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時計の針は進んで行く

 ガラル公国第三の都市『ペイリース』は、旧帝国時代から続く、歴史ある街であった。

 かつてはガラルホルンの本家がここにあり、領地の中心として栄えた場所だ。

 名所がいくつもあって、観光地としても有名な過去の名残を残す美しい都市である。


 そんな中にあって、見た目はなんの変哲もない邸宅の地下に広がる空間には、多くの人間がいた。

 彼らは表向き、商人であったり、軍人であったり、あるいは貴族だったりする。

 しかしその実態は、饗団という恐ろしい組織の一員であり、日々命令に従って世界を変えるために働いていた。


 もっとも奥にある間は、大幹部しか入れない特別な部屋だ。

 金と銀で装飾された玉座があり、そこにこの世のモノとは思えないほど綺羅めいた男が優雅に座っている。


 男は光り輝く金の長髪を指でもてあそびながら、周囲にかしずく者達を眺めていた。

 両の目で色の異なる瞳が、神秘さに拍車をかける。


「おおかたは順調のようでなによりだね。みんな、ほんとうのご苦労」


 まぶしい笑顔に、多くの者が恍惚の表情を浮かべる。

 この男に褒められることは、まるで麻薬のように快感をほとばしらせるのだった。


「ん?」


 だが、たった一人だけしかめつらの人間がいる。

 それに気づいた美しい男は、名を呼んだ。


「ミロク、様子が変だけど、どうしたの」

「……申し訳ありません、饗主様」

「なにかあったのかな?」


 あくまでも優しい口調。

 しかし、場の空気が凍り付くようだった。


「ラグナの地にて我が配下のものどもが乱を成功させられなかったことにございます」


 ミロクと呼ばれた男の顔は、どこまでも険しい。汗だくになっており、いまにも頭を床につけそうな雰囲気である。


「饗主さま、それだけではないと思われます」

「ゼウス……貴様!」


 告げようと思っていたことを太った男から先に言われ、ミロクは激怒する。


「それだけではないって?」


 しかしその激怒はすぐにしぼんだ。

 にらまれたわけでもないのに、まるで石化したかのように固まる。


「なんの話?」

「新たに【神格】の場所が判明したのですが……」

「が?」


 ミロクは静かに息を呑んだ。

 言葉を間違えれば、死。

 そう予感する。


 これまで失敗したことはなかった。だが、ラグナでの乱の補佐を命じられて、失敗。加えて今回の件の不始末。


 饗団は結果こそ全て。結果の出せぬ者は、ここにはいられない。

 大陸において財界の大物であるはずのミロクでさえ、心臓がどくどくと脈うつのを押さえられなかった。


「とにかく話してよ」

「……派遣した……幾人かのものどもが、戻ってきませぬ」

「もっと詳しく」

「新しく番号士ヌメレオンとなった二桁ダブルが数名。そして一桁ディジットが一名ほど……」


 それを聞いたとたん、集まった大幹部たちから非難の声が上がった。

 針のむしろに立たされたミロクは、顔を上げることができない。

 

