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光を求めて 5 霧の中にいるモノ

 突如として聞こえた悲鳴のようなもの。

 俺たちは音源の方向へと進んだ。


 霧が深いから慎重にならざるをえない。

 数分かかってようやくたどり着いた場所は、林の中にあってぽっかりとひらけた、広場みたいなところだった。


「誰かいるよ?」


 イリアさんと同時に俺も気づいた。

 しゃがみこみ、なにかを調べているようにも思える。


 そしてもう一人を見て、息を呑んだ。

 近づくと血の匂いが鼻につく。

 誰かが大量の血を流し、倒れているのだった。


 とっさに魔法を構える。

 ディジアさんとイリアさんも同様に、すぐにでも撃てる構えだ。


「あなたは……?」


 しゃがみこんでいた男が、すっと立ち上がる。

 すごい恰好だと思った。

 全身を白銀に輝く鎧で覆い、首から上もフルフェイスの兜によって隠している。

 白のマントが風になびき、陰鬱としたこの場所には似つかわしくない颯爽とした姿だった。


 この人、見覚えがある。

 あの綺羅綺羅した男、アレスティアスさんの護衛じゃなかったかな。

 名前はたしか、プロメテウス、といったはずだ。


 倒れている男性はぴくりとも動かず、死んでいるようだった。

 まさか、殺害したのだろうか。


 白銀鎧の男は両手を軽く挙げた。

 敵意はないようだが、警戒は解かない。

 どう考えても妙だ。


 彼は左手を動かし、懐に入れる。

 なにをする気かわからないけど、攻撃してくるなら、撃つ。


 ディジアさんとイリアさんに視線を送ると、二人はうなずいた。

 妙な動きをしたら、ぶっ放すということだ。


「……」


 言葉なく彼が取り出したのは、黒い手帳だった。ペンが挟まっているものだ。

 ページを開き、なにかを書き込む。

 なんのつもりかわからなすぎて、より一層警戒が増した。


 そして、彼はページを見せてくる。

 慎重に近づき、読んでみた。


『口がきけないものでな。筆談ですまない』


 堅苦しい字でそう書かれている。

 さらに続きを読んだ。


『私はプロメテウス。調査のためにここへ来た。敵ではない』


 調査だって?


『警戒する必要はない。やり合うつもりはないのだからな』

「そうですか」


 腕を下ろす。

 ディジアさんとイリアさんにも警戒を解いてもらった。


「またお会いしましたね」


 聞くと、彼は凄まじい速さで書き込み、見せてくる。

 すごい特技だな。


『すまないが、以前に会ったのなら、私にはわからないことだ。つい最近まで記憶がなかった』

「記憶がない?」


 聞いちゃいけないことだったか。

 事故か、病気か、口がきけないっていうし、配慮が足りなかったかも。


「いえ、すみませんでした。気を遣うべきでしたね」

『いや、いい。それよりもまずは遺体を調べなくては』


 どうやら、ずいぶんと合理的な人のようだった。

 彼はまたしてもしゃがみこみ、遺体を見始める。

 俺もそうして、うめいてしまった。

 遺体の状態が、ひどい。


「ディジアさんとイリアさんは離れていてください。周囲の警戒をおねがいします」

「シント?」

「どうしたの?」

「この遺体は、食い破られてる。モンスターがいるかもしれない」


 緊張が走る。

 遺体の性別は男性。

 かたわらには折れた短剣が二つ。

 来ている服は軽装で、一昨日に戦った海賊まがいの連中とよく似ている。


 左腕はなく、腹も裂かれ、臓物が飛び出していた。

 髭面は恐怖に引きつったままの表情で亡くなっている。

 

『私が来た時にはもうこの状態だった。傷の状態と固まっていない血。状況から見て、やられてから十分とたっていないだろう』

「同感です。傷口の一つ一つはそれほど大きくはないですが、何度も鋭く噛みつかれているようですね」

『ただの獣とは思えない。モンスターと考えるのが自然だ』


 いつの間に書いたんだ、と聞きたくなる速さで手帳を見せてくる。


「まずいな。とんでもないところに来てしまったみたい――」


 言いかけたところで、ディジアさんとイリアさんが声を上げた。


「シント、変なモノがいます」

「うん、すごく変」


 変なモノ?

