立ちはだかる者 4 【ラグナ家】ユリス・ラグナの怒り【長男】
きらびやかな光が乱舞する高級バーのホール内。
大きな台座の上では、美女たちがノリの良い音楽と共に魅惑的なダンスを披露している。
ラグナ家当主カール大公の長男であるユリスは、最前席で酒を口にしながらそれを見て、満足していた。
鉱山の採掘、森林の伐採は順調。心血を注ぎ、ガラルホルン家をも巻き込んだ新市街再開発計画も土地の買収は進んでいる。
「ユリス様、アルラグナル卿がお会いしたいと」
側付きの騎士がそっと耳打ちし、彼はうなずいた。
懐刀であるフリット・アルラグナルには、いつでも報告に来るよう言ってある。
「ユリス殿下。お休みのところ申し訳ございません」
「構わぬ。それよりも座れ。そして飲め」
彼は気分が良かったため、酒を勧めた。しかし、フリットはそうしない。
「変事か?」
何事にも顔色一つ変えないフリットの暗い表情。いったい何があったのか、ユリスの胸が騒いだ。
「申せ」
「は……例の鉱山からの連絡が途絶えましたので、様子を見に行かせましたところ……」
「どうした?」
「消えました」
「なに!? それはどういうことか!」
ユリスは怒鳴った。
周囲の者や、ダンサーたちが動きを止める。
「仔細を話せ! 消えたなどと、なにがあった!」
「冒険者によって壊滅を」
「バカな。どこのどいつだ! アクトー子爵はどうした! よもやヤツが裏切ったのではあるまいな!」
フォールン総監代行アクトー子爵には、大金を掴ませ、協力させていた。もしも裏切ったのなら万死に値する。そうユリスは怒りを募らせる。
「いえ、アクトー子爵は逮捕され、新しい総監代行が任についたとの由」
ラグナ家の公子であるユリスにはなんの連絡もなかった。それがますます許せないと激怒する。
「鉱山は潰され、採掘はもはや不可能です」
「ふざけるなよ? どれだけの金を使ったか、卿は知っているだろう!」
「申し訳ございません」
フリットは平伏する。これ以上怒らせれば建物ごと燃やしかねない。
「誰だ? 誰がやった! その総監代行か!」
「……」
フリット・アルラグナルは口を閉じた。
ユリスが彼の胸倉をつかむと同時に魔力が燃えるように膨れる。
「言え」
「……冒険者は『シント・アーナズ』と」
「!?」
瞬間、ユリス・ラグナの頭が真っ白になる。
シント・アーナズ。かつて神童と呼ばれた弟、マールを叩き潰したという魔法士。
「なんだと……?」
「公子、どうか気をお静めください」
乱暴に手を離し、彼は考える。
しかし、ここで予想外のことが起こった。
「きゃあああああああああ!」
「な、なんだ貴様! ぐわっ!」
女性の悲鳴と誰かが倒れる音。
入口から入って来たのは、包帯だらけの男だった。
本来であれば見事な顔の入れ墨だろう。だが、今は顔そのものが腫れて歪み、無残な見た目になっている。
「おらああああ! ユリス・ラグナ! てめええええええ!」
男は炎を象った不思議な剣を手に、ユリスの前へ立つ。
「この歯抜け男は?」
「公子、新市街に派遣しておりました例の一味です」
レプリカ持ちの犯罪者。賞金首フレイムのことを、ユリスは思い出した。
顔が変わり過ぎてわからなかったのだ。
「てめえええ! なにがカス冒険者だこらあ! あ、あんな野郎を殺せだと! しかもおれに刺客を放ちやがったなああああ!」
神剣フランベルジュのレプリカが、轟、と燃え上がる。
「……貴様、なぜここへ来た」
「ざけんなよおおおお! 全員捕まっちまったに決まってんだろが!」
「なに?」
新市街へ秘密裏に送り込んだ悪徒の数は二百人以上。再開発計画のために地上げや立ち退きをさせていたはずだ。
