セブンスターズマジックバトル『パッション』5 魔錬体
ボニファティウスさんが使用した魔法の影響で、観客席や実況の声は聞こえない。
とても静かで、深く集中できる。
俺たちは互いに無言。
ボニファティウスさんは俺が使った魔法を見ているはず。
一方でこちらは、彼の使う魔法をほとんど知らない。
衝撃波を生む≪クラップ≫は以前に一度見た。
さっきは≪ミュート≫。どんな性質なのか。
そのまま十秒、二十秒と経過していき、視界の端にいる審判が手を振り下ろした。
開始の合図だ。
「≪クラップ≫」
俺のすぐそばでなにかが弾ける音と衝撃が生み出される。
発動前にとらえたかすかな空気の揺らぎに対し、シールドを使う。
「――っ!」
なんたる威力だ。
空気がびりびりと震え、シールドにひびが入った。
いきなり全開か。
上等だ。
「≪魔弾≫!」
「≪クラップ≫」
前面に展開されたごく小さい衝撃波が、魔力弾を相殺する。
「≪サウンドボール≫!」
またしても悪寒。
これはくらっちゃダメなヤツだ。
「≪全方位障壁≫!」
全速で全身を守る。
次いで襲い来る、パァンッ、という弾ける音と衝撃、爆風。
いちおう間に合ったけれど、いったいどんな魔法なんだ。
音? 衝撃?
いずれにせよ恐ろしい。弾が見えない。
「さすがに硬い。それを崩すのは難しそうです」
彼はこちらの守りが硬いと見るや、行動を変えた。
飛ぶように走り、距離を詰めてくる。
「≪バックグラウンド≫」
今度はなんだ。
とてもまずい気がする。
即座に対応。魔力弾の弾幕を張って、牽制。
彼はわずかに眉をひそめつつ、衝撃波を生み出す魔法で対抗してくる。
射程距離は短いが、発動が速くて厄介だ。
「≪アンサンブル≫」
「なに!?」
聞いたことのない詠唱とともに、背後からの衝撃波。
やばい、と思った瞬間、今度は前からの≪クラップ≫。
くらったせいで息が詰まった。
さらに弾ける音で耳がおかしくなりそうだ。
急いで距離を空ける。
≪飛衝≫を足裏から限定発動し、大きく下がった。
「予想以上だ」
額を伝う汗は、きっと気のせいじゃない。
強い。とてつもなく。
さきほどの≪アンサンブル≫は背後からの奇襲。
自身の体から離れた場所に術式を構築することは、とても難しい。
衝撃と、音。
無属性魔法。かつ遠隔構築が可能。
攻守に使用でき、つけ入る隙が少ない。
加えて、弾が見えない。
この八方ふさがり感。
ボニファティウスさんの真の実力が、これか。
音は言い換えるなら振動。
つまり、振動魔法?
不思議な術を使うものだ。
油断はわずかにもできない。
確認できた魔法は五つだが、その先もあると仮定しなければ。
「振動を止める方法なんてあったかな」
考えている間にも、ボニファティウスさんの猛攻が迫る。
距離をとっても追いすがってくるから、だいぶ苦しい。
「反撃の暇は与えません! ≪アンサンブル≫!」
「≪軟障壁≫!」
弾力のあるシールドを、前面ではなく背後に展開。これにより≪アンサンブル≫を防いだ。
ボニファティウスさんの足が止まる。
驚いているみたいだ。
「背から障壁……ですか。理論上は可能ですが、ほんとうにやれる人間がいるとは」
俺は全身をシールドで包める。一部応用すればいい。
「今度はこちらの出番です。≪烈風之禍≫!」
「させない! ≪クラップ≫!」
両手を合わせ、横に跳びつつ発動。
衝撃波の発生地点から離れたことで、威力は弱まった。
≪烈風之禍≫は正しく発動し、暴風が巻き荒れる。
大きな竜巻が砂塵を舞わせた。
「なんという烈風! ですが!」
ボニファティウスさんは連続で≪クラップ≫を使い、竜巻に抵抗する。
予想通りだ。
巻き上げた砂塵は、≪クラップ≫が衝撃を生む瞬間をあらわにする。
彼が使う魔法は、魔力を炸裂させて、空気を震わせていた。
詠唱してから炸裂するまでのわずかな間。
そこに勝機がある。
「≪クラップ……クラッシュ≫!!」
さきほどとは比べ物にならない巨大な衝撃により、≪烈風之禍≫は吹き飛ばされた。
「≪発破≫!」
「≪サウンドシールド≫!」
振動する魔力の障壁を≪発破≫が破壊し、バトルコートの床をもまくり上げ、壊す。
「炸裂させられるのは、あなただけではありませんよ」
「そのようですね……いったいどれほどの手札を持っているのか」
「そちらはどうですか? それで終わりではないでしょう」
「ええ、もちろんです」
大きく息を吸い、構える。
「≪クラップ≫!」
ボニファティウスさんが≪クラップ≫を放つ。
もう見えてる。
≪発破≫によって生まれた砂塵はまだ空をただよったままだ!
