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セブンスターズマジックバトル ラグナサイド 4 大公と老人と嬢

「なんということだ。会場がそのようなことに」


 ここは隠し部屋のすぐ隣にある『準備室』。

 カール・ラグナ、マルセル・ノスケー、アンヘルが顔を突き合わせ、床に腰を下ろしている。


 大公はすぐにでも会場へ戻りたかったのだが、反魔法を至近距離で浴びた影響がはなはだ強く、動けそうになかった。

 そしてなにより、アーニーズ・シントラーとともに仕事をしているという女性に是が非でも話を聞かねばならぬと考え、話を聞いていたのだが――


「父上め……」


 マルセルから決勝が終わった直後の話を聞き、彼は頭を抱えた。

 

「先々代様になにか考えがあってのことですわい。お気にされぬ方がよいですぞ」


 老人は長らくジンク・ラグナとともに戦った男。偉大な魔法士を間近で見ていたのだ。言葉には説得力があった。


(父上……シント……ラグナを破壊する気か? なんのつもりなのだ)


 彼は裏で反乱が起きようとしていることを知らない。ゆえに怒りの矛先は自然、その二人に向くのであった。


「ふう……ところで二人とも、なにか食べる物を持ってはいないか」


 カールはすでに肉体的にも精神的にも限界が近かった。

 会場へ戻るにしても、なにか口にしなければ倒れかねない。


「申し訳ございませぬ。わしはなにも持っておりませんでな」

「あ、わたし、飴を持ってます」


 包みに入った小さな飴だ。

 カールは差し出されたそれを受け取り、包みを解いて口に入れた。


(……うまいのである)


 なんの変哲もないただの飴が、なんと芳醇なことか。

 疲れ切った体に甘さが染み入るのであった。


 一方でアンヘルはというと、この国を治めるいわば王が、子どもの食べる飴をおいしそうにほおばる姿に、驚きを隠せない。


「もう一つありますけど」

「それももらおう」

「大公様、そのように噛み砕いては」

「む……」


 老人にたしなめられ、大公は渋い顔をした。

 それを見てアンヘルは不敬なことに、カール・ラグナを可愛いと思ってしまう。


 飴を舐め終えたカールはようやく一息つくことができた。

 頭が回り始め、いつもの顔に戻る。


「ノスケー翁、あなたはなぜここへ?」

「これまでの試合で、どうにもおかしいことが続きましてな」

「おかしいとは、どういうことであるか」


 老人は解説役として各部門の準決勝からを特等席で観戦したから気づけた。

 一部の選手の異常な耐久力と、肌の変色。それと、不可解な勝利だ。

 

「証拠はありませんがな。おそらくはドーピングと妨害工作でありましょう」

「……それはまことか?」

「それが起こるのは決まってテラグリエン家の選手が出ておる時。偶然にしてはちと出来すぎですわい。怪しんでいたところ、決勝が終わったとたんにコソコソしおる者どもを見ましてな。尾行をと思った次第」


 元気すぎる老人に、カールはため息をつきたくなった。

 そして、うかつであったとも思う。

 大公は勝者の決まりきった大会に興味がわかず、考え事をしていたせいで微細な変化に気づかなかったのだ。


「怪しい者というのが、アルフレート・テラグリエンだったというわけであるな」

「左様ですぞ」


 カールはそもそも修繕費にまつわる公金横領の可能性を追っていた。

 老人の言う試合での不正と、己の追っていた横領。その先にいたのはどちらもテラグリエン家だ。

 すさまじく嫌な予感のする大公は、アンヘルを見た。


 薄化粧でどこにでもいそうな街の若い女性、といった風だが、細かく見れば服はしっかりとアイロンにかけられており、皺がない。

 目立たず、かといって隙のない装いに興味が引かれた。


「レディよ、名はなんという」

「アンヘルといいます」

「シン……ではなく、アーニーズ・シントラーのギルドの者か?」

「臨時です。みなさんがラグナに来てから知り合ったので」


 突然の質問に、アンヘルは困惑するばかりだが、なんとか答えた。


「そなたはなぜここへ? ノスケー翁とともに来たのではなさそうだが」

「あ……そ、そうですね。たまたまお会いしまして」


 見事に口ごもるアンヘル。

 カールは眉をひそめた。


「それで?」

「あう」


 なにかを隠している、と気づいたカールはさらに質問をした。


「アーニーズ・シントラーとは知己である。心配せずともよい、聞かせよ」

「そうですかー……」


 実は甥だと言ったらこの娘はどんな顔をするのか。

 カールは不意にわき起こるいたずら心を抑えるのであった。


「なんと、かの者が大公家の関係者と?」


 マルセル老人にすれば聞き捨てならない話だろう。

 カールはそれについてはなにも言わない。いや、言えなかった。


「そのー……アーニーズさんは大会の裏で行われていることを追っていて」


 彼はアンヘルの話を黙って聞く。


「わたし、さらわれちゃって」

「……ん?」

「助けてもらったし、協力しようかなーって」

「話が見えぬ」


 結局黙って聞けなくなった。

 

