休暇の終わり 2 新たな師弟誕生?
「ミューズさん、お疲れさまです」
「お疲れさま。ちょっと休憩に来たんだけど、アンヘルがいるとは思わなかったわ」
「はい、どうしても読んでほしくて」
「読む?」
これはちょうどいい。
なにせミューズさんはすでにして本を一冊本を世に出している。
彼女が書いた『冒険者ガイドライン』はけっこうな人気で、継続的に売れているのだ。
アンヘル嬢からすれば、先輩に当たるかも。
「ミューズさん、ぜひ読んであげてください。これをわざわざ持ってきてくれましたし」
「へー、いいわよ」
「アンヘル嬢、ミューズさんは一冊本を出しているので、きっと俺よりも詳細な感想を言ってくれると思います」
「え? じゃ、じゃあ作家……」
「小説じゃないわよ。ガイドブックだから」
「し……師匠!」
師匠って、なんだ。
突然にできてしまった師弟関係に驚く。
「だから小説じゃないってば。とにかく、さっそく読ませてまらうわね」
ミューズさんは椅子に座って、ドリンク片手にページをめくり始めた。
アンヘル嬢は緊張しているようで、固くなっている。
ミューズさんもまた、読むのが速い。
ものすごいスピードで紙が積み上げられていく。
その間、へー、とか、ふーん、とか言ってる。
表情は真面目そのもの。
ときおりちょっとだけ顔が渋くなったりした。
で、読了。
俺よりも速い。
「良い部分と、悪い部分、どっちから聞く?」
うおお! すごいプレッシャーだ。いきなりこれか。
「え、ええと、その、良い……いえ! 悪い部分で!」
ミューズさんがにやりとする。
「まずこれ、誰に向けての作品かってこと」
俺と同じことを言う。
「たぶん、十代から二十代前半の女性向けなんだろうけど、政治や経済の話が少し多いわね。それと、戦闘をバリバリしてるんだけど、夜ノ騎士は主人公じゃないから、中心に据えちゃうと主役の出番が少なくなる。もっと男女のからみがないとダメね。全方位の読者層に向けてならダブル主人公でいいけど、それだとページ量が多くなっちゃってダレるから、どっちかにしたほうがいいわ。それと、濡れ場がないのは盛り上がりにかけるんじゃない? まあ、やりすぎると発禁モノだし、ほどほどにだけど。今のご時世だと13歳くらいの女の子だってませてるし、もうちょっと突っ込んだほうがいいと思う。あとは恋愛がメインなんだけど、ライバルがいないわ。これだと二人が最終的にくっついちゃうってすぐに想像できてしまうから、言い方は悪いけど引き立て役っていうか、当て馬っていうか、そういうキャラがいてもいいんじゃないかしら。次は悪役ね。もっと悪辣にしないと、倒しても快感がないし。まあ、貴族を敵にしちゃうと帝国じゃ問題もあるから、読者層に貴族も含めたいのであれば、別の設定にして、いっそ貴族の跡取りのイケメンを出して夜ノ騎士と主人公を取り合うってのもゾクゾクしちゃう」
……
…………
………………
やっべー。次から次へと感想が出てくる。いや、むしろこれは助言か。
アンヘル嬢は面食らっていた。
これだけダメだしされたら、ショックで動けないんじゃ。
「す、すみません、ちょっとメモります!」
すごいな。言われたことをメモに書きこんでいく。
「ジャンルは『花の騎士』シリーズとかぶっているんだけど、あっちは女児向けだから、恋愛方面が弱いのよね。だから、恋愛についてもっと突っ込めば差別化は十分に可能よ」
「はい! 師匠!」
なんだこのやりとり。
「で、良い部分についてね。まずは夜ノ騎士の切なさよ」
切なさ?
「才能はずば抜けているんだけど、不遇だし不運だからそこはぐっとくるわねー。喫茶店に勤めている割には結構世間知らずなところがあって、それを主人公に指摘されるところが可愛いと思うわ」
そうなの?
「ていうかこれって、この前の事件をモデルにした話よね。主人公はもろにシントっぽいし」
な、なに?
「そうなんです! もう閃いちゃって!」
どういうことだ。
変な汗が出てきた。
「時々出てくる主人公の心情も身近な感じがして共感を持てると思うわ。だから小難しい話は物語の裏に隠しておいて、恋愛の描写をもりもりにして、燃え上がらせたらいいと思う」
「なるほどー……ありがとうございます! なんだか、さらに閃いちゃいました!」
「ええ、がんばって」
なんかすごかった。
一番面食らったのは俺かもしれない。
アンヘル嬢はとても嬉しそうだ。
ミューズさんの感想は彼女をやる気にさせたみたい。
「あ、実はもう一つおねがいがありまして」
なんだろう?
泊まる場所だったらウチが用意するけど。
「その……わたしをここで働かせてください!」
深々と頭を下げてくる。
びっくりだ。
思わずミューズさんと顔を見合わせる。
「とりあえず頭を上げてください。それと、わけを話してくれれば」
「はい。みなさんといっしょに働きたいって、思いました。この前もわたし、自分が変われるかもって思って、それを確信したんです。ここで働いたら、もっと変われると思ったんです」
想いが伝わってくる。
俺としては大歓迎だけど、どうしたものか。
アンヘル嬢に限っては、問題があるのだ。
「ラグナ公国からの移住は難しいでしょう?」
ラグナが魔法の【才能】を外に出すことはほとんどない。
俺がフォールンにいられるのは、なんの【才能】も持たずに生まれたからだし。
「それが、大公さまから褒美をいただきまして」
「叔父上から?」
話を聞いてまたびっくりだ。
アンヘル嬢は大会の裏で叔父上の命を救った。
その褒美になにがいいか聞かれたので、勇気を出し公国外への移住を申し出たそうだ。
「大公さまは手続きまでしてくださって、お金も持たされてしまって」
まあ、大公の命を救ったんだから、それでも足りない気がする。
とはいえあの叔父上も少しはいいところがあるようだ。ちょっと見直したな。ほんとにちょっとだけど。
「なのでおねがいします! シントさん! 師匠!」
ミューズさんは腕を組み、まさに師匠といった様子で重々しくうなずく。
「ウチは忙しいわよ?」
「なんでもやります!」
「言ったわね? じゃあ明日からわたしの元で研修よ。いいわよね、ハイマスター」
なんなんだ、コレ。
とにかく移住の件が問題ないなら、雇おうか。
「ええ、事務方の人手が足りませんし、歓迎します」
「ありがとうございます!」
女子寮の部屋はまだ空いていたはずだし、問題はない。
ミューズさんもなんとなく嬉しそうだから、アンヘル嬢の加入は良いことだと思う。
また新たな仲間が増えた。
今度は一人と一匹。
どんどんにぎやかになっていく。
アンヘル嬢とネコのミケイが加わったことで、ウチにどんな変化が起こるのか、楽しみだ。
ミューズさんに連れられていくアンヘル嬢の後ろ姿を見る。
彼女は、変わりたいと言っていた。
自分を変えたいのか、環境を変えたいのか、あるいは両方か。
どのみちラグナの人間にとっては、それが難しい。
でも、彼女はそれを自分の手で切り開いた。チャンスを掴んだのだ。
それこそが尊いことなんじゃないかって、ふと思う。
願わくば、ラグナ公国そのものが変わってほしい。
魔法の【才能】なんてどうでもいい、そんな国になったら――




