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光を求めて 2 たまには観光でも

 おごった酒を片手に目を輝かせる男性は、数カ月前から目撃情報が出始めた怪現象について話し始めた。


 簡単に言うと、雲のない月がよく見える夜に、海中から光の球が現れるとのことだ。


「最初はウィルオウィスプ……人魂じゃねえかって言われてた」


 人魂ねえ。

 人の魂と言われる『霊子れいし』は、肉眼では見えないとされる。

 さすがにちょっとありえない話だ。


「他だと、光魔法を使ったいたずらとか言われてたなー」


 そっちのほうがあり得る話だと思う。

 

「けどさ、なんもねえ海の中だぜ? いたずらするにしても手間がかかりすぎる」


 発光体は海上を飛び回り、空に消えたり、再び海に潜ったりするという。

 誰かが魔法の練習をしている? そんなわけないか。


「さっき言っていたストンロウルがどうのというのは?」

「ああ、こっから南に行ったとこにさ、ちょっとした半島みたいなとこがあんのよ。その先に島がいくつかあって、一つがストンロウル。ずいぶんと昔からあるっていう古い町だな」

「その町がなにか?」

「やたらと霧が深くてよ、不気味なもんで行く人がいねえんだが……」


 男性の顔がわざとらしく暗くなる。


「あそこは住んでるやつらが全員なんかの病気にかかってて、マジでやべえらしい」

「病気、ですか」

「おう、あんま言いふらすな。人様にぺらぺら言うことじゃねえ」


 オーナーさんが若者をにらむ。

 しかし若者はひるまなかった。


「でもよ、おやっさん。おれ見たんだよな。たまーに魚卸しに来るやつら、肌が変な色になってたぜ?」

「……」


 さらに話を聞くと、ストーンロウルの町はいつでも豊漁で、魚がよく取れるという。

 ただ、付近は海上も含めて常に深い霧で覆われており、行くのはかなり危険とのことだった。


 いわゆる閉鎖された町ってことだな。

 話を聞くかぎりじゃ、あまり行く気にはなれない。


「ストンロウルに行った旅商人が行方不明になったって話もあるしよ。すんげえ怪しいのよ。もしかしたら町ごと魔神崇拝者かもしれねえ」


 魔神崇拝という言葉は、ある。

 この世界にはかつて剣神と魔神がいて、争っていた。

 モンスターを生み出し、人類を絶滅寸前にまで追い込んだ元凶が魔神。

 おおいなる闇をまとう死の神を密かに崇拝している者が、魔神崇拝者と呼ばれるのだった。


「財宝というのはどういった話ですか?」

「ここいら辺にゃ、昔から伝説があってなー。キャプテン・ルルイエの隠し財宝やら、海底都市やら。前はよく浜に金や銀が打ち上げられてたそうだし。ねえ、おやっさん」

「そりゃあおれのじいさんの代の話だ。しかもほんとかどうかもわかんねえ話だぞ」


 海の町には付きものの話だ、とオーナーさんは付け加えた。


「これまで何人ももの好きがやってきて調査なんぞしやがったが、たいしたもんは見つかってねえよ」

「夢がねえなあ……もう」

「おめえは夢ばっか見てねえで、真面目に働け。おふくろさんが嘆いてたぞ」

「げっ……」


 彼は痛いところを突かれてうめき声を上げた。


「他には?」

「うん? あとは……そうだな。隣の家のじいさんが妙な人に会ったって言ってた」


 今度はなんの話だ。

 逸れてないか?


「近くの山に山菜取りに行ったらクマに出くわしたそうなんだが、全身鎧の男に助けられたって言うんだよ」

「全身鎧」

「そう。上から下まで銀色に光ってたって。礼を言ってもなにも言わねえから、持ってた山菜を差し出したんだと。そしたら手を振ってどっかに消えたそうだぜ?」


 何者だろう。

 人を助けたんなら、良い人なのかな。


 若者はそれからひとしきり噂話を聞いてもないのにしゃべって、そのまま寝てしまった。

 