 アンヘルは偶然にもアーニーズ・シントラーに出会い、話を聞くうちに興味がわいた。

 独自で情報を集め、それを教えたまではよかったが、謎の男たちに拉致されてしまったのだ。

 救出されたあと、本格的に協力することを申し出て、臨時のメンバーとなる。

 

「アーニーズさんはきょうだん? という組織と、それに関わるラグナ貴族さまがたの情報を追っていたんです」

「!?」


 またしても饗団。

 カールはうなった。つまり、父と甥はあの組織と戦っていたことになる。


 公国に入り込んでいたというなら、それは一大事だ。ましてや、話を総合すると、ラグナ六家でもかなりの力を持つテラグリエン家と共謀している可能性が高い。

 身を焦がすような怒りをどこに向ければよいのか、彼自身わからなくなった。


「モンスターウォーズの次はこれか。ふざけておる」

「大公様?」

「ノスケー翁、ここでの話は他言無用に」

「それはもちろんですぞ。しかし、まるで話が見えませぬな」


 いまここで説明する気はない。

 一刻も早く席に戻り、父に問いたださねばなるまい、と心に決めた。


「二人とも、ついてきてほしいのである」

「わたしもですか!?」

「証人である」

「でもぉ」


 アンヘルは涙目だ。


「アンヘルちゃんや、ここは一つ、大公様の願いを聞いたほうがよい」

「はい……」


 話は決まった。

 立ちあがりかけたところで、ふと気になる。


「そういえば二人はどのような関係なのだ?」


 まさか恋人ではあるまい。夫婦でもない。どんな間柄なのか、聞きたかった。


「マルセル様はウチのバーの常連なんです。繁華街の――」

「アンヘルちゃん!?」

「ほう? ノスケー翁もすみに置けませんな。まだまだ元気な様子」

「ま、まあ、その、あれですわい。男たるもの、たまには飲みに出かけんと」


 焦る老人が存外面白い大公であった。

 

 三人はすぐに部屋を出る。

 観客席までは遠くない。五分もあれば戻れるだろう。


「……なぜ、誰もいないのである」


 カールは雰囲気がおかしいことに気がついた。

 大会関係者がいない。警備の者もだ。


「みな、アーニーズ・シントラーを仕留めようというところでしょうな」

「まったく」


 全ては父と甥のせいだ。絶対にあとでキレる、と大公は誓った。

 だがそこで、ある男と出くわす。

 反対側から歩いてきた男は、アルフレート・テラグリエンであった。


「≪アースブロック≫!」


 言葉もなしにいきなり発動。

 硬い土の塊がアンヘルに向かって飛来する。

 カールは彼女をかばった。

 岩が肩にぶち当たり、骨が外れ、激痛が走る。


「だめじゃないですか、大公さま。部屋にお戻りを」

「小僧」

「ったく……あいつらはなにをしている。なぜ、誰もいないんだ」


 父であるアンドレアスに報告するのが嫌だったアルフレートは、伝令役を探したのだが、見つからずに戻ってきた。

 ここにいる誰もが、シントの手によって手薄にさせられているとは思いもしない。


「アルフレート・テラグリエン、大公様に手をかけおったな?」

「黙れよ、じじい。あんたは解説だけやってればいい。ふん」


 年老いた魔法士など眼中にない、と若者は鼻を鳴らした。


「そのようなフラフラの体でどこへ行こうというのです」

「……」


 飴を二つなめたところで、すぐに回復するわけもない。

 だが、カールは肩を回して、外れた骨を嵌めた。

 脱臼など、何度も経験している。たいした痛手ではないのだ。


「大公様、お下がりを。≪アクアボール≫!」

「わたしもやります! ≪アクアボール≫!」


 二つの水球がアルフレートを倒すべく、迫る。

 しかし彼は防御すらしない。

 当たれば悶絶する威力の水球をまともに受けたアルフレートは倒れ――なかった。


「なにぃ!」

「そんな……」


 若者の肌が鉄色に変色している。

 体から発せられる魔力も異常なほど強い。

 マルセルとアンヘルは息を呑んだ。


「なんの魔法であるか。いや……魔法ではない?」

「大公様、あれこそが先ほど話した不正……ドーピングでありますぞ」


 カールはヒゲを撫でた。

 そして、一歩前へ出るのであった。


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