ナイトオブザナイト 16 導きだされた結論
解散してニ十分後――
アミールがホテルのフロントに頼んでくれた食事をとりながら、アンヘル嬢の資料を拝見する。
今回の件で得た情報と、大会の結果、出場選手などなど多くの事柄がまとめられていた。
二人は俺をじっと見ている。ちょっとやりにくい。
ディジアさんとイリアさんは、お菓子を食べてジュースを飲んだあとはすやすや眠っていた。
「情報は断片的だけど、みんな繋がってる」
「つながっている?」
「アーニーズさん、教えて」
二人は真剣だ。
メモ片手に、話の内容を一言も漏らさぬ構えだった。
「ええ、まずはオーギュスト・ランフォーファーなのですが、こいつは呼ばれて来た」
「そうですね。料理勝負のあとで言っていました」
貴族に呼ばれ、料理をふるまうために来たのだ。
作るのはもちろん、モンスター料理。
モンスター料理を摂取した者は魔人と化す。鍛錬ではなく、外的要因による強化だと思う。
邪悪な料理人を呼んだのは、テラグリエン家の当主アンドレアス。
アンドレアスは己の子どもたちにモンスターの力を取り込ませ、大会の優勝を狙った。
大会成績についての理由はたいした意味を持たない。おおかた、家から大会優勝者をたくさん出して、国内での発言権を増すとか、武威を示すだのそんなくだらない理由だろう。
重要なのは、裏で動く闇賭博による金と、魔人化そのもの。
『成人男子の部』において、招待選手ながらも本戦進出を果たしたラルス・ウルヴァンもまた、テラグリエン家の息がかかった人物と言える。
当主の指示でモンスターの力を取り込んでいたとしても、なんら不思議はない。強化された能力で勝ち進んだとするのが妥当なところだ。
「饗団は果たしてなにを狙っているのでしょうか……」
アミールは渋面を作り、うなっている。
実はこれ、俺もそうだった。
単純に【神格】をねらっているのなら、それは自殺行為。特におじい様を無駄に刺激すれば、返り討ちにあう未来しかないのだ。
だが、ある可能性を考えた時、狙いがわかった。
ありえない、とか、そんなことはないだろう、といった偏見や思い込みを外せば、違うものが見えてくる。
「みなさんの口にたびたび上がる『きょうだん』とはなんなのですか? 剣神教団?」
「ああ、そういえば言っていなかったですね」
手短に説明する。
先のモンスターウォーズを起こしたかもしれない可能性を話すと、彼女は目元を押さえた。
「え、えーと? あのー、頭がおかしくなりそうです」
「続きを聞いたらもっとそうなるかも」
「続き?」
「ええ、テラグリエン家はおそらく――」
話して聞かすと、アミールとアンヘル嬢は飛び上がった。
「えーーーーーーーーーーーーーー!?」
「そ、そんな!? アーニーズさん……いえ、ハイマスター! そんなことが」
「静かに。みんなが起きる」
二人は焦った様子で、口を押さえる。
大声を出したことで、ディジアさんとイリアさんが起きてしまった。
「いまの声は」
「なんかすごい声だったけど」
「ディジアさん、イリアさん、お風呂に入って寝ましょう。俺も寝ます」
「はい、そうします」
「ねむーい」
彼女たちは部屋に引き上げていった。
これで残ったのは、俺とアミールとアンヘル嬢だけだ。
「でも、そんな大それたことを」
「そう考えると、しっくりくる……んだけど」
どうしてもわからないことがあるんだ。
それは、『狂い笑い』ランパートの存在だ。
なにかしらの仕事をしに来たのは、間違いない。
きっと重要な、決定的なものなんだと思う。
「結末は何パターンもある。だけど、モンスターウォーズの時みたいな後手を踏むのはもう嫌だ」
「それは、そうですけど」
「というかモンスターウォーズに参加していたんですか?」
「はい、アーニーズさんは総司令官を」
アミールが言っちゃった。
「ソウシレイカン? へ? それってどういう……」
「全部終わったあとで教えます」
一つには絞れないから、もっとも最悪な展開を防ぐことに集中だ。
