セブンスターズマジックバトル『パッション』13 ラルス・ウルヴァンという男
話を始めたウルヴァンさんを見つめる。
ウルヴァン家とテラグリエン家の関係が果たしてどのようなものなのか。
「ウルヴァン家が追放されたのは、もう八十年近く前のことだ。おれのじいさんの親父が、濡れ衣を着せられた」
「濡れ衣?」
「ほんとかどうかは知らねえよ? ただ、じいさんはそれを信じてたな」
一族ごと追放されたウルヴァン家は散り散りになり、彼のおじいさんはそうとうに苦労したそうだ。
ウルヴァン家の追放は、いわばスキャンダル。帝国でも話題になったという話。
そんなことになれば、とうぜん仕事にはありつけないし、貴族に復帰など夢のまた夢。
「じいさんは、その時まだ五つか六つ。裕福だった家は突然貧乏になって、残飯を漁る有様だ。ひいじいさんはなんとか貴族に戻ろうと駆けずり回ったらしいけど、そんなのは無理だろ? あげく悪党に騙されて首をくくったんだと」
ひどい話だ。
息が詰まる。
「じいさんさ、生きるためになんでもやったと言ってたよ。傭兵とか、時には汚え仕事とかもな」
なぜ自分がそんな目に遭わなければならないのか。
疑問はラグナへの怒りと変わる。
ウルヴァンさんのおじいさんは、ついに復讐をすると決心をした。
まだ幼かった子どもに大金を投じて英才教育をし、どこへ出しても恥ずかしくない娘へと育てたのだという。
「それがおれの母さん。名前はシルヴィア。シルヴィア・ウルヴァンだ。綺麗な名前だろ?」
「ええ、そう思います」
「母さんはすごく頭が良かった。だけど、たぶん、じいさんに洗脳されてた。小さい時から、ずっと、ラグナへの呪いの言葉を聞かされて育ったんだ」
かける言葉が見つからない。
「母さんは貴族の行儀なんかも全部身に着けて、加えて美人だったからな。モテモテだったって、よく言ってたっけ」
「それから?」
「ああ、母さんはじいさんの命令で、ラグナに潜入した。姓を変えて潜り込んだんだよ」
「魔法の【才能】があったんですね」
「その通りだ。たしか【大光輝魔導】だったか……」
それはかなりのレア【才能】だと思う。
ウルヴァンさんに受け継がれたんだな。
「母さんはある目的のために、貴族の家にさ、侍女として雇われたんだ」
「ある目的って?」
「……」
「続きを」
「マジで聞くの?」
「話す約束ですけど」」
「……わかったよ」
ウルヴァンさんは頭をがりがりかいた。
「母さんは、できるだけ高い位の貴族に近づきたかった。ラグナ六家を回って雇われたのが……テラグリエン家だよ」
ここでテラグリエン家が出てきた。
しかし、それが復讐とどんな関係があるというのだ。
「一年くらい働いたあと、アンドレアス・テラグリエンの嫁さんが妊娠した。それがテラグリエン家の長男」
名前はたしか、アルフレートだったはず。
「あとはほら、わかるだろ?」
「?」
「言わせんのかよ」
「そういう約束ですが」
「はあ……なあ、よく聞く話じゃん。嫁が妊娠してる間って、こう……ほら、男が浮気しちまうってよ」
なんだその話。
そうなの?
びっくりなんだが。
子どもを産むって、かなり大変だと聞く。
奥さんが大変な時に浮気するのかい。
「アンドレアス・テラグリエンは、おれの母さんとくっついた。さっきも言ったけど、美人だったからな。目がくらんだんだろうよ」
「ちょっと待ってください。ではあなたの父というのは――」
「想像の通り、アンドレアス・テラグリエンがおれの親父だよ」
衝撃的事実。
鳥肌が立った。
「それからの母さんは狡猾だったと思う。おれを妊娠したあと、親父じゃなくて、あえて夫人に打ち明けた」
なるほど。
帝国では別の女性との重婚を禁じていない。
だけどやはり風聞が悪いから、誰もしないのだ。
帝国の祖である剣帝が愛妻家だったから、という説が一般的である。
「親父に話したんじゃ、たぶん消される。妻が妊娠中に浮気した挙句、別の女を孕ませたんだ。そりゃもう極悪人よ」
「ですね。心からそう思います」
「混乱する夫人に、母さんは取引を持ちかけた。ラグナを出て行き、二度と姿を現さないかわり、大金と国外への脱出を取り付けたんだ」
たしかに狡猾。
「で、まんまと大金をせしめて、かつラグナ六家の血も手に入れた。帰った母さんを、じいさんはいままでにないくらい満面の笑みを迎えたそうだぜ」
「生まれる前の話なのに、ずいぶんと詳しいんですね」
「そりゃそうさ。母さんから寝物語の代わりに毎晩聞かされた。自分がいかにうまくテラグリエン家を騙したのかってな」
そりゃ聞きたくない。
「おれは……ラグナに敵意を持つようになった。でも、同時にどこかあこがれもあったと思う。魔法士って、なんかかっけーじゃん」
なんて言えばいいんだろう。返答に詰まる。
「それから……十歳になって、おれの【才能】が判明した。『光陰ノ亡城』と、判定士は名付けたよ。たぶん、ウルヴァン家のことを知ってたのかもしれねえ。落ちぶれた貴族にはぴったりの名だしな」
