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セブンスターズマジックバトル ラグナサイド 3 アンヘルの冒険

 時は少々さかのぼり。


 シントの決勝進出が決まったころのことだ。

 『Sword and Magic of Time』のギルドメンバーたちが観戦しているところからアンヘルは抜け出していた。


 彼女は昨夜にシントから今日起こるであろう出来事を聞き、夜も眠れなかった。

 それは、恐怖から来るものではなく、大きな事件へ自分が関わっているという緊張だ。


 朝になっても眠気はまったくなかった。

 いまだってそうだ。


「アーニーズさんの役に……少しでも」


 謎に包まれた少年。

 アンヘルは彼に瞬く間に惹かれた。

 惹かれた、といっても恋などではない。まるで、小説の中から現れたかのような男性をもっと知りたいと思ったのだった。


 彼女はトイレに行くふりをして、関係者や選手以外入れない会場の内側に潜り込むことができた。

 警備の人間が誰もいなかったおかげである。

 

 実のところ、シントが準決勝前に怪しい男たちを手あたり次第やっつけていたせいなのだが、さすがに彼女がそんなことに気づけるはずもなく、なんとなくラッキーくらいに思っている。


 廊下自体は驚くほど静かで、けっこうな時間を探し回っているが、誰ともすれ違わなかった。

 アンヘルは、予定より早く決勝が始まったことを知らないし、時おり聞こえてくる歓声も、試合のものだとは考えなかった。


 そうして歩き回ること数十分。

 観客席から響いてくる音が大きくなる。さすがに戻った方がいいかと思った時、とんでもないものを見てしまった。


 ものすごく立派な身なりをした中年の男性が、部屋に入っていくのを見た。

 背中の蒼マントは、大公しか身に着けられないものだということは知っている。


(大公さま……? な、なんでここに)


 彼女は一般人であるから、とうぜん会ったことなどない。

 ただ、公国人でカール・ラグナを知らない者はいないのだ。


 追いかけるか、戻って誰かに伝えるのか、彼女は迷った。

 迷いに迷った挙句、やっぱり追いかけようとした時、誰かが件の部屋から出てくる。


 アンヘルは口を押さえながら、曲がり角に身を隠す。

 出てきたのは、大公とは違う若者だった。


「ん? 誰かいたような……」


 彼女の心臓はバクバクだった。

 見つかったらたぶん、ただじゃすまない。そう直感した。


 息さえもすることを忘れ、見つからないことを祈る。

 若者はとっくに別の道へ行ったのだが、彼女はまだ角から顔を出せずにいた。


「ん? そこにいるのはまさか、アンヘルちゃんかえ?」


 いきなり背後から声をかけられ、びくんと飛び跳ねる。

 おそるおそる振り抜くと、そこには見覚えのある皺だらけの顔があった。


「マルセル様!?」


 マルセル・ノスケー元子爵だ。

 白いあごひげを撫でながら、笑顔である。

 マルセル老人は、アンヘルが働くバーの常連。

 それがこのようなところでばったり出くわすとは、お互いに思いもしない。


「ふむ……ここは関係者以外入れないはずじゃが」

「あ、えーと……ごめんなさい。つい」

「ただごとではない様子じゃな。なぜここにいるのか、わしに話してみんか」


 マルセル老人こそなぜここにいるのか。

 疑問をこらえつつ、少しわけを話す。


「そのー、あの部屋に大公さまが入られて」

「……?」

「でも、そのあと、若い貴族の方が出てきたんです。わたし、とっさに隠れちゃって」

「ほう? その若者の外見は?」

「目が鋭くて、肩幅が広くて、あとかなりのお家の方かと」

「アルフレート・テラグリエン、じゃな」


 老人はふむふむとうなずいた。


「それで、その、マルセル様はどうしてここへ? 解説をしていたんじゃ」

「うむ。決勝が終わったでな。少しばかり気になることがあって、とある若者を追いかけてきたんじゃよ」


 マルセル・ノスケーは、大会中に起きたいくつかの不審な出来事が気になっていた。

 間違いなく不正であり、しかもそれはテラグリエン家の魔法士が試合をしている間にだけ起こる。


 そう疑っていたところに、決勝が終了した直後、こそこそと動く一団を見つけたのだった。

 それが軍人を連れたアルフレート・テラグリエン。

 で、追いかけていたらアンヘルを見つけたのだった。


「して、大公さまはあの中に?」

「たぶん」

「行ってみようかの」

「ちょっ……」


 決勝が終わってしまっていたことよりも、強引な老人にアンヘルは驚いた。

 でも一人になりたくないので、ついていく。


「うっ……なんか、気持ち悪いです」

「異様な魔力じゃな。気をつけるんじゃぞ」


 部屋の入り口に近づくと、余計に嫌な力を感じる。

 部屋の中には入らない方がいいと、二人は思った。

 

