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セブンスターズマジックバトル『パッション』9 井戸の中の蛙は大河を知らない

 バトルコートへ降りて来た者たちのほとんどはすでに倒れている。

 残った人々はみな逃げていった。


「もう終わりかねえ」

「……まだ物足りない」


 アリステラは燃えているようだが、もう無理だろう。

 ローザリンデ・テラグリエンとの試合で負った怪我が尾を引いているようだった。


「あんたは休んでな。顔が真っ青だよ」

「カサンドラ、止めないで」


 シスター・セレーネの≪リジネ≫がかかっていても、ダメージを隠せないでいる。それはまずい。

 

「メリアムさん、すみませんがアリステラを」

「ええ、さすがにきつそうですわね」

「待って……まだ」

「だめです」


 メリアムさんが強引にミューズさんたちのところへ引っ張っていった。

 このところ、彼女は年長ということもあって、みんなのお母さんみたいになってる。

 さすがのアリステラも抗しきれず、下がった。


「たぶん、ここから手練れが出てくる。油断しないように」


 言ってるそばからまたしても魔法士たちがバトルコートへやってくる。

 彼らは目がぎらついていて、宿る魔力もでかい。


「第三ラウンドだ。いこう」


 再度の大乱闘が始まる。

 襲ってくる魔法をシールドで遮断し、メンバーたちへは届かせない。


「アーニーズ・シントラー」


 突然、背後から声をかけられた。

 振り返ってみれば、三人の女性がまるでポーズを決めるみたいに立っている。

 テラグリエン三姉妹がここで登場か。


「それが素顔ね……まあ、合格点よ。でも眼鏡はダメ。目が悪いの?」


 長女であるローザリンデ・テラグリエンは余裕の笑みだ。

 次女のマルグリット・テラグリエンは楽しそう。

 三女ルイーサ・テラグリエンは気だるげだった。


「ご心配なく。これは伊達メガネです」


 眼鏡を外し、胸ポケットにしまう。


「へえ、いいじゃない。約束通り飼ってあげるわ。ウチに来なさいよ」

「そんなわけわからん約束はしていませんが」

「そうだったかしら?」


 俺とローザリンデ・テラグリエンの会話にイラつきを見せたのは、次女だ。


「お姉さまー、わたしに譲って」

「だめよ」


 その横でため息をついたのは、ルイーサ・テラグリエンだった。


「さっさと終わらせて帰りたいんだけど」

「ルイーサ・テラグリエンさん」

「なによ」

「よそ見はだめですよ」

「はあ?」


 横から猛烈な勢いで飛びかかる影。

 正体はもちろん――


「今度こそ潰してやるんだぞーーーーーーーーーーー!」

「あ、あんたねえ!」


 ヴィクトリアの乱入だ。


「やっと見つけたんだぞ! ブッ……つぶす!」

「は! 負け犬が!」

「犬じゃなくてどらごんなんだーーーーーーーーーーー!」


 謎のやり取りをして二人は揉み合い、どこかに消えた。

 三対一が二対一になる。


「アーニーズ・シントラー、加勢いたします」


 びっくりした。

 いつの間にか隣にはエリーシェ・ザンダーズがいる。


「加勢なんてして、いいのですか?」

「もちろんですわ。わたし、あなたの魔法をずっと見てました。優勝にふさわしいものです。こんなの、間違ってる」

「ザンダーズ嬢、しかし」

「エリーシェ、と呼んでください」


 心強い味方ではあるんだけど、いいのかな。

 いいか。おじい様は無礼講と言ってたし、だいじょうぶだろう。


「ではエリーシェさん、マルグリット・テラグリエンをおねがいします」

「ええ! 望むところ!」


 雷を跳ねさせ、床を蹴る。

 決勝戦のリベンジだ。もう不正はない。彼女ならやれる。


 これで二対一が一対一になる。

 しかしそこで横やりが入った。

 俺と本戦で試合をした少年たちが来る。

 まったく、みんなして様子をうかがっていたわけか。せこいな。


「へい、おたく、今度こそやらせてもらうぜ」


 老け顔の少年はオスバルト・モンテラント君。初戦で当たった。


「【神格】をもらえたら母上が喜ぶ! 今度こそ倒してやるぞ!」


 もう一人はお母さん大好き少年のルーカス・オーレンドルフ君だ。

 面倒だけど、まとめて相手をする。

 そう考えた時、彼らめがけて≪ファイアボール≫が飛んだ。


「なんだおい!」

「ちょっ……君は……」


 眼鏡をくいっと直し、俺の隣に立つ少年は、あの人だった。


「アーニーズ、彼らは僕が相手をする」

「ベルノルトさん」


 なんてことだ。

 味方してくれるのか。


「怪我をしているでしょうに」

「君の試合を見たら……痛くなくなったよ」

「俺に味方していいのですか?」

「友達だろう」


 緊張を紛らわせるためとはいえ、最初に声をかけてくれたのはベルノルトさんだった。

 俺が貴族じゃなくても態度を変えず、魔法について話し合った仲だ。

 つまりそれはもう、友達。

 