「くそっ! あ、あのガキ……つええなんてもんじゃねえ! バケモン……はっ! そ、そうか! あいつも刺客……!?」
ユリスが目にも止まらぬ速さで、入れ墨の男『フレイム』の首を絞める。
フランベルジュのレプリカを蹴り飛ばし、さらにきつく力を入れた。
「おい、歯抜け男。新市街はどうなった?」
「ぐええ……は、放せ……」
「言え、でなければ死ね」
「……あ、あいつ……シント・アーナズ……潰された……全部……ワルダ一家は壊滅……」
ユリスの赤髪が怒りによって逆立つ。彼の周囲で炎が燃え上がり、ホール内が朱に染まった。
みなが叫びを上げて避難する。
残ったのは、ユリスとフリット、そして哀れな歯抜け男フレイムだけとなった。
「シント・アーナズ……シント・アーナズ……シント……アーナズ!!」
新市街再開発計画はユリス自らが主導する大事業だ。
鉱山から遺跡が見つかったのは誤算だったが、それすらも鉱石の採掘と並行して発掘し、順調だった。
アクトー子爵に金を掴ませ、底辺の人間を金の沼に沈め、奴隷としてほぼ無料の労働力とする。
ガラルホルン家には鉱石や材木の運搬と護衛を依頼し、その上で出資金を出させた。
事が成った暁には、新市街は金持ちが集まる豪華なカジノ、ホテルが立ち並び、ラグナ家へ大陸でも最高の富をもたらす、はずだった。
しかしそれは頓挫したといっていい。新市街用の資材も、土地が空かなければ意味がない。
巨大な敷地を今から買収するなど、十年、いや、二十年はかかるだろう。
ユリスはそこまで待てるほど寛容ではなかった。半ばまで進んだ一大プロジェクトが白紙になるなど、それこそ富をもたらすどころか、公国を傾ける要因にすらなりえる。
「そうなれば……ラグナはイングヴァルに……」
祖父であるジンク・ラグナは失敗を許さない。子供の時からそれをさんざん見てきた。ましてや弟が継ぐなど、もってのほかだと、ユリスは考える。
「ぐ……ぐわああああああああ!」
彼の手から生み出された炎が、フレイムを焼き尽くす。骨も残らない高温。【炎の貴公子】ユリス・ラグナは火に愛されている。
「シント・アーナズ! どこまでもふざけた輩! フリット!」
「は!」
「ワルダ一家の関係者は全て始末しろ! 鉱山もだ!」
「公子、しかし」
「異論は認めぬ。そして!」
ユリスはシントの顔を思い浮かべ、そのイメージを焼き払った。
「シント・アーナズを探せ! 見つけ次第、殺せ! その家族も! 友人も! 知人も! なにもかも焼け! ことごとくを殺せ!」
あまりの怒りに、フリットはなにも言えなかった。
家族を殺せ、とは言うが、もしもシント・アーナズがあの追放されたシント公子なら、ユリスもまた親族ではないか、と思う。
きらびやかな光で彩られていたホールは朱に染まり、炎の燃える音だけが聞こえる。
「……どうした。曲が止まっているぞ?」
ユリスの一言に、踊り子も給仕もびくりとした。
「踊れ」
「ひ……」
その場でへたりこみ、震える踊り子たち。
「死にたいのか? 踊れ、と言った」
この場にいる者たちは、誰も逆らえなかった。
少しでも口ごたえすれば殺される。そう直感したのだ。
「さっさとしろ! この……グズともめが!」
一番近くにいた給仕係の男性が殴られ、吹き飛ぶ。
こうしてダンスは再開される。ただし、そこには恐怖しかなかった。
(シント・アーナズ……必ず始末する)
座り直し、酒を一気にあおったユリスは決意する。
(……『焔』を放つ。シント・アーナズとやら、八つ裂きにしてくれよう)
探し出して連行し、残酷な方法で殺す。
彼はもうそれしか考えられなくなった。




