休暇の終わり 1 ナイトオブザナイト
新聞にはラグナ公国で行われた七星武界魔錬闘覇が大成功に終わったと、掲載されていた。
のべ500万人が様々なところから集まり、その経済効果は十日間で650億アーサル。とてつもない金額だった。
大会最終日に起こったことは、どの新聞にも記されてはいない。
ラグナ本家による情報統制が敷かれたからだ。
とはいえ、公国外からも人が来ていたこともあり、ここフォールンでもいろいろと憶測を呼んでいた。
そしてもう一つ。
驚きの人物から手紙が来た。消印はベルトラ―という都市で、差出人は『L・U』。内容はたった一文で『また会おう』と書かれていた。
これには胸を撫でおろしたものだ。俺がなにかする前に、ウルヴァンさんは脱出したということなわけで。
さすがだと思うし、またいつか会いたいとも思う。
帰還してから一週間と少し。
休暇も終わり、活動を開始しているところだ。
帰ってきてからウチのメンバーははつらつとしている。
その理由の一つが、ボーナスであった。
依頼の報酬とは別に、ラグナに赴いたメンバー全員へ、おじい様から褒美が出たのだ。
なんでも、最後の局面で身を呈し先々代とレディ・ラグナを守った功、だそう。
一人一人に1000万アーサルという破格の報酬だ。
ちなみに俺はお金をもらえなかった。
どのみち寄こされても返すし、そこはいい。
「術式を教えた対価かー」
代わりに送られてきたのが、目の前のテーブルに置かれた一冊の古い本だ。
神話時代の魔法について記された数少ない資料の一つをもらった。
読んだけど、たいした情報はない。
ただ、神話の時代には現代のような【才能】はなく、神に魔法を教わった、と書かれていたのが気になった。
「考えてもしかたのないことだけどね。確かめようがないわけだし」
新聞を畳み、椅子から腰を上げる。
今日は非番で、こうして本部に来たわけだけど、さすがに腹が減った。
「……肉? いや……野菜? うーん、魚って気分じゃないしな」
なにを食べるか、迷う。
でもいいや。目に着いたところへ飛び込もう。
★★★★★★
食事を終えて、本部施設に戻る。
平日の昼間だけど、働く人向けに用意した弁当を売り出しているおかげで、スーパーマーケットはけっこうな数の人でにぎわっていた。
売り上げが順調なのはいいのだけれど、やはり仕入れ先が少なすぎる。
こうなるともう自分のところで生産から加工までやったほうが、やっぱりいいんじゃないかと考えてしまうのだった。
「ん?」
敷地の中に入り、本部まで庭を通るのだが、すみっこにディジアさんとイリアさんがいた。
かがみこんで、なにかを見ている。
「二人とも、なにをしているのですか?」
子ども姿の彼女たちがじーっと見ているのは、すまし顔をしたネコだ。
茶色と黒と白の三毛猫。首には可愛らしいアクセサリーがついている。
見覚えがありすぎるネコだ。でも、ネコってだいたい同じ顔に見えるし、気のせいだろう。
「あ、シント」
「うーんとね、ミケイと話してたの」
ミケイ? それってたしか。
いや待て。その前に、ネコと話していた?
「乗り物が怖かったって」
「揺れるのが嫌だったそうです」
あー、たしかに……って、そうじゃないわ。
「なんでここにいるんだ」
まさか俺たちが帰る時、≪空間ノ跳躍≫に巻き込まれたか?