「そうですね。では任せます」

「ああ! ≪ファイアボール≫!」

「ちいっ! ベストフォーのヤツが出てきたのかよ!」

「バーチュ君! なぜそっち側なんだ!」

「バーチュ家が長子ベルノルト! 友誼に従い戦う!」


 ベルノルトさんが彼らを俺から引き離してくれた。

 改めてローザリンデ・テラグリエンを見る。


「お友達が多いみたいね」

「そういうあなたは誰もいないみたいですが」

「別にいらないわ。強者は孤独なものよ」


 素っ気ない返事だ。


「理解できないものを友達と呼ぶことなんて、どうせできないのだから」

「理解できないのと、理解しようとしないのは、同じようでいて全然違うと思います」

「言うわね。いかにもわたくしが理解のない人間みたいだわ」

「いかにも、じゃなくてそう言っているんですけど」


 ローザリンデ・テラグリエンの整った眉がぴくりと動いた。


「メインの競技で勝ったからと、調子に乗っているのではなくて? 言っておきますけど、エルフ娘ちゃんとの試合じゃ、全力なんて出してないのよ?」

「でしょうね。ですが、アリステラに勝てたのは不正のおかげですし」

「不正……ですって?」

「それに、その時の力が、たとえば八十くらいだとして、全力はどのくらいですか? 百や二百って言うのならたいして違いはない。怪我はしたくないでしょうから黙って観戦していればいい」

「……」


 バトルコートが揺れたと錯覚するくらいの魔力が溢れ出る。

 

「言葉には気をつけなさいよ、おのぼりさん。目の前にいるのは最強の魔法士なんだから」

「言葉には気をつけていますよ、過大評価さん。これでもやんわりと言っているんですけどね」

「なんですって?」

「井戸の中の蛙は大河を知らないから、軽々しく最強だなんて言える。そうでしょう?」

「……アーニーズ・シントラーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 美しい顔に血管を浮かべて、鬼の形相だ。

 やはりきつく言いすぎただろうか。


「≪アースプリズン≫!!」


 上級の土魔法≪アースプリズン≫が発動する。

 俺と彼女を囲む形で硬い岩の壁が出現。

 壁の内側にはトゲがびっしりと生えていて、うかつに近づくことはできない。


「逃げ場はないわよ! そして!」


 続けて≪アースクラッシング≫。

 大量の石礫いしつぶてが生成され、発射された。


 限定された空間と、攻守に優れる土魔法。最悪の組み合わせだ。

 だけど、それは悪手。

 限定された空間なら、こっちにも良い手がある。


「≪氷界之檻(アイシクルゾーン)≫」

「え……?」


 自身を中心に放出する凍気が、石礫いしつぶての速度を減少させ、こちらへ届く前に落とす。


「なんの冗談? 氷属性まで……」

「今度はこちらの番です。≪重破魔弾カサネマダン≫」

「≪アースシールド≫!」


 無駄だ。

 それは読んでる。

 二つの魔力弾をぶつけて炸裂させる≪重破魔弾カサネマダン≫は、衝撃を内側に浸透させる。

 

 防御に絶対の自信を持つ魔法士には、特に効くだろう。

 しかもここは彼女自身が作り出した限定的な空間だ。逃げ場はない。


「きゃあっ!?」


 衝撃波は障壁をボロボロにし、さらにローザリンデ・テラグリエンを激しく揺さぶる。

 彼女は耐えられず、片膝をついた。


「そんな……わたくしが……膝を」


 瑞々しい唇の端から血が落ちる。

 内部にダメージを受けた証拠だ。


「≪魔衝撃マショウゲキ≫」

「待っ――!?」


 大きな魔力弾がローザリンデ・テラグリエンのたくましい肉体を壁に打ち付けた。


「くっ……ま、まだよ! ≪アースパイク≫!」


 苦し紛れの範囲攻撃。

 それでは遅い。

 発動するまでの短い時間に大きく後ろへ下がり、回避。


 ローザリンデ・テラグリエンは俺が下がったことを好機とみたのか、笑みを浮かべる。

 その顔はまだ早い。こっちはもう狙撃態勢に入っている。

 

「≪螺旋魔弾ラセンマダン≫……」

「っ!?」


 貫通力を最大にまで高めた回転する魔力弾が、彼女の顔面のすぐ脇を抜け、背後の土壁を貫く。

 ローザリンデ・テラグリエンは目を見開いたまま、動かない。

 怯えているのだろうか。


「あ、あなた、なんなの……?」

「質問の意味が、わかりません」

「ラグナの人間じゃないのに、なんで……」

「たしかにラグナの魔法士は優れていますが、それが全てじゃない」


 きっと彼女は外に出たことがないのだろう。


「ところで、それが全力ですか? モンスターの力を見せてください」

「……?」

「特別な料理を食べたでしょう」


 ローザリンデ・テラグリエンの反応はひたすらに鈍い。

 俺の言葉がわからないのではなく、なにも知らないみたいだ。


 思えば、彼女は肌を変色させてないし、妙な魔力も感じない。

 他の兄弟姉妹とは違うのか?


「さっきのはわざと外した。でも、次は当てる。降参してください」

「ふざけないで……わ、わたしは、まだ」

「では遠慮なく。≪魔衝発破マショウハッパ≫!」


 対人用の最大ぶっ飛ばし魔法が、ローザリンデ・テラグリエンの肉体を弾き飛ばす。

 土壁を巻き込んで観客席の壁にめりこんだ。


 意識が遠のいたせいか、≪アースプリズン≫は解除される。

 しかし、彼女はまだ倒れない。

 壁の中から出てきて、震える腕を伸ばしてくる。


 尋常なタフさではない。

 もしもモンスター料理を食べていないのなら、恐ろしい魔法士だと思う。


「≪魔弾マダン≫」

「あ……」


 魔力弾が正確に眉間を撃つ。

 ローザリンデ・テラグリエンはがくりと倒れるのだった。

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