セブンスターズマジックバトル『パッション』15 脱出不可能!?
ハッキリ言って絶望的な状況だと思う。
謎の空間に隔離され、出る手段は壊れているのだ。
「おいおい、諦めんのかよ」
「ウルヴァンさん、なにを」
「反魔法の仕組みは知ってるか?」
こんな時になにを言っているんだ。
「いちおう、理論だけは。でも、実現は限りなく困難だ」
「まあ、そうだな。そもそも『虚無力』だの『虚魔力』とか、なんだそりゃって思うぜ」
ウルヴァンさんはなにかを知っているのか?
話の続きを聞く価値はありそうだ。
「けど、反魔法のキモは『虚無力』にある。『虚無力』を意図的に発生させることはできない。それが通説だよな?」
「ええ、そうです」
『虚無力』はマイナス方向に働く魔力だ。逆行する魔力、と言い換えてもいい。
全ての力は前に、先に進んでいる。
時間とかの概念もそう。
しかし、『虚無力』は正反対の方向へと行く、と言われている。
実のところ、俺たち魔法士は『虚無力』をいつも生み出しているのだ。
魔法の発動のために魔力を使った時、ほんのわずかにこぼれ出るのが、『虚無力』であるらしい。
目で確認することは不可能。
いくつもの条件が重なった時、ほんのちょっと計測できるのが『虚無力』である。
「おれは三つの属性を使えるから気づけた。さっき殴り合う前に反魔法の装置を使っただろ。その時、なんとなくわかった」
「反魔法の仕組みを、ですか?」
「ああ。『虚無力』はマイナスに働く魔力。だったら属性は――」
「マイナス……闇属性か」
言われてみれば、そうだ。
五感を奪う。光を奪う。それは、正の魔力とは言えない。
そしてもう一つ。
温度を奪うもの。
「氷魔法もそうなのでは?」
「おー、そりゃ思いつかなかった」
ウルヴァンさん、ひょっとして天才なのではないだろうか。
成人男子の部でも余裕で準決勝まで来たし、戦った率直な感想を言うと、たぶん【神格】の所有者を除けば一番強い。今だって元気にしてるし。
超レアな【才能】と、頑強な肉体。そして優れた頭脳。おじいさんにされた魔法士としての過酷で、それでいて純粋な環境。
なるほど。考えてみれば当たり前だと思う。
「あんたにブッ飛ばされた時、天井を拝まされたんでな。ちょっとだけ空間が歪んだのを確認できた。装置が壊れたのは……まあ……アレだけど、方法はあるはずさ」
くっ……
だって反魔法の装置なんて見たら壊すに決まってるだろうが。
「闇魔法は他の属性よりも『虚無力』が多く生まれる……気がするんだ。あくまでもおれの感覚だがな。光属性を使う時と、闇属性を使う時は明らかに違う。それはおそらく……」
「『虚無力』の量が違うと?」
ウルヴァンさんはうなずいて、立った。
「おそらくとかたぶんとか多くてすまんが」
「いえ、目が開いた思いです」
魔力には正と負があるんだ。
いままでそういう風に考えたことがなかった。
光も闇も、戦闘で使用する頻度は低い。それが気づけなかった原因だ。
一方でウルヴァンさんは光と闇を駆使し、ここまで生きてきた。
俺なんかよりも違いを感じていたんだろう。
じゃあ饗団が用いる反魔法の正体はなんだ?
『虚無力』を発生させているのはわかる。
だが、事象を発生させること自体が、正の力。
闇や氷も『虚無力』が多い可能性はある。だが、発動する時は正で、効果は負。頭がおかしくなりそうだ。
「やるしかねえだろ。魔法は、もっとずっと可能性があんだから」
やるしかないのは間違いない。
「この空間は、それ自体が魔力で作られてる。反魔法で出られるってのは、その証左だ。だから術式を止めて、維持する。『虚無力』だけを発生させりゃいい」
つまり、反魔法を生み出すと?
めちゃくちゃだな。
術式を途中で止めた場合、消えるか、暴走する。『虚無力』もなにもない。
いや待て。
……『虚無力』もなにもない?
俺は、なにか勘違いをしていないだろうか。
『虚無力』はマイナスに働く力だとされている。
だが、俺はさっき、正と負の魔力について考えた。
「……!?」
いまなんか走った。
電撃めいたなにかが、背筋を。
「おい、どうしたんだよ」
「ウルヴァンさん、あなたは闇の属性を使う。闇は発生させること自体は正の魔力だ。いちおうは生み出しているんですからね。しかしその効果は負。マイナスに働く」
「そうだが」
「いまの俺の言葉に矛盾を感じますか?」
「いいや?」
「『虚無力』は魔法が発動された際の、わずかに余ってしまった魔力の燃えカスみたいなものだという認識だ。でも、それは間違いなのかもしれない」
「なんだと?」
『虚無力』についての議論は、魔法界において結論を見出せていない。
そもそも『虚無力』がマイナスに働いているという認識が合っていないのでは?
