ファミリアバース 終 『夢のはじまり』
「シント少年、おめでとう」
対面に座る仮面男爵が、祝福の言葉を口にする。
ここはフォールン総監邸。そしてアルハザード卿ことマスクバロンは、新総監代行に就任している。
「はい、ありがとうございます」
ワルダ一家を壊滅させてから一夜明け、報告と用事があって総監邸を訪れたのだが――
「それにしても、なんかがらーんとしてませんか?」
周囲を見渡すと、ほとんど何もない。人もかなり少ないし、どうしたのか。
「ああ、アクトー子爵を捕まえたあと、苦情が殺到してね」
「苦情?」
マスクバロンは笑いながらうなずいた。
「アクトー子爵に騙されていた者達が金を返せと。しかしそのような金はここにない。だから美術品など好きに持っていかせたのさ」
前に来た時は大量の絵画とか彫刻とかが置いてあった。食器もきらびやかな品物だったけど、今はそれがない。
「そうだったんですね。でも、あの彫刻は?」
部屋のど真ん中にあるアクトー子爵がモデルの石像だけ残っている。
「これは美術品ではないだろう?」
「そうですか? 本人よりも美形だから出来はいいと思うのですが」
「ぶふっ!?」
マスクバロンがお茶を噴き出しそうになる。
「茶の途中で笑わせないでくれるかな」
「あ、はい」
笑うところ、あった?
「とにかく、おめでとう。ギルドの門出としては上々ではないか?」
「ありがとうございます。マスクバロンこそ、憲兵隊に話をしていてくれたみたいで、すみません」
捕らえた大量の悪人を憲兵本部に運んだのだが、多すぎて大騒ぎになってしまった。
だが、偉い人がマスクバロンから俺のことを聞いていたようで、割とスムースに手続きが終わったのだ。
おかげで賞金首四人分の1700万アーサルが手に入った。信じられない額だ。
「私は面白い男がいる、と言っただけだよ。全ては君のギルドの力だ」
「その言葉はなにより嬉しいです」
「総監代行である私からもお礼をしたい。なにがいいかな?」
「あ、いえ、それはだいじょうぶです」
それが目的で来たわけではないのだから、丁重にお断りする。
「まあ、そう言わずに。そういえばさっき君はこの石像の出来がいいと言ったな。いいだろう。あとでこれを君のギルドに送るよ」
いらん。マジでいらん。
「それは遠慮します」
「まあまあ」
「いえ、ほんとうに要らないですから」
押し付けられてはかなわない。
本題に入ろう。
「マスクバロン、突然で申し訳ないんですけど、今からのご予定は?」
「ふむ。特になにもないが」
「ギルドの初仕事が終わったので、宴会をしようって話になって、それでお世話になったから、来てもらおうかな、と」
「ほう!」
「ご無理でしたら、いいんです」
「行くさ。友人のお祝いだな」
いつから友人になった!?
でもまあ、嬉しいと言えば嬉しいかもしれない。
「ではここを引き上げ次第、参加させてもらおうか」
「ええ、お待ちしています」
こうして総監邸をあとにする。
それからジュールズ社長やロレーヌ伯爵を誘って、家に戻った。
その途端、香しい料理の匂いが鼻をくすぐる。
「おかえり、ギルドマスター」
「ええ、ただいま」
ミューズさんとカサンドラが狭い台所で料理をしている。
二人はとても家庭的だ。
庭では、テーブルや椅子が並べられ、すでに雰囲気が出来上がっている。
親方を始めとした大工の方々も今日は早めに切り上げてもらって、宴会に参加だ。
「シント! おっかえりー!」
「みんな、来る?」
「ただいま。みんな来るって」
フォールンに来てからだいたい二週間くらいか。
こんなにも多くの人と知り合えた。
今日はもう、たくさん食べて満足してもらおうと思う。
「アミール、俺がやるよ。君は休んでて」
「ダメですよ、ギルドマスターは今日の主役なんですから。こういうのは僕の役目です」
ギルドのサポート役であるアミールが忙しなく働いている。
彼は賢いし、素早いし、要領がいい。すごく助かる。
やがて夕方が過ぎ、料理が並び始めた頃、ジュールズ社長、そしてロレーヌ伯爵が来た。
「ロレーヌ卿、突然すみません」
「なに、謝る必要などない。むしろ喜ばしいかぎりだ。活躍はすでに噂になっているよ」
夜だから顔色がいい。
お土産をもらって、椅子を勧める。ロレーヌ伯爵のことをみんなに紹介すると、ミューズさんに驚かれた。
「ロレーヌって……あの? ロレーヌ軟膏の?」
「お嬢さん、よく知っているね」
ロレーヌ軟膏? なにそれ?