やつらがしかけてくるとしたら、一番効果的なタイミング。
俺がもしも――ありえないことだが――饗団の長だとして、どうすれば簡単に奪えるかを考える。
そこから逆算して、ラルス・ウルヴァン、ランパート、そしてテラグリエン家の人間達を役割に当てはめてみた。
「そして、おじい様の狙い」
俺を『成人男子の部』へ無理やり出場させる理由。
それら全てを総合した時に見える、恐ろしく最悪な光景。
「そもそも奴らが今回のために何年も前から計画していたとしたら、最初から詰んでいたのかも」
「え?」
「つ、詰み?」
「勝てない、ということです」
はっきりと断言する。
「そんな」
「どうにかできないんですか?」
どうにかはする。
だから、俺たちはここにいるのだ。
「アドバンテージはあります。やつらは俺たちのことなど歯牙にもかけていない。たいした存在ではないと思われてる」
それはおじい様がいるからだ。
世界で最強の魔法士であり、引退後も名を轟かせ続ける偉大な男に誰の目も釘付け。意図したことではないだろうけど、それが俺たちにとって有利に働く。
「やつらはどんな手を使ってでも先々代を出し抜こうとする。それを横から突く」
「さすがはアーニーズさん……脱帽です」
とはいえ、思った通りにはならないだろう。
しかしそれは向こうも同じ。思い通りにはさせない。
「ということで、もう寝ましょう」
「待ってください。姉さんたちに話さなくていいんですか?」
「明日でいいよ。緊張して眠れなくなっても困るし」
「え……わたしもう眠れそうにないんですけど!」
「僕もです」
それは自己責任ということでおねがいします。
★★★★★★
そして、大会最終日の朝を迎えた。
早起きして軽く運動し、試合に備える。
みんなが起き出してきて、自然といつものように集まった。
アミールとアンヘル嬢はとても眠そう。
やっぱり寝られなかったようだ。
「アーニーズ、話し合いをするんだろ?」
カサンドラの問いに、うなずく。
「今日が最後だ。これからやるべきことをいくつか話すから、よく聞いてほしい」
一度深呼吸をしてから、話す。
これまでに得た情報を元にした、これから起きるであろう出来事についてだ。
話し終えたあと、誰もが言葉を失っていた。
しかたのないことだ。
「ちょっ……と待って。それって、ほんとに? 絶対?」
青ざめた顔で手を挙げたのはミューズさん。
「絶対ではありませんが、そうだと思います」
「……信じられない。大会の裏でそんなことが?」
豪胆なアリステラでさえも、目を丸くしていた。
「なにも起きないなら、それでいい。勘違いですむ。だけど、そうはならない。饗団の悪辣さはみんなも知っているはずだ」
【神格】にまつわる事件の陰には、決まって奴らがうごめいている。
【神格】を饗団に渡してはならないと、そう思うんだ。
「いまからみんなにやってもらうことを話すよ。けれど、イレギュラーが起きる可能性は十二分にあるから、そこは臨機応変に頼んだ」
ウチのメンバーは何度も死線をくぐり抜けてきた。やれるはずだ。
で、俺たちがやることをいくつかのパターンに分けて話した。
息を呑む音が聞こえる。
「ダイアナ、アテナ、君たちが鍵になる。みんなは二人を全力で守ってくれ」
二人にはだいぶ負担をかけてしまう。それが心配だ。
「とんだ休暇になったわねえ……」
「去年よりもひどくない?」
「そう、思います」
緊張が高まっている。
しかし、俺の両隣にいるディジアさんとイリアさんは平然としていた。
「やるべきことは決まりました」
「うん、わたしたちならきっとやれるよ」
その通りだ。
「やるしかないさ」
「姐さんの言う通りよ。モンスターウォーズよりひどいことなんてないんだし」
リーアの言う事も間違っていない。
絶望的な戦いを乗り越えたんだ。
「みんな、油断のないよう。それでは『Sword and Magic of Time』を始めるとしようか」
全員が立ち上がり、力強くうなずくのであった。




