セブンスターズマジックバトル『パッション』10 思いがけない準決勝
ローザリンデ・テラグリエンは完全に沈黙。
見ている観客からは大きなどよめきがもたらされた。
激化するバトルコートでの大喧嘩は終わりに近づきつつある。
俺たちにやられて倒れた者も起き上がったあとは逃げるだけ。
追加で入ってくる者も少なくなってきた。
「シント! 勝ったんだぞ!」
俺の前に投げ込まれたのはルイーサ・テラグリエンだ。
姉と同様に意識はなく、仰向けに倒れている。
リベンジを果たしたか。
「ヴィクトリア、よくやった」
「ふふーん!」
けっこうボロボロだけど、彼女の勝ちだ。
あとは他の人々なんだけど――
「≪サンダーショック≫!!」
「いひいいいいいいいいいいいい!」
壁際に追い詰められた次女マルグリット・テラグリエンが雷を喰らって倒れる。
エリーシェさんがとどめを刺したようだ。
彼女は俺の方を振り返り、ふっと微笑んで、倒れてしまう。
力を使い果たしたことと、リベンジをやってのけたことで集中が切れたのだと思われる。
なんにせよ、おめでとうだ。
そしてもう一人。
ベルノルトさんは本戦出場を果たした二人の少年を相手に、なんと勝っている。
「はあ……ふう……」
倒れているのは、オスバルト君とルーカス君。
ベルノルトさんは両膝をついて空を見上げていた。
「ベルノルトさん」
「アーニーズ……僕は、君の役に立てただろうか?」
「ええ、最高のタイミングでした」
「はは……そうか……でももう、限界」
彼はそのまま倒れ、寝てしまった。
その顔はとても晴れやかだ。
だいたいの手練れは倒したと思う。
ウチのメンバーもまだ健在。
「シント、もう終わりでは?」
「どうやらそのようですね」
さっきまでの熱狂はもうない。
誰もが魔法でやられるならともかく、殴られたくはないってことか。
振り向いておじい様を見る。
あの人は憮然とした顔で、バトルコートへと降りてきた。
マイクを通して実況係の息を呑む音が聞こえる。
「警護の者よ、倒れている民たちを回収するのだ」
おじい様が命じ、騎士たちが動き出した。
邪魔ってことかな。
俺とやる気か?
「ハイマス、まさか」
「ジンク様と……?」
メンバーたちの不安げな声が聞こえる。
それはどうなるか分からない。
俺はおじい様の元に歩み寄り、見つめた。
機嫌はあまりよくなさそうだ。
「ここまでやりおるとはのう」
「身を守るためです。しかたありません。それよりもおじい様、いくらあぶり出しのためとはいえ、やりすぎです」
「読めておったか」
やはりそうだった。
「おまえこそ、またくだらん手を使いおって。素顔を隠すだけでなく変装までするとは。おかげで面食らったわ!」
「俺の正体をばらして、公国に戻そうだなんて、させませんよ」
おじい様は依頼とは別に、企んでいたのだ。
そしてもう一つの狙いに関しては、共通のものだろうと思う。
「やつらはまだ動かない。次は俺の番です」
「しかたあるまい」
てっきり大乱闘中にしかけてくると思ったが、そうはならなかった。
おじい様も注意深く見ていただろうから、やつらは慎重に機をうかがっているのだと思う。
「どこまでつかめた?」
「証拠を用意するだけなんですが、それができないでいます」
「左様か」
「なので【神格】を渡してください。それと十分に気をつけて」
「ふむ……」
おじい様はなにかを考えこんでいる。
「叔父上はどこに?」
「わからぬ。決勝前に席を外した」
やっぱりトイレか?
『先々代様がバトルコートに……まさかですが! やる気なのか! やる気なのかあああああああああああ!』
すごいざわめきだ。
ジンク・ラグナ自らが戦うなど信じられない、といった様子。
「とにかく【神格】神風エルウィンを」
「急かすな」
おじい様は脇に抱えたガラスの筒を持ち替え、俺に差し出す。
『おお……決着! ついに大会の終わりっ! アーニーズ・シントラーに【神格】は手渡されるーーーーーーーーーーーー!』
悲鳴が各所から聞こえた。
魔法系【神格】が外に持ち出されてしまうという悲劇に酔っているのだろう。
そんなことは気にしていられない。
問題はここからなんだ。
俺はこれを受け取り、アンドレアス・テラグリエンに【神格】を賭けた勝負を挑むつもり。
公衆の面前で真相を暴く。
それが俺の考えていることだった。
【神格】を受け取る。
筒の中で渦巻く風の集合体が揺らめいた。
その瞬間――
「なんだ?」
「む……?」
突然、空間が歪む。
不自然な魔力の高まり。
でも、魔法じゃない!
「おじい様! 気をつけ――」
目の前が真っ白になる。
★★★★★★
「――てください! って、あれ?」
数秒の間、固まってしまった。
なんなんだここは。
ありえないことが起こっている。
「白い部屋?」
床も壁も天井も真っ白な部屋だ。
けっこう広くて、百人くらいは入れそう。
現実の世界とは思えないのだが、空間の壁沿いに設置されている家具を見て、夢じゃないと理解する。
ソファーにベッド。袋にまとめられたゴミ。
本とか雑誌とか。テーブルや机もある。
なんだこの妙な生活感。
誰かの家なの?