「シント、あなたほんとうに知らなかったの? ロレーヌ印の頭痛薬とか、鎮痛薬とか見てない? 帝国中の薬局に置いてあるのよ?」
「すみません、不勉強で」
ミューズさんがかなりかしこまっている。
「なんで早く言わなかったのよ。出資者がロレーヌ卿だったなんて……ウカツ。しかもイケオジだし……」
彼女が改めて出資のお礼を言うと、伯爵は機嫌が良さそうに笑う。
「はっはっは! いいのだよ!」
ロレーヌ伯爵はかなりのお金持ちだった。
なるほど、と思う。以前、彼から話を聞いた時、植物や薬の研究をしていたと語った。それで生計を立てているわけだ。
「ところで伯爵、出資していただいた分を返済します」
「もうか。早すぎるだろう」
伯爵はゆっくりでいいと言ってくれた。
「むしろ金はいらないまであるな。できればアレを採取してくれると助かる」
「紅血草ですか?」
「うむ。君とはつながりを持ったままにしたいからね」
それでいいのかな? 申し訳なく思ってしまうんだけど。
そして、最後に仮面男爵が訪ねてくる。
話していなかった親方たちとジュールズ社長は仰天。しかし、彼が持参した特上の酒はみんなをおおいに喜ばせた。
「シント少年、招待に感謝するよ」
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」
全員が揃ったところで、乾杯となるのだが――
「シントー! スピーチとかしないの?」
「いや、それはちょっと」
「いいじゃないか。決意表明さね」
みんなの視線が集まる。やらざるを得ないか。
グラスを片手に立つ。ものすごく緊張するんだけど。
「えー、そのー、みなさん、集まっていただいてありがとうございます」
改めて思うのは、とても感慨深いということ。家を出て、生きるために、そしてフォールンまで来るために始めた冒険者が、ギルドを設立することになるなんて考えもしなかった。
「俺は……冒険者になったきっかけは、とても小さなものでした。ですが、こうしてギルドがあり、仲間や友人もいて、信じられないくらいです」
みんな黙って聞いている。
「なので、新しい夢ができました。俺は――」
そう、これはまた別の、叶えたい夢なんだ。
「フォールンで一番、いや、世界で一番の冒険者ギルドを目指そうと思います」
でかい口を、と思われるかもしれない。けれど、どうせなら夢はでっかくいこう。シント・ラグナはもういない。シント・アーナズとしてのほんとうの第一歩なんだろうと思う。
「いいじゃない。そうなったらお給料弾んでね?」
「やる」
「わたしも頑張るよ!」
「及ばずながら、あたしも力になるさ」
「僕もです、シントさん」
拍手とともに力強い返事が来た。
「では、乾杯」
こうして、宴会はすぐに盛り上がる。
メンバーにはボーナスを支給してすごく喜ばれたし、仕事をした甲斐があったと思う。
夜も更け、みんな帰っていく。
アリステラとラナはホテルに引き上げたし、ミューズさんはカサンドラが帰りがてら送っていくことになった。
片付けは明日ということにして、家の中に入る。
一人になると、ちょっとだけ寂しくなった。
あんなに大人数で食事をしたのは初めてだから、嬉しかったな。
そうそう、みんなホテル住まいとか、家が遠いのは大変そうだから、寮を作って住んでもらおうか。
敷地には空きがあるし、みんなと相談しよう。
家を出てどうなることかと思ったけど、楽しい。
永遠にこの時が続けばいいと、心から思った。
ともあれ、ここからが本番だ。
いつ開始されるともわからない蒸気機関車の運行を待ちながら、ナンバーワンのギルドを目指そう。
そうして俺は心地よい想いに包まれながら眠るのだった。
……
…………
………………
そう、俺はこの時、世の中を甘く見ていたんだ。
今にして思うのは、どこでなにが繋がっているのか、わからないってこと。
まさか、俺が逮捕されるなんて、誰がこの時、予想できただろうか――




