ファミリアバース 4 そうだ、集会所に行こう!
「あーーーーー! 町! 町がある!」
思わず叫んでしまった。
それくらいに嬉しい。
目を覚ましたあと、悪党のアジトを出て数時間。森を抜け林を抜け、ようやく町にたどり着いた。
「長かった」
今度からは地図を用意しよう。道に迷うのはこりごりだ。
看板によれば町の名前は『アールブルク』。俺にとっては初めての町だった。
「まずは食事だ。お腹がすき過ぎてどうしようもない」
と、町に入りかけたところで止まる。
そうだ。お金の問題がある。
叔父上から帝国紙幣で10万アーサルをもらった。ただ、それを食事代にしてしまうと大都市に行けなくなる。
ということはつまり、お金を稼がないといけないのだけれど、稼ぐには働くしかない。
「まずは働けばいいのかな。でもどうやって」
情けないことに、俺はラグナ家の敷地から出たことがない。労働をして賃金をもらう、という仕組みは知っているが、なにをすればいいのやら。
思いがけず新しい目標ができた。
そう、『仕事を見つける』だ。
町内に入り、辺りを見回す。たくさんの人がいて、往来を歩いている。
どこかのどかな雰囲気があって、好きになれそうだった。
その時だ。
女性の声が大通りに響き渡った。
「きゃああああああ! ひ、ひったくりよおおおお!」
中年のご婦人が倒れる。
いけない。
「≪魔弾≫」
指から放たれた魔力弾がひったくりの男を撃つ。
ひったくりは顔から地面に突っ込み、そのまま転がっていった。
昼間からひったくりだなんて、ひどい。
ご婦人のカバンを拾い、届ける。
「ああ、ありがとうね」
「いいえ、お安い御用です」
「いやだわ、なにかお礼をしなくちゃ」
「お礼なんていりません。あ、でも教えてほしいことがあって」
うん、ちょうどいい。お金をどこで稼げるか聞いてみた。
「この町で働くのかしら?」
「そういうわけでは。路銀が稼げればそれで」
「だったら集会所に行ったらどう?」
集会所?
「冒険者の集会所よ。きっとなにかお仕事があるんじゃない?」
冒険者、か。初めて聞く名前ではないけど、あまりいいイメージではない。いとこたち三人は『ならず者の集まり』だとか『下賤なものども』だったり『ゴミクズ』なんて言っていたし。
でもよくよく考えてみれば、あの人たちの言うことって偏ってるし、実際はそうじゃないと思う。
「ありがとうございます。行ってみます」
お礼を言ってご婦人の前から去る。
そうそう、ひったくりの人は≪次元ノ断裂≫で異次元に収納しておこう。この人も憲兵隊に引き渡す。
集会所、という名の場所は大通りに面した町役場の隣にあった。向かいには憲兵隊の事務所が見える。
ぼーっと建物を見ていてもしょうがない。とりあえず中に入ってみよう。
中はそこまで広くない。
武装した人たちが七、八人いて、受付カウンターは二つ。
「あのー、すみません」
頬杖をついて元気がなさそうな女性に声をかける。
胸についているネームプレートには『フレデリカ・キルヒェンバッハ』とあった。髪が栗色で若い女性だ。
「……」
眠いのかな。いやでもすごい早さで書類をめくっているし、仕事で忙しいのかも。
邪魔しない方がいいかもしれない、と思って背を向けると、声がかかった。
「ごめんなさい。ちょっと集中していたもので」
「いえ、俺の方こそ邪魔したみたいですいません」
「いえいえ。それで、どのようなご用件ですか?」
改めて聞かれると返答に詰まった。仕事をください、でいいだろうか。
「仕事を探していまして」
「それでしたらあちらに……って、あなた、何歳?」
「四年半後に二十歳になりますね」
「あーなるほど……それじゃ15歳でしょ」
通じなかったか。
「初めて?」
「あ、はい。初めてです」
「免許は持ってないのよね?」
免許か。しまったな。仕事をするのに免許が必要だとは知らなかった。
「説明した方がいいかもね。こっちに来て座って?」
「ええ、お願いします」
