光を求めて 1 沿岸部にて
ラグナでの大仕事を終えてから三週間ほどが経つ。
冬が深まり、フォールンでは雪がちらついていた。
つい先ごろ新加入したアンヘルさんは、ミューズさんらの指導のもと、元気に働いてる。
元々いた職場が職場なだけに、接客については申し分ない。それどころか、顧客の望みを最大限に引き出す聞き上手さもあって、周囲を感心させていた。
本人はついに夜型人間から脱却できたと喜んでいるし、よかったと思う。
彼女とともにやってきた三毛猫ミケイもまたみんなに可愛がられているから、問題なしだ。
俺もようやくいつも通りというか、全員が新環境に慣れてきたこともあり、以前のような安定した日々を送りつつある。
早朝に魔法の修練を行い、昼は仕事。夕食後は魔法の研究と、良い時間を過ごせているとは思う。
我がギルド連合もおかげさまで盛況。
新本部移行に際し知り合った様々な人の紹介や口伝てで依頼が来る。
昨季ほど大きな仕事続きではないけれど、着実に成長しているだろう。
「南方はさすがにあったかいなー」
こうして最近のことに思いをはせながら、思わず空を見上げてしまう。
いま俺たちがいるのは小さな港町『オウラスワンプ』。大河の河口から南にある場所だ。
ここら辺の沿岸部はガラル公国の管轄地であるものの、治安や警備には不安のあるところだった。
今回、アークス支部に持ち込まれた依頼は『ツケの回収』。
貿易商を名乗る男たちが飲み食いした料金を無理やりツケにし、支払いを求めても暴力で脅してくるというものだ。
酒場の経営者から依頼を請け、ディジアさんとイリアさん、そして俺でやってきた。
二人を連れて来たのは、海上での戦闘を想定してのこと。俺たちには飛翔の魔法があるから有利を取れる。
他のメンバーがいないことについては、どうしようもできなかった。みんなそれぞれ案件を抱えていて、身動きができなかったわけ。
「て、てめえ……どこを見てやがる」
見上げるのをやめると、目の前には大振りのナイフを構えた巨漢が一人。
ひげをおおいに生やした、いかにもな無頼漢だった。
その周囲には気絶した男たちが十五人ほどいる。
ディジアさんとイリアさんが倒した者たちだ。
「おれらが誰か知って――」
「あなたは通称『ナイフメン・ハルスメン』。賞金額300万アーサル。偽名を使って貿易商を名乗っている、ですよね?」
「うっ……」
どうやら、ぐうの音も出ないようだ。
ツケにしていた料金と、壊したものの弁償をおねがいしたところ、いきなり襲いかかってきた。
いくらなんでも喧嘩っ早すぎるだろと思わなくもないが、しかたない。
「だ、誰の差し金だ? ふざけんなよ……こんな……こんなガキどもに」
「こちらのことはどうでもいいでしょう。支払う気がないなら、憲兵隊のところに連れていくまでです」
「……くそ!」
巨漢は辺りを見回し、逃げ道を探す。
彼の背後にはディジアさんとイリアさんが回り込んでいて、逃げ場はない。
「う……うおおおおおおおおおお!」
進退窮まった『ナイフメン・ハルスメン』は大声とともに、ナイフを俺めがけて振り上げる。
落ち着いて息を吸い、指先を向けて狙いをすました。
「≪魔弾≫」
放たれた魔力弾が巨漢の顔面にヒット。
鼻と口の間にぶち当たり、そのまま前のめりに倒れる。
戦いはこれで終わりだ。
桟橋に集まる町の人々から拍手喝采が起きた。
このところ町の人に迷惑をかけていた集団だから、退治できてよかったと思う。
「二人とも、おつかれさまです」
「いきなり襲いかかってくるなんて」
「ひどいヒトたちだよ」
ディジアさんとイリアさんは最近になって異様なほど腕を上げており、かなりの活躍ぶりだ。
美少女姿になった時の強さは、ウチの二大エース、アリステラとカサンドラにも引けをとらないだろう。
集まった人々の中で、ひときわでかい拍手をする男性と目が合う。