「悪いな、こいつはもう喋り出したら止まんねえんだ。昔っから噂話が好きでよ。無駄な時間を取らせちまった」


 オーナーさんが手を合わせて謝ってくる。


「いえ、面白かったです」


 そろそろ宿に戻ろうかと思い、席を立つ。

 外に出ると、ディジアさんとイリアさんが服を引っ張って来た。


「シント、これからどうするのですか?」

「すぐに帰るの?」


 ちょっと苦笑してしまう。きっと謎の光を見たいんだろう。

 考えてみる。今回の依頼は距離もあるしで、余裕を持って一週間ほどの予定だった。

 一日目は情報収集に使い、今日が二日目。

 思いのほか早く解決できたので、スケジュールが空いてる。


「たまには観光もいいか」


 先のラグナでは、まったく観光ができなかった。

 もちろん仕事ではあったけど、いちおうは休暇でもあったはず。

 俺とディジアさんとイリアさんは全部が終わったあともずっとホテルにいたから、ぜんぜん観光してない。


「では謎の発光体とやらを見に行きますか」

「そうこなくては」

「やったー!」

「でも明日にしましょう」

「なぜです?」

「さっきの話では、月がよく見える夜だということですし、今日はほら」


 三人で上を見上げると、空は雲でいっぱいで雨が降りそう。

 南方とはいえ、さすがにまだ寒いし、明日にしたほうがいいだろうと思う。


「そういうとこなら、しかたないですね」

「むー」


 ということで、少しの間、休暇をすることになるのであった。



 ★★★★★★



 翌日。

 朝は雨が降っていて、かなり冷えた。

 午前はゆっくり旅館で過ごし、お昼には雨が上がったので観光に出かける。


 昨日も思ったけど、だいぶ潮の香りがすごい。

 船着き場に近い市場はにぎわっていて、いろんな魚が売られている。

 ここオウラスワンプはサメのヒレが名産品のようで、遠方からも客が来るそうだ。

 ていうか、サメのヒレって食べられるの?


「シント、このお魚はいったい」

「変なかおー」


 イリアさんが触角みたいな箇所を掴んで持ち上げる。

 ひらたい体と小さい目。口は化け物かと思うほどにでかい。

 額から出ている細長い触角が不気味過ぎた。これって魚なの? モンスターじゃなく?


 他にもデビルフィッシュとか、フラッシュスクイッドとか、普通じゃお目にかかれない魚ばかりだ。

 

 次は市場から離れて浜辺に行ってみる。

 白い砂場がずっと南まで続いていて、沿岸部に来ているという実感があった。

 泳いでいる人はいないが、遊んでいる子どもたちや、若いカップルがまばらにいる。


「シント、靴の中に砂が」

「なんかじゃりじゃりするー」

「転ばないようにしてください。砂だらけになります」


 あと貝殻とかも危ない。気をつけないと。

 十分ほど歩くと、ちょっとした入り江みたいなところに着く。

 すごくいい景色で、近くにあった流木に座り、眺めてみた。


 日が照り出していて、寒さはそれほどでもない。

 風は少し強いけど、なんだか良い気分だ。

 ディジアさんとイリアさんも座る。

 

 しばらく三人でぼけーっと寄せては返す波を見ていた。

 そのうち、ディジアさんとイリアさんが靴を脱いで遊び始める。

 なごむなー。


 それからしばらくして、背後から足音が聞こえてくる。

 砂を踏む音だ。

 おそらくは一人。

 こちらにまっすぐ向かって来ているようだった。


「よう」


 と、陽気に声をかけられる。

 振り向くと、見覚えのある男性が立っていた。


「あなたはたしか、昨日の」

「覚えててくれたか」


 桟橋で悪党と戦ったのを見ていた人だ。

 他の人とは雰囲気が違うので、印象に残っている。


「なにか用でも?」

「そう警戒しなさんな。見かけたんで礼を言いたくてよ」

「礼?」

「クズどもを退治してくれたろ?」


 いきなりクズ呼ばわりとは。否定はしないが。


「あいつら、最近になって海を荒らしててよー。ウチも困ってたからな」

「そうでしたか。でも礼はいりませんよ。仕事ですし」

「仕事ってことは、冒険者かい?」

「ええ、シント・アーナズと言います」

「おれぁゴエモン。ここら辺で荷運びをを請け負ってる」


 輸送業の人でしたか。


「けっこう有名なんだぜ」


 ゴエモン、と名乗った男性は俺の隣に腰を下ろした。


「ホーライの人ですか?」

「へえ、よくわかるな」

「ホーライ風の名前ですし、俺の祖母はホーライ出身ですから、なんとなく」

「そうだったのか! 変な話だが嬉しいねえ。おれぁ親父がホーライ人でよ」


 陽気で明るい人だが、ただ礼を言いにきたわけじゃないだろう。

 ときおり鋭い目で俺を見るし、なにか狙いがあるとみた。


「例の光を見に来たのか?」

「そんなところです」

「いつまでここに?」

「なぜそんなことを?」

「いいじゃねえか。教えてくれよ」

「その前に、ここへ来たほんとうの目的を教えてください。あとをつけて来ましたね?」

「……こいつぁまいった。わかってたのか」

「いえ、あてずっぽうです」

「……なんてこった。さらにまいったぜ」


 ゴエモンさんは明るく笑うのだった。

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