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セブンスターズマジックバトル『フィナーレ』2 まがい物の力

 アンドレアス・テラグリエンが力を解放する。

 溢れ出るソレは、通常の魔力とは別物。


 反魔法への理解を深めた今ならわかる。

 『虚無力』が発生しているのだ。


「≪輝土凱落きどがいらく≫」


 知らない魔法だ。

 生成された岩が生き物のごとくうごめき、俺を取り囲もうとする。

 一見して恐ろしい力なのだが、本質は変わらない。

 おそらくは『虚無力』をともなった土魔法。しかし、弾速や発生は通常の土魔法と同様に遅く、かわせないものではないのだ。


 ≪魔錬体マジックボディ≫によって強化された肉体は、爆発的なスピードを生む。

 奇怪な岩がこちらへ届く前の一瞬で距離を詰めた。


「ぬがはっ!」


 金色の鎧に包まれた胸のど真ん中に拳を打ち込んだ。

 アンドレアス・テラグリエンは胸を押さえ、下がる。


「……どうなっている。なぜ……」


 ずいぶんと驚いている。

 さっきまでの威勢はどこへ行ったというのか。


「ならば! ≪豪岩雷落ごうがんらいらく≫!!」


 今度は上空に岩の杭が生まれた。

 土槍の雨か。

 凄まじい魔法だと思う。


 バックステップして、下がる。

 範囲は大して広くないものだ。

 まともに喰らえばそりゃ死ぬけど、まず当たらない。


「ちょこまかと! ≪土錬輝槍どれんきそう≫!」


 小さく鋭い土の槍を前面にこれでもかと生み出す。

 ≪アースクラッシング≫を強化したような魔法だ。


 足に自信のある相手には有効な魔法となるだろう。

 ただ、一つ一つが小さいから、いまの俺には意味がない。


「な……避けない……だと!」


 ≪魔錬体マジックボディ≫は障壁にもなりえる。

 短剣程度の土槍など、通じない。


 まっすぐに距離を詰めて、眼前に立つ。

 右拳に力を集めた。


「どうなっている! なぜ!」


 自分が押されている理由をわからないらしい。

 わかりきったっことなのに、残念でならない。


「くらえ」


 体重を乗せたパンチを、さきほど当てた箇所にぶち当てる。

 アンドレアス・テラグリエンの鎧が砕け、彼は膝をついた。


「……」

「もう終わりか?」


 返事はない。

 その代わり、笑い始めた。


「なにがおかしいんだ?」

「貴様は……あいつが寄こした刺客だな?」


 なんの話だ?


「よほど私に手柄を立てさせたくないとみえる」


 勝手に一人で言ってる。


「だが! 勝つのは私だ! 神力……解放!」

「なに?」


 いまこいつ、なんて言った?

 神力しんりきだって?


 アンドレアス・テラグリエンからいままでにない力を感じる。

 得体の知れない力が溢れ出て、本能が警戒を呼び覚ました。


 神力しんりきという言葉も、感じる力も、ひどく覚えのあるもの。

 モンスターウォーズで倒したマーベラスファイブという男が、口にしていた。

 そして、アンドレアス・テラグリエンから溢れ出る力は、かつてフォールンの大穴事件の最後で、マスクバロンが使用していたものだ。


「私は……神に代わり地上を支配する! アーニーズ・シントラー! 貴様は! 八つ裂きにしてやろう!」


 もはやこれは……人の形をしたモンスターだ。

 人間とは思えないのだった。


「どうした? 震えて声も出ないか?」


 そんなことはない。

 ため息は出そうだが。


「そこまでやられたのでは、もう遠慮はいらないな」

「粋がるな、小僧」

「いいや。終わりだ」


 切り札を出したのなら、あとはもう倒すだけ。

 こいつは反魔法の領域があるから、加勢がないと思い込んでいるようだけど、それはおおいなる間違いだ。


「せーの!」


 その場で思い切りジャンプ。

 領域を突き抜け、天高く跳んだ。


 ≪魔錬体マジックボディ≫を解除。次いで≪漆黒ノ翼(マジックウイング)≫を発動し、空中にとどまる。


「あれだけ黒いと、よく見える」


 反魔法を生み出している黒い装置は、上からだとはっきり見える。

 ≪魔弾球マダンキュウ≫を生成。

 九つのうち、八つを散開させ、配置。それぞれを装置の真上に位置する。

 術式はすでに付与してあるから、すぐに発動だ。


「≪螺旋魔弾ラセンマダン≫……いけ!」


 八つの魔力球から同時に魔弾が真下へと放たれる。

 一秒にも満たない時間で、全ての反魔法装置を破壊した。


 足元の会場から声が生まれる。

 誰もが困惑しているようだった。


 そのままバトルコートへと舞い降りる。

 アンドレアス・テラグリエンはそこにいて、戸惑っているようだった。


『み……みんな逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 外に出て! 救援をーーーーーーーーーーーーーー!』


