしてきた。


「そういえば俺の後ろの壁の向こうってなに?」

「庭だ。それがどうかしたのか」


 ウルスラは逃がさないという絶対の自信があるのだろう。

 しかしそれは覆る。


 術式を構築。撃ち放つのは≪魔衝撃(マショウゲキ)≫。()()()()()()()


 爆音と激風。属性のない純粋な魔力の衝撃が、俺の背後の壁に大穴を空けた。

 全員が呆気に取られる。

 さて、帰ろうか。


「シント? まさか、おまえは……放屁(ほうひ)で穴を?」


 ウルスラがそんなことを言う。

 そんなわけないでしょ!? 魔法を背中から撃ったの! 真顔で放屁とか言うのやめて。恥ずかしくなるから!

 

「仕事が立て込んでて、急いでる。それじゃ」


 外に出て、新しい魔法≪飛衝(マジックフライ)≫を発動。一気に空高く跳んだ。

 やれやれ、と言いたくなってくる。

 なんでこんなことになったのか。

 正直、心当たりはないとは言えないけど、ウルスラもユリスも人の都合を考えなさすぎる。


 そうだな。戻るまでの間、ちょっと思い出してみよう。

 あれは一か月前のことだったろうか。ワルダ一家を壊滅させた少しあとのことから始まる――

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