いいや、そんなわけない。
「アンヘル嬢が来ている?」
ネコと見つめ合う二人を残し、急いで中に入る。
カウンターに座るメリアムさんが微笑むのを見た。
「アーニーズさん!」
「アンヘル嬢」
びっくり。
コートを着たアンヘル嬢が客用のソファーに座っていた。
彼女は立ち上がり、俺のもとへ駆け寄る。
「お久しぶりでもないですけど、お久しぶりですね!」
一週間ぶりだ。
しかしなぜここにいるのか。
「ええ、お久しぶりです。しかしいったい」
「実は、その、これを読んでほしくて」
彼女は旅行鞄からぶ厚い紙の束を取り出した。
そうとうな量だ。
受け取り、表紙を見てみる。
「夜ノ騎士?」
「はい……大会が終わってすぐに書き始めて、この前、出来上がったんです」
小説のようだ。
「一番最初はアーニーズさんに読んでほしかったんです」
それだけの理由でわざわざ来たのか。
いや、アンヘル嬢にとっては重要なことなんだろうと思う。
「もちろん、読ませていただきます。でもその前に改めて自己紹介させてもらいましょうか。俺はシント・アーナズといいます」
「あ、はい。知ってます。シント公子さまなんですよね?」
「え……?」
言った覚えはない。
アンヘル嬢は小さく笑った。
「だって、みなさんたまにシントって呼んでましたし、先々代様のことだっておじい様と」
しまった。
油断していた。
「い、いえ、俺はシント・アーナズです。公子ではありません」
「もう隠さなくいいのに」
「違います。俺は国を出たから、ラグナとは関係がないんですよ」
「つまり、わけありなんですね?」
アンヘル嬢の目が輝いた。
「そんなところです。まあ、立ち話もなんですから、こちらへ」
カウンターの奥にある冒険者が待機するスペースへ案内する。
今日はみんな出払っていて、俺たちしかいない。
外で遊んでいるディジアさんとイリアさんもそろそろ戻ってくるだろう。
「ではさっそく」
「いま!?」
「ええ、ちょうど空いているので」
とりあえずタイトルは好みだ。夜ノ騎士がいかなる物語なのか、確かめさせてもらおう。
舞台は魔法が盛んな『パルメジア王国』。主人公は身寄りがないながらも夢を叶えるために働く女の子。
少しばかり勘が鋭いこと以外たいした【才能】はないけれど、毎日忙しくしている。
そんなある日のこと、彼女は大貴族がしてしまった見てはいけないものを見てしまい、命を狙われることとなった。
それを助けたのが『夜ノ騎士』。
タイトルがそうだったから、てっきり主人公が夜ノ騎士かとも思ったが、そうではないようだ。これは裏切られたな。もちろん、いい意味でだ。
夜ノ騎士の正体は、先王の遺児であり、幼い頃の起きた政変に巻き込まれ、死んだとされていた。
つまりは王子。現在の王である叔父に復讐を誓っている。
この王子は高身長で超ハンサムであり、普段は喫茶店のスタッフとして働き、夜は王の手先である悪徳貴族を狩る、いわゆる義賊的な人物だった。
すさまじい魔法の使い手で、誰もなしえていない飛翔の魔法を使い、空間に干渉し、全ての属性を操る。
その上、非常に頭の回転が良く、運動神経も抜群。
完璧超人だな、この男。
主人公の女の子は、夜ノ騎士の正体を知らないんだけど、事件に関わっていくうちに勘の鋭さを発揮し、夜ノ騎士の正体に気づいてしまった。
助けられたり、助けたりをして一緒にいるうちに、やがて二人には恋のようなものが芽生えはじめる。
夜ノ騎士は己が復讐のために戦っていたのだが、主人公と心を通じ合わせていくことで、決意が揺らいでいた。
彼はそれが原因で、主人公を突き放す。
悲しみに暮れる主人公だったが、物語の中盤が終わるころに、なんと誘拐されてしまう。
悪徳貴族が夜ノ騎士への報復のために、ともにいた主人公を誘拐したのだ。
復讐か、愛する者を助けるのか、選択を迫られた夜ノ騎士は、愛を選んだ。
そして激戦の末に救い出し、二人で力を合わせ、貴族を倒し、最後は口づけをしたところで終わる――
「ふー……」
一気に読んでしまった。
「なかなかに読み応えがありましたね」
「……ページをめくるのが速すぎる気が」
速読が癖になってるんだよね。
本家の邸宅を追い出されたあと、時々図書室に忍び込んでいたんだけど、誰かに見つかるとやばいから、速く読むようにしてたわけ。
「そ、そのー、感想は……うー、聞きたいけど、聞きたくないです」
「面白かったですよ」
「ほんとうですか!」
「ええ、ただ少し気になったのは、どこに層に向けての作品かということです」
「どこの層、ですか。それは若い女性向けと思って書きました」
主人公が女の子だし、たしかにそうなんだけど。
「いえ、あなたが魔法士だからか、夜ノ騎士の魔法を使う場面、特に戦闘の描写がけっこうすごくて」
意外と言っちゃ失礼なんだけど、本格的だった。
しかし、それが物語の中で浮いているようにも思える。
「俺はこういった魔法の戦闘を詳しくされているのは嫌いじゃないです。ですが、言ってみればそれは若い男性向けな気がしますし、ちょっと狙っている層とはズレているかも」
「う、うーん……そうですかー……」
なんだかへこんでいる。
言い過ぎたかな。
「あら、アンヘルじゃない。二人してなにしてるのよ」
覗き込むようにミューズさんが俺たちを見る。
いいタイミングでの登場だ。