 立って振り向く。

 霧を分け入って姿を現したのは、たしかに変なモノだった。


「なんだ……?」


 ぬぼーっと立つソレは、明らかな異形。人に似た二足歩行で、がっしりとした足がついてる。

 問題はそこから上だ。体から顔は魚。なんの感情もない目と細かく鋭い牙だらけの口。腕の部分にはうねうねと動く触手が数本。


 さすがにコレは人間じゃない。

 青い鱗に包まれた肉体が不気味過ぎる。


「モンスターなのか? だとしてもなんて姿だ」


 驚いていると、怪物が叫び出した。

 耳障りな声で、ギョエー、と言っているようにも聞こえる。

 意思の疎通は不可能。疎通させる気もないが。


 怪物は地を蹴って飛び出して来た。

 触手を振り回し、飛び跳ねる。


「二人とも、迎撃を!」

「わかりました」

「わたしの剣たち! いくよ!」


 三人で同時に攻撃をしかける。

 ≪魔弾マダン≫と≪闇弾ダークショット≫と光剣が炸裂した。

 怪物は止まろうとせず、口をこちらに向けて噛みつこうとする。

 それはさせない。


「≪螺旋魔弾ラセンマダン≫!」


 貫通力を高めた魔力弾が、怪物の中心を貫く。

 牙が届く前に、怪物は倒れるのだった。


「なんなんだ、これは」

「市場で見たお魚とは違うようです」

「おっきいね。あ、口が血だらけだ」


 ディジアさんとイリアさんは肝がすわりまくっている。

 不気味過ぎる姿を見ても動じていない。


「こいつがこの人を食ったのか。しかしこんなモンスターは見たことも聞いたこともない。プロメテウスさんはどうですか?」


 隣に立つプロメテウスさんに聞いてみた。彼は首を横に振って、またしても軽く両手を挙げる。

 見た事はない、というジェスチャーだろう。


 謎の発光体を追ってきたら、遺体に怪物。そしてプロメテウスさんとの出会い。しかも外には出られそうにもない。

 言い知れぬ巨大な不安で、押し潰されそうだ。


『情報交換といかないか?』


 プロメテウスさんが手帳を広げて、建設的な提案をしてきた。

 異論はない。そうしよう。



 ★★★★★★



 情報を交換する前に、まずは遺体を埋葬した。

 どんな人だったかはわからないけど、野ざらしにすることはできない。


 土魔法を使い、丁寧に埋めた。

 こんもりとした土の塊が墓標代わりだ。


 その後、プロメテウスさんといろいろ話し合う。

 まず彼は、組織名こそ明かしてくれなかったが、どこかの諜報員だそう。

 不穏な町を調査に来て行方不明となった組織員を探しに来た。


 所作からはどことなく高貴さを感じたので、貴族の出身だろうとは思う。

 つまり、アレスティアスさんはやはり帝室につながりのある家の人で、プロメテウスさんはその部下。

 帝国の内部には誰も知らない秘密の組織がいくつかあるという噂は、常にある。

 彼らはその一つに所属していると考えたほうが自然だ。


「プロメテウスは魔法士なのですか?」


 ディジアさんが聞くと、彼はまるでぎょっとしたように固まった。

 いきなり呼び捨てとは思わなかったのかもしれない。


「そのよろいって、どうなってるの? 暑くない?」


 今度はイリアさんが鎧をぺたぺた触る。

 

『私は魔法士だ。それと、鎧には触らないように。たしかに暑いが問題はない』


 律儀に答えてくれる。


「脱いだらいいのではないですか?」

「そうだよ。暑そう」

『それはできない。脱いだら死んでしまう』


 脱いだら死ぬって、それどんな状況?


「ディジアさん、イリアさん、あまり無茶を言っては」

「変わったヒトなのですね」

「変わったヒトだね」


 ぶっちゃけられて、プロメテウスさんは困惑しているようだった。

 二人の姿は子どもだし、余計にどう扱っていいのかわからない様子だ。

 なんだかとても微笑ましい。


 話が逸れそうだ。本題に戻そう。

 プロメテウスさんの話では、ストンロウルの町にはいくつかの噂があり、彼が所属する組織は、それを調べていたそう。


 いわく、海賊の拠点となっており、武具を集めているという話。ということは、帝国に対する反乱を計画しているってわけだな。

 

 海賊たちは略奪した物資をどこかに集積しており、ストンロウルが集積地なのではないか、と疑われている。


 これは、俺がゴエモンさんから聞いた話にもつながることだった。

 件のザルゲイゾ一家が、ここを根城にしているのかもしれない。


 だが、俺たちにとって一番重要なことは、今いる場所が判明したことだ。

 やはりここはストンロウルの町がある島で合っていた。

 プロメテウスさんは小舟を使って、岸にたどり着き、上陸してすぐに誰かが争う音を聞いた。


 で、駆けつけてみれば男が死んでおり、そこへ俺たちが登場した。

 しかし、疑問はぜんぜん解決できていない。

 なにせ、上空からは出られないし、洞窟への道もわからなくなったままだ。化け物は出るしで、不安要素が多すぎる。


 どうにかして洞窟を探すか、あるいはいっそ≪空間ノ移動(ジャンプ)≫を使ってしまうか。それとも――


『町に行ってみないか?』


 俺の胸中を見透かしたかのような言葉だ。

 そうだな。そうしよう。


「プロメテウスさんも一緒にどうですか?」


 彼はうなずいた。

 いまのところ危険は感じないし、いい人そうだ。

 旅は道連れとも言うし、臨時のパーティーってところか。


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