セブンスターズマジックバトル『パッション』14 奥の手の話
計画、か。
それがどんなものなのか、聞こう。
「どんな計画ですか?」
「教えてくれなかったよ。でも、なにか企んでんのはすぐにわかった」
アンドレアス・テラグリエンの本性とはなにか。
ウルヴァンさんはそれを直感した。
「おれは優勝を目指した。親父にもそうしろと言われた。だが、途中で計画が変わったんだと思う」
「変わったというのは、いったい」
「先々代さまがぶち上げた所有者のいない【神格】……そして、あんたの存在だ」
俺がなにをしたと言うんだ。
「おれは計画の全容を知らない。だが、どうにもキナ臭え。闇賭博に、テラグリエン家からの警備の増員。妹たちや、弟の異様な強さ。魔法士の純粋な強さとは違う、混じりモンのなにかだ。親父の顔つきも、日に日に険しさを増す。こりゃ反乱でも起こすんじゃねーかって、マジで思った」
当たってる。
ウルヴァンさんもまた、真相に近づいていたんだ。
「だが、あんたの存在が計画を狂わせた。余裕で【神格】を奪えるはずが……それを打ち砕く、あまりにもやべえ強さの男が突然どっかから出てきた。そこらを散歩するみてえに少年の部・ハイクラスを優勝しちまうんだから、親父だってびびったろう」
言っておくが、散歩しながら魔法戦をしたことはない。
「しかも褒美は『成人男子の部』への出場だ。親父はたぶん、おれの優勝とは別に【神格】を奪うためのいろんな方法を考えてたはず。それをぜーんぶ台無しにする一手だぜ」
「そうですね」
「そうですね……って、やっぱあんた――」
「俺のことはいい。話の続きを」
「えー……」
俺が聞きたいのは、その先だ。
「あんたは成人男子の部でも相手を寄せ付けなかった。おれは震えたよ。全力を振り絞っても勝てるかどうか、あんたとの魔法戦を想像した」
本来なら準決勝でやり合うはずだったのだ。
「これでもめちゃくちゃ楽しみにしてたんだぜ? でもさ、いざ準決勝が始まるって時に、親父に呼び出された」
「棄権しろと、言われたのですね」
「ああ、そうだ。おれはキレた。ここまできて、ありえねえってな。おれが負けるとでも思ってんのかって、言ってやったんだ」
いまのウルヴァンさんは怒っていない。むしろ穏やかだ。
「するとさ、親父が……頭を下げたんだ。未来のためだとか言って、頭を」
「……」
「おれが持ってたラグナへの複雑な気持ちとか、怒りとか、ぜんぶ吹っ飛んだ。ああ、親父ってのがいるのも、悪くねえ。なんて思っちまったよ。おれは気がついたらうなずいていた」
侯爵という極めて高い地位にいるものが頭を下げる。
ウルヴァンさんにとっては父親だから、家族としての感情が動いたのだと思う。
しかし、俺が考えていることは別だ。
位の高い者がする低頭は、きっと高くつく。
「おれが頼まれたのは、優勝者から【神格】を奪うこと。そして、本会場には来させないことだ。殺すのがベスト。だが、味方になるのなら従えろ、だな」
「でも結局あとで殺すんでしょう」
「だろうな」
貴族の考えることなど、そんなものだ。
「本会場ではいま反乱が起きている可能性が高い。しかし、【神格】の所有者が三人もいるんだ。普通の方法じゃ返り討ちにあう」
「おれもそう思うよ」
「ウルヴァンさん、アンドレアス・テラグリエンにはなにか奥の手がありますね?」
「……そうだ」
「おれはそれが知りたい。だから優勝した」
「なんだそりゃ」
「奥の手の標的を俺にしたかったからです」
「……マジ?」
大マジだ。
所有者のいない【神格】を奪うためには、優勝者を狙うしかない。
仮におじい様たちを狙うとしても、メイン競技の優勝者を放ってはおけないだろう。
優勝者か、あるいはおじい様か。その迷いを突く……はずだった。
だが、アンドレアス・テラグリエンと饗団は思いもよらぬ手を打つ。
それがこれ。
空間に干渉する【才能】を用いた隔離ってことだな。
「奥の手はなんですか?」
「反魔法術さ」
やはりそうか。
でも、それが果たしておじい様に通用するかどうか。
あの人はドラグリアで反魔法をくらっても普通にしてたし。
「本会場にはばかでけえ装置が隠されてる。おそらく大会が始まるずっと前から用意されてたもんだ」
「……!」
ちょっ……とそれはまずいぞ。
ウルヴァンさんがさっき使ったようなものでもなければ、いつもの杖でもない。バカでかい反魔法の装置が会場中にあるとしたら?