 今まで倒れていた実況がマイクを通して呼びかける。

 反魔法は消えたから、これで自由に動けるはずだ。


 少しだけ振り返ると、ウチのメンバーたちが動き出していた。

 そして、温存していたダイアナの力が炸裂する。


 彼女は【神格】疑剣サナトゥスを巻いていた布を解き、鞘から抜いて、地面に突き立てた。


「おねがい……サナトゥス……力を!」


 いままでぐるぐる巻きにされていたうっぷんを晴らすかのように、大きな力が展開される。

 現れるのはとうぜん、ゴースト。

 観客席に千単位で出現した半透明の人々が、混乱をもたらした。


 観客たちを見張っていたアンドレアス・テラグリエンの部下たちはものの見事に慌てている。

 

「うわああああああああああああ!」

「う、後ろだと!」


 突然、男たちの一部が派手に吹き飛んだ。

 遠くからでもわかる。


 白い髪と真紅の瞳。

 ボニファティウスさんだ。


 とてもいいタイミングだと思う。ちゃんと手紙を読んでくれたみたいでほっとした。

 彼を倒した直後、あらかじめ用意していた手紙を忍ばせておいたのだ。

 内容は、『なんらかの理由で先々代が封じこめられていたら、機を見て助太刀を』だ。


 そして、ボニファティウスさんへ呼応するかのように、カサンドラが、ラナが、リーアが続き、観客を逃がした。


 アンドレアス・テラグリエンの部下たちが逃げる人々に魔法を撃ち放つ。

 しかしそれはアテナがシールドで遮断。

 ディジアさんとイリアさんは飛翔を開始し、空から敵を叩きのめす。


 会場から逃げる人間を止められる者は、もういない。

 ウチのメンバーたちが方々に散り、男たちを片付け始めた。

 それだけじゃない。いままで動けなかった公国の魔法士たちも反撃を始めたのだ。


「……貴様」


 アンドレアス・テラグリエンも動けない。

 騒乱に包まれる中、俺と見つめ合う。


「おまえは欲をかいた」

「欲、だと?」

「本来なら、俺へ依頼が来た時点では勝ち目がなかったんだ」


 ずっと前から計画されていた反乱は、つけ入るすきがまずなかった。

 だけど、アンドレアス・テラグリエンはミスを犯したのだ。


「反乱が成功したあとのことも考えて、闇賭博で金を集めようとした。そうだろう?」


 侯爵はなにも言わない。

 力を解放し、魔物となり果てても、困惑するばかりだ。


「金が必要なのはわかる。反乱が成功したとして、素直に従うものは少ないだろう。それを金の力で黙らせる。帝国本国にも金をばらまいて、認めさせる。そんなところか」


 欲深い者はどこにでもいる。

 でもそれが、俺たちにとってのきっかけとなった。


「闇賭博を追ううち、俺は今回の反乱に気づけた。手を打つことができたんだ。もしも……仮定の話なんて意味はないけど、もしもおまえが闇賭博など考えなかったら、俺はここにたどり着いていない」


 アンドレアス・テラグリエンの周到な策が、かえって俺たちを深いところへ呼び込むことになったんだと思う。


「俺は最後の最後で逆転するためだけに動いた。だがおまえは欲をかいて力をいろんな方向に散らした。それが敗因」

「ふ……ふざけるな! 敗因だと! いまここで貴様を殺せば――」

「相手はこやつだけか? 寂しいのう」

「アンドレアス……」


 おじい様と叔母上が俺の隣に立つ。


「先々代……マリア……」


 侯爵はじりじりと下がっていく。

 彼は周囲を見回して、状況が変わったことを改めて認識しただろう。


「い、いや! まだだ! 私には神力がある! 人間の魔法士ごときに敗れる道理は――」

「≪ロードエンド≫」


 話の途中で放たれる叔母上の魔法が、アンドレアス・テラグリエンの首から下を土に閉じ込める。


「ぐっ……こんなもの……」


 そこへおじい様がつかつかと歩み寄り、頭をつかんだ。


「おまえは魔法の修練を怠り、まがい物の力に頼りおった。類まれなる【才能】も宝の持ち腐れ。残念なことよ」


 言いたいことを代わりに言われてしまった。でもそのとおり。

 ウルヴァンさんの方がずっと強かった。こいつは力を、魔法を見誤ったのだ。


「終わりだ、アンドレアス」

「先々代ーーーーーーーーーーーーーー!」


 巨大な炎が発生し、アンドレアス・テラグリエンを炎上させる。

 【神格】神火アグニの炎は、消せない。


 侯爵は少し耐えたあと、がくりと首を垂らした。

 魔法が解除され、煙が立ち込める。


「神力、といったか。そのおかげか、死は免れたようだな」


 あんなに炎で包まれたら、熱い以前に息ができない。

 酸欠で意識を失ったんだろう。


 会場全体でも、戦いは終わろうとしている。

 アンドレアス・テラグリエンの部下たちは、みな自害を始めた。

 あえて止めようとする者は少ない。

 観客のだいたいは離脱し、人もまばらだ。


「終わったのであるか」

「叔父上」


 叔父上が老人に肩を借りて、立っている。この人はたしか、マルセル・ノスケー元子爵だ。

 それともう一人――


「アーニーズさん!」

「アンヘル嬢?」


 どういうことだろう。

 アンヘル嬢がなぜ。

 まあ、事情はあとで聞こう。

 大会は終了だ。

 ようやく、一息つけるのだった――

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