「そっかー……二桁ダブルはいいけど、一桁ディジットは替えがきかない。なぜ僕に相談しなかったのか」

「も……! 申し訳ございません! いますぐ汚名の返上を!」

「いや、君は少し休んだほうがいいね。後任は『プロメテウス』におねがいする」


 いつからそこにいたのか。

 均整の取れた肉体を白銀の全身鎧に身を包み、絵物語から飛び出てきたかのような、颯爽とした男が立っている。

 顔はフルフェイスの兜で覆われ、表情は一切見えなかった。


「お待ちください! この者はまだ目覚めたばかり! 必ずや私自ら失点を――」

「僕の命令が聞けないって?」

「!?」


 ミロクは言葉を出せなかった。

 口を開こうとして、それができない。

 饗主の命令は絶対。逆らうことは、死よりも恐ろしい。


「君には期待していたんだけど、もう無理だ。ここにいるべきじゃない」

「そ、そんな……」

「だけど、これまでの功績は忘れていないよ。だから、一兵卒からのやり直しだね」

「しかし、私は!」

「レオール、彼を連れていってくれ」


 有無を言わさず、指示を出す。

 玉座の左に控えていた獅子面の戦士が、ミロクの襟首をつかみ、引きずっていった。


「饗主さま! どうか! どうかご慈悲をーーーーーーー!」


 饗主はなにも答えない。

 ミロクからは興味を失い、目を向けることもなかった。


 外へ連れていかれたミロクは、もう二度と戻れない。この場所ではなく、この世にだ。

 集まっている大幹部たちの思いはそれぞれだが、結論だけは一致していた。

 彼はもはや、用済みになったのだと。


「多少は覚悟していたけど、ここまでで一桁ディジットが三体も失われている。やはり世界に抗われるのは宿命ってところか」


 集まった人間のほとんどは、饗主の言うことがわからない。


「あ、事情を聞く前に追い出しちゃった。しまったな、もう一回連れてくるわけにはいかないし……誰か知ってる?」


 問いに答えたのは、ゼウスと呼ばれた肥満体の男性だ。


「なんでも、伝説を追ったとか。場所はここから南でございますな」

「伝説? ミロクめ、そのようなあやふやなものを」

「功を焦っていたのでしょうな。我らは饗主さまのもと、新世界を目指しておりますゆえ、功だのなんだのとあさましいことです」

「まあ、そう言わないであげてよ、シヴァ、アーリマン。君たちが活躍するからミロクは追いつきたかったのさ」


 優しい言葉なはずなのに、どこか不気味さをかもし出す。


「彼の失態は、僕の過ちでもある」

「そのようなことは!」

「ミロクめが不甲斐ないだけでございます」

「いいんだ。プロメテウス、すまないけど引き継いでくれ。君なら問題ないだろうし、まあ、肩慣らしだと思ってさ」


 プロメテウスと呼ばれた謎の男はうなずくのみで、無言。


「【神格】は二の次でいい。【邪格】の回収を最優先に。もし戦士たちが生きてたら連れ戻してくれ。それができない場合は全て燃やして」


 証拠を残すことは許さない。たとえそれが街一つ灰燼に帰すこととなってもだ。

 そのことを知っている彼らは、それ以上なにも言わなかった。


 饗主はプロメテウスにさっそく任務へ向かうよう、指示を出す。

 プロメテウスはわずかにも異論を挟まず、一礼をして場を去った。


「さて、『グディオン』の反乱は失敗したけど、()()()()()()()()()()()()()()()()


 室内に緊張が走る。


「グディオンはまだ必要だから、生かしておく。眼はつけてあるし、まあ、彼がなにかを喋ることなんてないんだけど、いざという時は救出しておこう。対ラグナへの防波堤くらいにはなってくれるはずだからね」


 幹部たちの誰も計画の全容は知らない。

 全てを知っているのはただ一人、饗主のみだ。

 饗団の徹底した秘密主義は、大幹部にまで及ぶ。だからこそ、暴かれる可能性は恐ろしく少ない。


「これからは慎重に頼むよ。腐りそうな枝は今の内にカットだ。金と力を奪って、捕らえて……」


 そこで饗主は口を閉じた。


「饗主さま?」


 様子がおかしいことに気づき、ゼウスが聞く。

 饗団の長は微笑み、小さく首を振った。


「ああいや、()はどうしているかなって」

「彼、とはいかなる……」

「なんてことない、ちょろちょろと可愛い、親友の息子のこと」


 モンスターウォーズの裏でうろちょろしていた少年の顔が浮かぶ。

 あれからあの少年はどうしただろうか。

 【才能】のきらめきを感じない、どうしようもない少年。


 モンスターの統制を命じていた戦士マーベラスファイブの近くにいたが、死んでしまったのだろうか、と饗主は思った。

 ふとプロメテウスに目を向ける。

 もし死んでいたとしても、それはそれでしょうがないことだ。


 ゼウスの報告では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 【神格】の所有者、しかも当代随一の使い手が相手では、さしもの一桁ディジットでさえも敗れるだろう。しかたのないことだ。

 しかし、マーベラスファイブの死は想定内であり、役目は果たされている。饗団の計画に差しさわりはない。

 

「まっ、どうでもいいか」


 【才能】に乏しい者への必要性を見出せない饗主は、彼に対する思いをすぐになくした。

 改めて居並ぶ男たちを見つめる。


「これから忙しくなる。君たちの働きにかかっているからよろしく」

「ははー!」

「饗主さまの御為に!」

「お命じくだされ。世界を壊せと」

「饗団こそが新世界の統治者!」

 

 饗主は玉座から立ち上がり、一人一人の肩に手を置いて、その場を去った。

 力の残滓が空気中できらめき、幻想的な光景を作り出す。

 誰もが新しい世界と、真の王、いや、神の誕生を予感していた。


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