「よーう、シンドリアット・アナンナ君。それともアーニーズ・シントラー君と呼んだほうがいいかねえ」
振り向けばそこには、『狂い笑い』ランパートがいる。
「ここにいたのか。どさくさまぎれに襲いかかってくると思ってたよ」
「やだねえ。人を殺人鬼みたいにさあ」
「違うのか?」
「おれは雇われの傭兵。で、今回の仕事はこれで終わりだ」
いつものにやけ面じゃない。
どちらかといえば不機嫌だ。
「おまえは空間に干渉できるのか? ここはなんだ?」
「おれの部屋だよ。部屋というか、隠れ家なんだ」
「隠れ家?」
「ああ、そうだよ。【才能】で作った、おれだけの部屋だ。おれとおれが認めた人間しか入れない場所なのよ」
たしかに生活していたような跡がある。
「あーあー……ほんと嫌になっちゃうよ。あんたにやられた穴埋めがこれなんだからさあ」
「なんの話だ?」
「ここはいわば最後の逃げ込む場所なんだ。でも饗団に命じられてねえ」
「空間の移動……鉄網や壁をすり抜けたように見えたのは、おまえの【才能】だった」
つい昨夜の出来事だ。
カジノバーで追い詰めたのだが、まんまと逃げられた。こうしてどこかの部屋に逃げ込めるんじゃ、そりゃ見つからないわけだな。
とてつもない【才能】。いや、【異能】とでも言うべき、恐ろしいものだ。
「優勝者を【神格】ごと閉じ込め、奪う。それがシナリオか」
「そういうこと。でもさあ、ここを捨てなくちゃいけないから、もうほんとため息だよ。ここまで作るのに十年以上かかったんだからねえ」
そんなこと知るか。
「奪えるのなら、やってみたらいい」
どのみち倒すつもりだった。問題はない。
「おっと! やるのはおれじゃあないんだな、これが」
「じゃあ誰が?」
ここには俺たち以外誰もいない。
「言ったでしょお? おれの仕事はもう終わり。あとはとんずらだ」
ランパートの周囲が歪む。
「待て!」
「待たないよ。じゃあな、シンドリアット・アナンナ君。もう会うことはない」
≪魔弾≫を撃つ前に、ランパートは消えた。
同時に別の場所で空間が揺らぐ。
そこに現れたのは――
「アーニーズ・シントラー」
「ウルヴァンさん?」
なんだか申し訳なさそうな顔で、出てくる。
ここで登場かよ。
「準決勝を棄権したのは、このためか」
「そうだな」
「優勝を目指すって言っていたのは、嘘だったのですか?」
「嘘じゃないさ」
「ならどうして」
彼はバツが悪そうに頭をかいた。
「そんなことはいいだろ? 【神格】を渡してくれ」
「それはできない」
きっぱりと断る。
饗団に【神格】を渡すことは、断じてない。
ウルヴァンさんは俺を見つめた。
俺もまた見つめ返す。
「あんた、そんな素顔だったんだな」
「俺の顔面になにか問題でも?」
「どんな顔なのかいろいろ想像してたけどよ、まともだ」
「ええ、普通です」
少しずつ緊張感が高まってくる。
「あなたも饗団の一員だったのですね」
「いいや、おれは魔法士だ。ちょいとばかり訳ありの、な」
「なぜあの組織に味方する」
「訳ありだって、言ったろ?」
「ではその訳を」
「話したくねーんだよなー」
マジで嫌そう。
なんのつもりだ。
「とにかく、【神格】をくれ」
「やるわけがない」
「なんでだ? あんた、ラグナの人間じゃないんだろ? 義理立てするようには見えなかった」
「仕事なので」
「仕事! 仕事で七星武界魔錬闘覇を優勝しちまうのか!」
「結果的にそうなっただけですよ」
ウルヴァンさんは呆れているようだった。
「なあ、アーニーズ・シントラー。おれはここであんたを殺して【神格】を奪えと言われてる。でも、それはしたくねーんだ」
「なんと言われようとも、渡さない」
「命より大事か?」
「【神格】を饗団に渡せば、よくないことが起こる。俺はそれを知っている」
「そりゃそうだ。あんなよくわからねえ連中には渡せねえ」
「じゃあ奪う必要はないのでは?」
「そうもいかねーのよ」
「だからそれはなぜ」
ウルヴァンさんは返事をしない。
話は平行線を行く一方だ。
やはり、やるしかないのだろうか。
「おれのじいさんが言ってたよ。ラグナじゃこういう時、アレをやるんだろ。全力でさ」
そうだ。
魔法士同士の話に決着が見えなかった場合にするもの。
――魔法戦だ。
「おれが勝ったら、【神格】はもらう」
「こっちが勝ったら、わけを話してください」
できなかった準決勝を今ここでやろう。
「ラルス・ウルヴァン、押して参る」
押し寄せる緊張の中、魔法戦が始まった。