「壁が崩されたような跡……普通の部屋じゃなさそうです」

「うむ、よくわかったの。わしもそう思う」


 二人は中に入らず、顔だけ出して覗いてみた。

 そこには、両膝をつき、後ろ手に縛られている大公の姿がある。

 アンヘルは公国を統べる者の横顔を見て、息を呑んだ。

 信じられないことが起こっている。


 カール・ラグナとすぐそばの大きな黒い箱。そこから出る異様な力。

 どこからどう見てもおかしい。

 

「大公さま?」


 声をかけても返事はない。

 まさか死んでいるのでは、という疑問が浮かび、血の気が引いた。


「アンヘルちゃんや、これを大公さまに投げておくれ」

「へ?」


 手渡されたのは、崩れた壁の一部だ。しかもそこそこでかい。


「嫌ですよ! だって!」

「生死確認じゃよ、生死確認。中に入るのは……やめたほうがいいしのう」


 マルセルは長年生きてきた経験から、黒い箱がとてつもなく恐ろしいものであると見抜いていた。


「もう! 怒られたらマルセル様のせいにしますからね!」

「ほっほっほ、そうするがよい」


 えーい、と投げられた石は、へなへなと飛んで大公に当たった。


「……痛いのである」

「あ、生きてます」

「うむ、生きてはおるな」


 部屋の中の大公は、ゆっくりと顔を横に向け、二人を見た。


「もしや、ノスケー翁であるか」

「大公さま、このようなところでお会いできるとは」

「中には入るな。反魔法をくらってしまうのである」

「反魔法……ですと?」

「それってまさか」


 昨夜、シントが言っていたことを思い出す。

 敵はなにか切り札を隠しているのだと。

 まるで電撃に打たれたみたいにびくぅっとしたアンヘルは、すぐにでも戻り、シント――アーニーズ・シントラーに知らせなくてはと思った。


 だが、ここに大公を放っておけない。

 どうすればいいのか、考えがまとまらなかった。


(……まずは大公さまをお救いしないと)


 周りを見てみる。

 部屋の入り口から数メートルスライドしたところに、別の扉があった。

 脇のプレートに書いてあるのは『準備室』。

 彼女はすぐにそこへ駆け込んだ。


「アンヘルちゃん?」


 すぐに戻った彼女の手にあるのは、巻かれた縄の束だった。


「備品みたいです。これを使って……うまく結べませえん……」

「どれ、貸してみよ」


 マルセル老人は、アンヘルの狙いがすぐにわかった。縄を受け取り、器用にわっかを作る。

 ほどけないことを確認すると、それを部屋の中で動けないカール・ラグナに向かって投げた。


「うん? 待つのである。縄が首に――」

「大公さま、いましばらくの辛抱ですぞ。アンヘルちゃんや、引っ張るぞい」

「はい!」

「いやだから首に……ぬおっ」


 なんという強引な手かと、カールは文句を言おうとしたが、首がしまっているのでなにも言えない。

 反魔法でやられる前に、首を絞められて死ぬのでは? と思った。


 それでも少しずつ体が動かされ、入り口に近づいていく。

 あともう少しというところで、カールは足を動かし、力を込めて床を蹴る。


「せーので行くぞい!」

「せーの!」


 入口まで体が運ばれ、そこからは手で引っ張る。

 老人と女性の力だったこともあり、とにかく遅い。

 だが、カールはこれでようやく反魔法の領域から抜け出すことができた。


「……助かったのである」


 どうやら、反魔法は壁を超えられないようだった。

 入口から出て壁に身を隠すだけで、魔力が戻ってくる。


「大公さま、ここでなにがあったと?」

「待つのだ、ノスケー翁」


 大公は立ち上がり、そばに落ちていた石を拾った。

 

「なにを?」

「実験である」


 言いながら、入り口から反魔法の装置が見える位置に立つ。

 かの装置はカールを封じ込めるために、部屋の内側へ反魔法が照射されるよう向きが調整されていた。ゆえに入り口前に立っても問題はなかった。


 彼は思い切り振りかぶり、片足を上げて勢いをつけ、石を投擲する。

 大公は物を投げる遊びで誰にも負けたことがないのだ。


「ふん!」


 投げられた石は、それこそ魔法みたいにすさまじい勢いで飛び、反魔法を生み出す黒い箱にぶち当たり、貫通した。

 そして小さな爆発が起こり、沈黙。


「ふぅ……ぐっ……」


 安堵した瞬間、ふらつく。

 かなりのダメージを負ってしまったことは否定できなかった。


「大公さま!?」


 アンヘルが歩み寄るも、カールは手を挙げて止めた。


「よい。それよりも……ノスケー翁、そして……孫娘殿よ、礼を言わせてもらうのである」

「礼など、もったいなきことですぞ」

「そうですよ。それと、孫じゃないです」

「……? ではどういう」

「わたし、いまアーニーズ・シントラーさんと一緒に仕事をしてて、それで」


 シントと大公の関係を知らないアンヘルは、普通に言っちゃった。

 カールは普段絶対にしない、目を大きく見開き、ひげをぼはっとさせた顔でアンヘルを見るのだった――

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