「≪魔弾≫」
詠唱から発動までのわずかな瞬間、発生した揺らぎを狙い撃つ。
「なっ!」
「≪魔弾≫! ≪魔弾≫!」
衝撃波が生まれず、ボニファティウスさんは硬直した。
そこへ二発の魔力弾が突き刺さる。
「ぐう!?」
「まだだ! ≪天之招雷≫!」
「≪クラップ≫!」
生み出した大雷球に対し、彼は自分に衝撃波を撃つことで強制的に後ろへ下がった。
俺もよくやる手だが、痛そう。
「……なぜ、僕の魔法が」
「発生する揺らぎを撃ち抜きました。あなたの使う振動魔法はもう通じません」
「揺らぎを撃ち抜いたですって? 一秒にも満たない時間だというのに……君という人は」
いまのところはこちらが有利。
攻勢をかけたいところだが、彼の落ち着きぶりが気になる。
「プレリュードは終わり、ということですね。では次の楽曲に移りましょう」
プレリュード? 楽曲?
ボニファティウスさんは音楽が好きなのか。
どんな手で来ようとも、乗り越えてみせる。
そう思いつつ、魔法を構えた。
その瞬間――
「……っ!?」
視界が揺れる。
足に力が入らない。
なんだこれは。なにをされている?
「うっ……これは!」
かすかの聞こえる妙な音。
魔法によるものなのだろうが、理解が追いつかない。
ボニファティウスさんを見れば、彼は口を開けて音を発しているようにも見える。
なんなんだ、これは。
『≪ァーーーーーーーーーーーーーー≫』
「ぐっ!」
彼の口からさらに音が出る。
気持ち悪くなってきた。
耳の辺りが、おかしい。
兜越しでも聞こえる変な音が、平衡感覚を狂わせている。
「膝が震えていますよ、シント君」
後ろの跳んで、避ける。しかし、着地に失敗し態勢を崩した。
「≪クラップ≫!」
放たれた衝撃波を回避できない。
全身に浴びてしまい、吹き飛ばされた。
頭を振って、起きる。
さきほどまでのめまいはもうない。
ここで反撃に移った。
「≪魔衝撃≫!」
だが、余裕でかわされる。
そしてまたあの音。
耳の辺りを押さえても効果はない。
これはマジのピンチだ。
魔法に集中できない。
このままではやられるだろう。
「僕の魔法は面白いでしょう?」
何も答えられない。
「魔法は僕の人生を変えてくれた」
「人生を……変えた?」
「ええ、そうです。僕の髪も目も、生まれつきほかの人とは違うから、ずいぶんと気味悪がられたものです」
真っ白な髪と、真紅の瞳。神秘ささえ感じる風貌だ。
「子どもというのは残酷だ。見た目が違えば、それだけで迫害されてしまう」
昔語りとは、余裕を見せつけてくれる。
「判定の儀でも『よくわからない【才能】』と言われた。自分がどの属性を使えるかもわからないだなんて、魔法士としては致命的です」
「≪魔弾≫!」
苦し紛れの魔力弾は、回避された。
「≪ラプソディ≫の効果はまだ続いています。無駄なあがきはやめてください」
いや、まだだ。まだやれる。
震える足で、転びそうになっても駆ける。
しかしボニファティウスさんはぴたりとついてきた。
「ですがある時……いじめがエスカレートしていって……初めて命の危機を覚えました。大貴族に関係する子弟というのは、ほんとうに人を人とも思わないから」
間近で衝撃波が生まれる。身をかがめ、ぎりぎりのところで避けた。
「しかしです。その時僕は……魔法を使えた。初めての発動でした。でもまあ、加減ができなかったので、くらった人たちは今でも耳が不自由だそうです」
俺にとっては関係のない話……とは言えないか。
従兄さんたちもよく俺を殴ったりしたっけ。
「本来なら、僕の家は潰されてもおかしくなかった。でも、それを先々代様が救ってくれた。僕の魔法に興味を持ち、逆に僕を迫害していた者達を罰したんです」
おじい様は魔法に目がない。判定士でもわからない【才能】を持つボニファティウスさんに興味を持ったんだろう。
「それから、僕はあの方に魔法を教わった。ようやく自分が何者であるのかを、理解した」
恍惚の表情。
おじい様に心酔しているのか。
「あの方はもう一人の父だ。僕はあの方とどこまでもともに行く。後継者はこの僕! 他の誰でもない!」
ボニファティウスさんの魔力がひときわ強くなる。
出し惜しみしてる時じゃない。状況を打開するには、強力な手が必要だ。
ふらつく足に力を込めて、まっすぐに立つ。
術式を構築し、魔力を充填する。
「なにをするつもりかは知りませんが、無駄だ」
再度の≪ラプソディ≫が、俺の平衡感覚を狂わす。
意識を魔法の発動だけに集中した。
ふらつく足も、吐き気をもよおす揺れも、わずかな間、遠くに追いやる。
見えるのは術式と自分の魔力だけだ。
「≪魔錬体≫……」
「倒れない……? なにを」
している、という言葉が発せられる前に、発動。
「≪鎧魔導≫!」
魔力が体を包み込む。
「障壁……いまさらそんなもの!」
たしかにこれは一種のシールドとも言えるが、身を守るだけじゃない。
ごく薄い、それでいて強烈な魔力をまとう≪魔錬体・鎧魔導≫は全ての能力を増幅する。
彼が使う≪ラプソディ≫の効果は消えた。
実戦での使用は初だけど、うまくいったようだ。
さあ、反撃を開始しよう――