「それはひどい」
「母さんとじいさんは激怒してたけど、おれは嬉しかった。めっちゃかっけーよ、その名前」
……
なにも言わないことにしておこう。
「土と光と闇……三つの属性を使える【才能】がおれを魔法へのめり込ませた。じいさんと母さんにみっちりと訓練されてよー、毎日が楽しかったんだ」
魔法を覚えたてのころって、すごく楽しいんだよな。
「だが、そこからは地獄だった」
ウルヴァンさんの口調が変わる。顔つきもだ。
「魔法の発動が安定してきたころ、おれはじいさんに連れられて、遠くの山にでかけた。町の外に行くなんて初めてだったから、最初は喜んだよ。でも、目的の場所は……山賊のアジトだった」
「山賊、ですか」
「大戦のすぐ後だったから、そこら中にならず者がいて、徒党を組んでた。おれが行かされたのもその一つだ」
彼の口からため息が一つ漏れる。
「じいさんは、中にいるヤツを全部やっつけろと言った。極悪人だからだいじょうぶだとも。ガキだったおれは『生きて戻ったらなんでも好きなもん一つ買ってやる』って言葉に踊らされちまったんだ」
「その山賊はどうしました?」
「全員ぶっ殺した」
「――!!」
信じられないことをする。
たかだか十歳の子供にそれをさせるのか。
「でも、不思議と罪悪感はなかったよ。相手が極悪人だったからじゃねえ。自分の力に、酔った。酔いしれた」
ウルヴァンさんは両手に光と闇をそれぞれ作り出し、漂わせる。
「魔法はすげえ。まさに奇跡だ……いや、魔力……魔力こそが、人に備わる奇跡だと思う。そして、んなことを何度も繰り返していくうち、他人を叩きのめすことになにも感じなくなった」
「でもいまは違う?」
「先を言うなよ。でもその通りだ」
「それはなぜです?」
「……母さんが死んだんだ。あの忌々しい疫病でな」
俺も両親を亡くしている。気持ちは、わかるのだった。
「じいさんは涙一つ流さなかったけどよ、やっぱり寂しかったんだと思う。酒の量が増えまくって、体を壊しちまった。でもまあ、そん時はもうおれも傭兵の真似事みたいなことしてたし、そこそこ稼げてたから、特に問題はなかったわけ」
「自由を得たのですね」
「ああ……急になんか、宙ぶらりんになった感じ。じいさんはあいかわらずラグナへの復讐を口にしてたけど、どんどん力を失くしていったんだ」
話を聞くかぎりじゃ、テラグリエン家からシルヴィアさんが戻ってきた時点で、ある意味復讐は果たされたように思う。
「最後の方は完全にボケちまって、おれをさ、閣下って呼ぶようになったよ」
「閣下……?」
「じいさんの頭のなかじゃ、おれがラグナに舞い戻り、ウルヴァン家を復活させたってことになっていた。おれは……どうしていいかわからなくなって、貴族を演じた。あなたのおかげだとかなんとか言って」
それは、優しい嘘だ。
「死ぬときまでずっとそれが続いた。で、最後の最後で、こう言った。『ご苦労であった、先代』ってな」
彼はどこか気が抜けたように、小さい声で語った。
「じいさんは満足そうにして、死んだよ。くっそ下手な演技だったっていうのに」
そこで完全にウルヴァンさんは自由になったはずだ。
きっと、ここからが本題なんだと思う。
「ラグナに対する気持ちが薄れて、だらだら楽しく過ごそうと思った。傭兵の仕事には事欠かない。【才能】もある。金なんて、おれ一人余裕で食っていける。女だって抱ける。別に不自由なんてしてねえ。けど、ふとラグナに行きたいと思う時もあって、なんだかよくわかんねえ感じ」
そこで少し黙る。
次いで俺を見上げた。
「そんな時、転機が訪れた。アンドレアス・テラグリエンがおれの住んでる町へ来るって聞いたんだ。父親ってのがどんなもんなのか、知りたいと思った」
ウルヴァンさんは情熱のままに父親へ会いに行ったのだという。
たしかに好機だと思う。いきなり領地の本宅へ行ったとしても、門前払いをくらうだけだ。
彼はお供の騎士たちを余裕で薙ぎ倒し、自分の生い立ちを告げたそう。
なんて度胸。
「めっちゃ驚いてたな。いかにも堅苦しそうなどこからどう見ても大貴族って感じのおっさんがさ」
彼は楽しそうに笑う。
「おれがシルヴィアの息子と聞いて、じろじろ見てきて、一人で納得してやがった。何が望みだと聞かれ、ラグナに行ってみたいと伝えた。親父は……笑ってたよ」
それが邂逅ってわけだ。
「仕事を手伝えって言われた。暇だったし、ついて行った。帝都行って、ラグナ行って……魔法についても勉強した。ラグナはマジですげえよ。最先端なんだしな」
純真に楽しんでいるようにも見える。
「んで、七星武界魔錬闘覇の開催が本格的に決まった。出てえって思ったから、親父に願い出たんだ」
「……それから?」
「出てもいいと、そう言われた。だが、その代わり……計画を手伝えって言うんだ」
計画、か。
いよいよ持って核心に触れる時が来たのだと思う。