ひょろりとした長身で、鋭い目をした人だ。俊敏な肉食獣を思わせる雰囲気があり、とても強そうだった。
彼は俺を見て、親指を立て、笑顔だ。
他の人たちも嬉しそうだった。
「ともあれ、解決です。終わったら食事にしましょうか」
男たちを回収し、憲兵に引き渡す。その前に彼らの船へ入り、お金を回収。ツケにしていた分と壊したものの弁償金、そしてオーナーを殴った治療代だ。
けっこうため込んでいたみたいで、かなりの額が保管されていた。
船は憲兵が接収するだろうし、そこら辺は任せようと思う。
★★★★★★
「いやー、アークスまで行って正解だったぜ!」
カウンターに立つオーナーさんは満面の笑みだった。
あの男たちは憲兵に引き渡し、その場で逮捕。余罪を追及するとのこと。
もちろん、オウラスワンプの町には永久出入り禁止。シャバに出たあとも自由にはなれないってこと。
「これをどうぞ」
差し出したのは、大きめの紙だ。
そこには、『冒険者ギルドSword and Magic of Time立ち寄り所』と書いてある。
「なんだい、こりゃ」
「これをよく見えるところに貼ってください。あのような輩が来ても多少の抑止にはなるでしょう」
「助かるよ! おれももう歳でなあ……十年若かったらあんなのにゃ好きにさせねえんだが」
なんか寂しそう。
オーナーさんは店長も兼ねており、元船乗り。
年の頃は五十歳くらいだろうか。衰えを気にしているようだ。
「とにかく今日の飯はウチで食ってってくれや。全部タダでいい」
「いえ、お構いなく」
「いーや、礼はさせてもらう」
断るのは逆に失礼か。
ということで、食事をおねがいし、ディジアさんとイリアさんには果物と飲み物を頼んだ。
港町らしく、海産物が多い。
どれも新鮮で、うますぎる。
フォールンは内陸だから、干物や魔導具で冷凍された鮮度の落ちたものしか食べれない。だから余計に美味さを感じてしまう。
ちょうど夕方だったこともあり、店内は客でにぎわっている。
みんな俺たちに声をかけてきて、お礼を言われた。
貿易商を名乗る怪しい男たちは、ほんとうに嫌われていたらしい。
「みな、嬉しそうです」
「やっつけてよかったね!」
ディジアさんとイリアさんも嬉しそう。
と、ここでお店のドアが勢いよく開かれた。
息を切らせて入ってきたのは、若い男性。
目を輝かせながら、オーナーさんの元へ歩み寄る。
「また出たってよ! 昨日の夜!」
「おい、いきなりなんだ」
「おやっさん! 水くれ水ぅ!」
「ウチは酒場だぞ。酒を頼め、馬鹿野郎」
「だって金ねーんだもん」
オーナーさんはため息一つついてから、水を出す。
若者はそれを一気に飲み干し、カウンター席の俺の隣に座った。
「で、なんなんだ」
「海からの光だよ! また発光体だ!」
はっこうたい? なんの話だろう。
「単なる見間違えだろうが。酔っ払いのデタラメに決まってんだろ」
「いやいや……おやっさん、それが昨日はもう何人も同時に見てんだよ。やっぱり……ストンロウルの連中の呪いじゃね?」
「滅多なこと言ってんな。くだらねえ噂に振り回されてんじゃねえ」
奇妙な話だな。
ちょっと気になる。
「だったら海底に眠る財宝伝説に一票!」
「んなもんはねえ。おれぁ何十年もここに住んでんだぞ。なにも見つからねえっつうの」
今度は財宝?
「シント、シント、なにやら面白そうです」
「気になるし」
ディジアさんとイリアさんがそでを引っ張ってくる。
子ども扱いすると怒るけど、子どもだ。
「すみません、その話、詳細を聞かせてくれませんか」
「おいおい、そいつの話はだな」
「おやっさーん! いいじゃんか!」
無料で聞くのもなんなので、お酒をおごってみた。
すると、若い男性は勢いよく喋りはじめる。
さて、どんな話が飛び出るのか。
耳を澄ませて聞いてみよう。