受付の女性――フレデリカさんがじっーとこちらを見ながら席に案内してくれた。なんか怖いな。隠しているものを暴こうとする目だ。後ろめたいことはないが、気をつけなくては。
「冒険者になりたくて来たのよね?」
「冒険者にこだわっているわけではないです」
お金が稼げて、真っ当な仕事ならなんでもいい。
「そう。でも一応説明させてもらいますね。まず、傭兵、探索者、探検家、用心棒、賞金稼ぎその他諸々を総称して冒険者と言うの。で、ここはそういった方たちに町や町の人からの依頼を紹介するんだけど」
ふむふむ。
わかりやすくていい。
「依頼を斡旋するからには身分でも実力でもいいから証明が要るの。実は悪い人でしたー、だったらまずいしね」
「証明、ですか」
「そ。ブロンズ級シングルから始まって、ダブル、トリプル、その上はアイアンのシングル、という風にね。これは冒険者の実力を表していて、より難しい依頼は上の等級の方しか受けられない仕組みよ」
「免許というのはどこで?」
「ここで発行しているわ。免許があれば町内でも武装が許可される。ただし特別な場合を除いて武器を抜くことはできないから注意してね」
ちゃんと取り決めがあるんだな。ぜんぜんならず者の集まりじゃないじゃん。
やはり従兄さんたちは少しばかり偏見を持っているようだ。
「冒険者の免許は『前科がないこと』が条件で、『現在の身分を証明できるもの』かもしくは『町の名士による推薦状』があれば発行できます」
簡単なようで、俺には難しい。前科はないけど、身分証明がないし推薦状なんて持っていない。
まいった。ラグナを名乗れないから身分証明は問題外。
これじゃ仕事はできないな。
「身分を証明できるものとか持ってない?」
ないんだなー。さてどうしようか。
などと考えていると、誰かがやってきた。
小太りの中年おじさんで身なりが立派だ。
「フレデリカ君、新人かね?」
「……はあ、まあ」
おじさんがフレデリカさんの肩に手を置いた。
その瞬間、彼女の目が死んだ魚みたいになる。
「若いが、ちゃんとやれるのかね」
疑問に満ちた目を向けられる。
フレデリカさんは黙ったままだ。これはひょっとして、嫌がっているのでは?
「ウチの紹介所はまともな冒険者の来るところだ。評判を落としてもらっては困るよ」
えーと、まだ何もしていないし、所属もしていないんですが。
この人、なんかちょっと変だな。話が進まないし、どこかへ行ってもらおう。
(≪物体移動≫)
聞こえない音量で呟き、魔法を発動。移動させるのはおじさんが彼女の肩に置いた手だ。
「……む!? な、なんだ、手がひとりでに……」
動かす先は、掲示板の前にいる筋肉ムキムキの人たち。
おじさんがスライドするように動き始める。
「ちょっ……」
「あ?」
おじさんの手は怖そうな戦士風男性のお尻にタッチさせる。
「おい……所長、あんたいま、俺のケツを触ったよな? なあ?」
「あ……いや、その」
「マジかよあんた、これってあれか? 仕事にありつきたきゃケツを触らせろってか? ああ?」
「ち、違う! そういうわけでは!」
よし、これでいい。やっと話が進められる。
「キルヒェンバッハ嬢、免許を取得するには推薦状があればいいのですね?」
「え、ええ」
彼女は驚いている。なにが起こったのか、まだ気づいていないようだった。
「なんとか用意してきます。あと、犯罪者の引き渡しもここで?」
「犯罪者? ああ、賞金首ね。それでしたらあそこに張り紙があるから、よく顔と名前を確認して、もしも捕まえることができたら、憲兵隊のところに行けばいいわ」
「ここの向かいですか?」
彼女は微笑みながらうなずく。
よかった。大きなお世話かもしれないと思ったけど、笑顔が戻った。
お読みいただきまして、ありがとうございます!
作品を【おもしろかった】、【続きが読みたい】と感じてくださった方はブックマーク登録や↓を『★★★★★』に評価して下さると励みになります~
よろしくお願いいたします!