やばい。変な汗が出てきた。
「あなたはそれを知っていたのですか?」
「気づいたよ。会場の隅でこそこそしてた連中がいたんでな。あとを尾けて、見っけた」
そうなの?
「それはいつ?」
「親父に棄権してくれと頼まれたすぐあとだ」
「止めなかったんですか?」
「止めたよ。ぶっ壊した」
「止めた!? ぶっ壊した!?」
「なんで驚くんだ」
「いやだって、父親の願いを聞き入れたんでしょう?」
「おれが請けたのは、あんたとの魔法戦だ。反乱じゃねえ」
そりゃそうだけど。
「計画を邪魔したのですか」
「ああ、そうだよ。反乱なんて失敗すりゃいいんだ」
「しかし、失敗したら打ち首獄門ですよ」
「打ち首獄門って、いつの時代だ?」
いや、なる。
帝国法において、もっとも重い罪は殺人とかじゃない。反乱なのだ。
「親父の切り札はおれが潰した。反乱なんざ起きねえ」
「いくつ壊したのですか?」
「いくつ……いくつってなによ」
「一個とは限らないと思うのですが?」
「はあ? ………………そりゃ、そうだな……」
どうやらなにも考えていなかったらしい。
うーん、これはどう言えばいいのか。
「いや! どうせ成功しても無理だ。帝国は許さねえし、ガラルだって黙っちゃいねえ。そうだろ?」
それ、いま考えたセリフだな。
でも合ってる。反乱が成功したとしても、その先は帝国とガラルと南方から攻めれられるという悪夢。滅亡は必至だと思う。
本来ならば。
「これ以上ここにいるのは時間の無駄だな」
聞きたいことは聞けた。【神格】も守った。あとは出るだけだ。
この部屋はいったいどこにあるのだろうか。
公国内だとは思うが、妙な魔力を感じる。
「しかたない。≪空間ノ移動≫を使おう」
空間移動の準備に入る。
しかし、発動できない。
「移動先が……指定できない?」
ちょっと待て。いろいろとおかしい。どうなってる。
今度は≪透視≫を使い、壁の向こうを見る。
だが、見えない。見えないというより、ない。なにもない。
「だったら、爆破だ」
壁に向けて≪発破≫。
「びくともしない?」
びっくりだ。少しも破壊できなかった。
「あー、たぶん無駄だと思うぜ?」
ウルヴァンさんは真面目な顔でそんなことを言う。
「それはなぜ?」
「だってここ、異空間だって話だからな」
「いくうかん?」
「ここへ来る直前に聞かされたよ。おれとあんたを異空間に移動させるって」
信じられないな。
だけどいま、ようやくにしてわかった。
ランパートはとてつもない異能を持っていたから、失敗しても消されないんだ。
そして、本当ならおじい様をここへ閉じ込めるつもりだったに違いない。
だが、俺の登場が計画を変えた。
おじい様は【神格】の所有者だ。【神格】は所有者でさえも理解できない力を発揮する時がある。つまり、あの人をここへ隔離したとして、閉じ込めておける確証は、ない。リスクが高すぎる。
【神格】を持ち、それでいて選ばれていない者を隔離し、その間にもっとも信頼性のある切り札をおじい様にぶつける。それがアンドレアス・テラグリエンの取った策だ。
これまでの経緯を念頭において考えた時、侯爵の性格が浮き彫りになってくる。
彼は多くの手札を用意し、その中で一番リスクがなく、かつ効果の見込める策を使う。
手札が多ければ多いほど、なにかが起こったとしても計画の修正は容易。
よほどの策士だと思う。
やはり急がなければ。
この空間について、俺は情報を持たない。でも、ウルヴァンさんは絶対になにか知っているはずだ。
「ウルヴァンさん、あなたはここから出る方法を持っているでしょ?」
「まあな。あらかじめ渡されてるブツがある」
「それを使って一緒に出ましょう。ここにいても、もう意味はない」
思い描くもっとも最悪な展開だけは避けたい。
「……」
「渡さないつもりですか? それとも、もう一度戦います?」
「あ、いや、なんて言ったらいいか」
「なにが?」
ウルヴァンさんが部屋のすみっこを指さす。
そこに転がっているのは、壊れたガラクタ。
俺が壊した、ガラクタ。
「……」
「そんな目で見んなよ。壊されるとは思わなかった」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!?
なんてことをしてくれたんだ!
いや、したのは俺だけど、出る方法を戦いで使うなよ!
「反魔法を生み出す結界。そう言われてもらったんだ。それでぴんときたのさ。親父の企んでる方法の一つが反魔法じゃねえかってよ」
「……」
「それが会場の装置をぶっ壊すことにつながったんだ……って、聞いてる?」
聞こえてるよ。
でも右耳から左耳に通りぬけていく感じだ。
≪空間ノ移動≫は発動しない。壁を破壊もできない。
これをどう突破する?