「闇と氷が『虚無力』を多く発生させているのなら、饗団の使う反魔法術がそうだとわかるはず。だが、反魔法から感じる魔力は異質そのもの。つまり、魔力の正負は関係ない。相反しているわけでもない」
「……言われてみりゃ、疑問だ。闇や氷は別に『虚無力』ってわけじゃない。二つの属性に魔法を相殺する効果はないんだしな」
その通りだ。
魔力の正と負はある。だが、そのこと自体に『虚無力』は関係ない。
関係があるとすれば、それはその後。
魔法が発動した時に漏れ出るという『虚無力』は、正と負の力がぶつかった時に現れるものではないか、という考えが閃いたんだ。
「魔力が消費されるという事象は、負。そしてそれから発動された魔法が起こす事象は正。正と負が混じりあった時に生み出されるものが……『虚無力』」
「『虚無力』が生み出されるのは魔力によるものではなく事象そのものだってのか? いや、そうか……事象ってのは、起きるモンだ。たとえば火を起こす場合、使うのが魔力だろうが、道具だろうが、火は起こせる。方法が違うだけだ。事象そのものには、関係がねえ」
「ええ、そうです。だから、こう考えました。正と負の魔法をぶつけたら、もしかして」
ウルヴァンさんが笑う。声を出すようなものじゃなく、口の端を歪ませてにやりとした。
「確証はないけどな」
「はい」
「だが、やる価値はあるだろうよ」
「俺一人ではできません」
「わーってる。手伝うって」
この空間は、正の魔力で生成された可能性が高い。
ランパートの恐るべき異能が創りだしたものだ。
いまここで立ち止まっている余裕はない。
「俺が今から≪魔弾球≫を用いて闇属性の魔法を展開します。術式を一部変更し、負の力を強める。そこへ≪ライトバスター≫をおねがいします」
「それはいいけど、術式の一部変更? なんだそりゃ」
「いま気にするところじゃないでしょう」
「いや、気になる」
現代魔法は、術式を変更することができない。【才能】が術式を固定し、頭に刻みこむからだ。唯一例外があるとすればそれは【神格】だけ。
そこを行くと俺はなんの【才能】もないから、術式を切ったり貼ったりできるわけ。
ざっと説明すると、ウルヴァンさんは黙った。
他の人とは反応が違う。
「見たことも聞いたこともねえ魔法の正体はそれか。新魔法とかそんな生易しいモンじゃない。もっと別の、やべえモンだな」
「そんなことはないですよ。術式を構築し、魔力を練り、詠唱して発動。同じです」
「まっ、そーいうことにしとくぜ」
彼は身構えた。
俺は≪魔弾球≫を発動し、等間隔で円を作るように展開する。
「ではいきます。≪闇黒帳≫」
一人を対象として短時間、闇に包む魔法だ。
これを九つの魔力球全てに付与し、発動する。
術式の一部を変更し、闇の部分のみを強め、より深くする。
これがかなりムズい。
長々と発動を続けるのは無理だ。
「こっちも行くぜ。≪ライトバスター≫!」
ウルヴァンさんの指から発せられる光の線。
俺が作り出した闇とぶつかり、衝撃を生み出した。
「ぐっ……」
思いのほか、負担が大きい。
光に押し負けそうだ。
「さすがに……きついぜ」
「ええ、でも」
魔法がぶつかった周囲で、空間が歪んできた。
しかしまだだ。まだ出口を作れていない。
「しゃあねえなー」
ウルヴァンさんが額に汗を伝わせながら、空いているもう一方の手で魔法を発動する。
「≪ダークソウル≫」
作り出したのは、闇だ。これも俺が使ったものと似たような効果のあり、闇の基本魔法である。
ウルヴァンさんは器用だ。おかげで光と闇が拮抗しつつある。
「あと……少し!」
「くっ……フラフラしてきたぜええええええええええええええ!」
お互いが示し合わせたかのように、ぐっと力を込めた。
瞬間――
「開いた!」
「やりたやがったなおい! 反魔法術を……編み出した!」
机上の空論。人間には不可能とされた業。
しかしいまそれは実現された。
それだけじゃない。
俺の考えが正しければ、これは反魔法術に対する明確な対抗手段になり得るはずだ。
「っと! 急いだほうがいい!」
空間に穴が空く。先がどうなっているかはわからないが、飛び込むしかないだろう。
「ウルヴァンさん! 行きましょう!」
「ああ!」
魔法を解き、走る。
しかし、穴はすぐに閉じかかってしまう。
マジかよ。常に『虚無力』が必要だっていうのか?
「ちいっ! ここで閉じさせるかよ!」
ウルヴァンさんが光と闇の魔法を同時に発動。ぶつかったことで再び穴が広がった。
「アーニーズ・シントラー! 先に行ってくれ!」
「なにを言っているんですか! あなたも!」
「いいや、だめだ。誰かが残って穴を維持しなきゃならない」
そんなバカな。
俺だけ帰ってどうする。
「なーに、心配すんな。あんたのおかげで開き方はわかったんだ。ここにゃ食糧も水もあるっぽいし、ベッドだってある。少し休んだら……戻るさ」
ウルヴァンさんのする優しい眼差し。
「行け! アーニーズ・シントラー!」
「わかりました。でも、また会いましょう。必ず」
「ああ、わかってる」
彼の行為を無駄にはしない。
それに、言う通りだ。開き方はわかったんだから、こっちから迎えに行くことだって、できるかもしれないのだ。
「あ、そうそう。親父に会ったら伝えてくんね? 『おれは負けた。もう手伝えない』ってな」
「できれば自分で伝えてほしいんですけど、わかりました」
約束して、穴をくぐる。
目のくらむ光が俺を包み込むのだった――




