セブンスターズマジックバトル ラグナサイド 5 大公の反撃
「はーっはっは! そんな水遊びの如き魔法! 僕に通じないぞ!」
恐ろしい魔力が廊下に吹き荒れる。
モンスター料理を食し、魔人と化したアルフレートはいまの三人にとって最悪の相手となるだろう。
しかしそれでも、ラグナ大公カールは動じない。
いつもの無表情で、老人とレディの前に立った。
「本家は今日で終わりだ!」
アルフレートが浮かべる邪悪な笑み。
「ノスケー翁、レディ、障壁を張り、廊下をふさぐがよい」
「大公様、ご無理はいけませんぞ」
「無理ではないのである。青二才など撫でれば終わる」
大公が出す迫力に押され、二人はすぐさま障壁を生み出した。
廊下を分断する大きさの≪アクアシールド≫が展開される。
「はあ? なんのつもりだ?」
「よく見ておけ」
カールは両手にそれぞれ違う魔法を準備し、順次発動の態勢に移った。
「しかたないな。殺す気でやるか……≪アースブロック・クリエイトスパイク≫!!」
アルフレートは≪アースブロック≫を応用し、鋭く巨大な土の槍を生成。
「≪水柱撃≫である」
対してカールが作り上げたのは、水の柱だ。でかすぎて水壁になり、アルフレートの背後を遮断する。
「二人とも、絶対に障壁を解いてはならぬのである」
「なにをする気か知らないけど……しねえ!」
「もう遅い」
もう一方の手から生み出されたのは、水だ。
しかし量が桁違いだった。数秒後には膝まで浸かる。
「なんだ!?」
大技の準備をしていたアルフレートは、驚いて魔法を解いた。
それが仇になる。
水はみるみるうちにかさを増して、胸まで到達。
振り向いても後ろは水の壁。逃げ場はない。
「ば、ばかな! なんでこんな!」
「いまさら後悔などしてくれるな」
「ちょっ……ぐぼあ!」
水柱とシールドによってふさがれた空間は、水でいっぱいになった。
大公ももちろんその中にいるのだが、問題はない。
そう、彼は素潜りで誰にも負けたことがないのだ。
そのまま数十秒がすぎ、アルフレートは動かなくなった。
息ができなくなり、気を失ったわけだ。
カールは魔法を解き、水を流した。
「ずぶ濡れである」
「いやはや……さすがは我が大公様ですぞ。相手になりませんでしたな」
「耐久力が高くとも、陸上の生物であれば溺れもするのである」
この世界に住む生き物は、人間であろうが呼吸をしている。
魔人と化したアルフレートであっても、そこからは逃れられなかった。
(シントであれば、即座に天井か壁を破壊し場所を移したであろう。それに比べ、コレがラグナ六家の長子とは……甘いのである)
甥はすでに卓絶した魔法士だ。性格や行動はともかく、力は認めている大公であった。
「さて」
カールは気絶する若者の元に歩み寄り、観察する。
痙攣していることから、死んではいない。
足で胸を踏みつけると、口から盛大に水を噴き出した。
「ぐおはっ! ぶへえっ!」
「目を覚ませ、小僧」
「……はっ……うっ……」
踏みつけられたままの若者は、大公を化け物でも見るかのような目でうかがう。
ぬぐいきれない恐怖がありありと映し出されていた。
「なにをしようとしているのか、話してもらうのである」
「……」
足に体重をかけると、骨のきしむ音がした。
「ぐあっ……く……くくく……」
「なにを笑うのか」
「も、もう手遅れだ。もう――」
「そうであるか」
大公は拳を握り、真下であえぐアルフレートの顔面めがけて、突きをお見舞いした。
力を勘違いした哀れな若者は、顔面が陥没し、動かなくなる。
振り向くと、老人とレディは呆気にとられていた。
「大公様は素手でもいける口でしたか」
「私はこれでも、素手での喧嘩に負けたことがないのである」
幼少期は、天才と言われた兄と喧嘩をしても、負けたことがなかった。勝てもしなかったが。いや、むしろ手加減されていた気もする。
「こやつに用はない。会場に戻り、父上と決着を着けねば」
「先々代様と? 侯爵ではなく?」
「……侯爵とである」
うっかり口が滑った。
「それにしても、こやつの変化はいったい」
「はてさて、魔力向上薬の類かとも思いましたがな……あるいは別の新薬の可能性も」
「ふむ」
魔力向上薬は服用すると身体に悪影響があるとして、精製、所持、販売、服用を禁じられている。
しかし貴族の間では密かに使われていることは知っていたし、いちいち検挙もしなかった。
カールの次男であるマールはある時から父に黙って服用し、中毒者になっていたのだが、大公はそのことを知らない。
「これもアーニーズさんが不正って言ってました」
またもや飛び出す新事実。
カールは、甥がどれほどの隠し事をしているのかとめまいを覚えた。
「モンスター料理を食べた人と同じだと思います」
「は?」
「アンヘルちゃん?」
「わたし、拉致されたんですけど」
「それはすでに聞いたのである」
「その集団のボスがですね、脱獄した料理人でして」
言い知れぬ不穏な空気がただよう。
「たしか……『悪食』って人です。モンスターを料理して食べさせる人だと」
カールはその異名を耳にした時があった。
五年以上も前に大都市フォールンを騒がせた人物ではなかったか。
「元冒険者で人を食べちゃう料理人だと言ってました」
「……」
「……」
「モンスター料理を食べ続けると、強くなるんだそうです」
大公と老人は意味がわからなかった。
モンスターの肉は猛毒であると知られている。
「テラグリエンの方々はみんな食べてるかもって、アーニーズさんが」
「……なんと」
「信じられぬな。だが」
倒れたままのアルフレート・テラグリエンに目を向ける。
先ほどの耐久力は異常だった。
己が目で見たことは、否定できない。
(あやつめ)
ますます甥に聞かねばならないことが増え、カールは頭が痛くなってきた。
思っていたよりも、ずっと大それたことが起きている予感。
そしてその予感は当たるだろう。
「先を急ぐのである」
三人は警戒しつつ、廊下を進み、いくつもの部屋を通り過ぎる。
途中、選手待機室の前に来た時、不穏な様子に気づいた。
マルセルの話では、すでに大会自体が終わり、父ジンクが始めためちゃくちゃな無礼講が行われているはずだ。
しかし不気味なくらいに静かで、それがかえって恐ろしさをかもし出す。
彼らは観客席には向かわず、待機室にある大窓へ近づいた。
バトルコートがよく見える。
「なんだと!?」
バトルコートでは、想像だにしないことが起こっていた。
父ジンク・ラグナが片膝をついている。
それを守るようにして、見知った顔の人物たちが囲んでいた。
シントのギルドのメンバーたちだ。
巨大なシールドを張り、先々代を守っているように見える。
そしてもう一組。
金色に光る鎧を身に着けたアンドレアス・テラグリエンと、その面前にひざまづき、苦しげな顔をする妹――マリア・ラグナがいた。




