ナイトオブザナイト 13 バトルロイヤルの裏側で
ダグマさん、グレイメンさん、クロードさんが賭け試合に参加することとなった。
三人からは非難の目を向けられたが、ちゃんとした理由があるのだ。
「アーニーズさん、どうしてお三方を?」
アミールの問いは、複雑そうな表情をする三人の気持ちを代弁している。
「そうだぜ、ハイマス」
「派手に動いてもいいのかい?」
「お考えがあるのなら、聞かせてください」
今までにないメンバー構成だから、なんか新鮮。三人とも経験豊富な大人の男だし、判断力も充分にある。ぶっちゃけ、俺が何も言わなくともやってくれるはずだ。
「みなさんは陽動です。ランパートをようやく捕まえられる距離まで来たんだ。全員で二階席へ行ったら、逃げられるかもしれない」
「ここで目を引けってことか」
「もちろんあのダンダースという男も捕まえてほしい」
男性だけのメンバー構成が偶然にも功を奏した。三人にはリングで派手に暴れてもらい、注意を引く。
その隙に俺とディジアさんとイリアさん、アミールで『狂い笑い』ランパートを追い詰めてやろう。
ほとんど手がかりのなかったヤツを目に捉えたんだ。この好機を逃がしてなるものか。
「みんなは素手でもめっちゃ強いでしょ? 俺は知ってるんだ」
「まあ、そう言われちゃな。自慢になるようで悪いが、村の喧嘩じゃ負けたことがないぜ」
ダグマさんが拳をバキバキ鳴らす。
「おれも仕事柄、素手での戦闘も多い。若者には負けないつもりだよ」
グレイメンさんは首をごきりと鳴らした。
「かくいう僕も侯爵閣下以外には遅れを取ったことはありませんね」
おお、クロードさんもやる気だ。
「ではおねがいします。アミール、俺たちは上に行くよ」
「はい!」
「もしも取り巻きがいたら、ディジアさんとイリアさんと一緒に制圧するんだ」
「わかりました」
緊張はしてるようだけど、不安は感じない。
(ところでシント、みないままでにないくらい楽しそうなのですが)
(男のヒトたちって、やっぱり殴り合ってなんぼってことだね!)
間違ってはいないけど、どうなんだろう。
でも、男だけのメンバー構成がいつもとは違う種の楽しさを感じるのはたしかだ。
ダグマさん、グレイメンさん、クロードさんの三人は、上着とシャツを脱ぎ上半身をあらわにする。
惚れ惚れする肉体だ。無駄がなく、戦うために鍛え抜かれた体から熱を感じる。
相手も三人。ダンダースが真ん中で、他の二人もそうとうに強そう。ラグナにいる者は魔法士ばかりと思っていたけれど、あんなのもいるのか。
リング内に注意しつつ、二階席を観察する。
ランパートは上機嫌だ。ずっと笑ってる。
『さて、新たな挑戦者が来ましたよー! 今度は三人! チャンピオンはこの申し出を承諾ぅ! さあ、張った張った』
ここにも実況がいるようだ。
三対三のバトル。両陣営の間に渦巻く闘気の嵐が血潮を熱くする。
「また会いましたね」
「……誰だ? おまえみたいなお坊ちゃんに知り合いはいないが」
クロードさんの言葉に、ダンダースは興味がなさそうだ。
トライアド山でのことは覚えにないらしい。
「ったく……なにが余興だ。隊長め」
ぶつぶつ言ってる。
『掛札はそろそろ締め切りだ! まだ賭けてないやつはじゃんじゃんばりばりいっちゃってぇ!』
客は盛り上がっているようだ。
「アミール、試合が始まったら上に行く」
返事の代わりにうなずく。
「ディジアさん、イリアさん、合図したら頼みますね」
(ぬかりなく)
(いつでも)
二人は最近、ほんとに頼もしい。俺がやりたいことをできるのは彼女たちのおかげが大きいのだ。
熱狂の中、試合開始。
俺とアミールはこそこそ二階席への階段を目指す。
『おーーーーー! いきなりマックスボルテーーーージ! 挑戦者、強い!』
人々の目はますますリングに釘付け。やりやすくなった。
二階席への階段には誰もいない。しかし、二階フロアには黒服の用心棒らしき男たちがいる。
なんとか突破できないかな。
「アミール、ちょっとストップ」
「はい、どうしました?」
「騒ぎを起こさないように入る方法を探さないと」
「なるほど」
「計算できるかな」
「……はい。ここから例の人物に到達するまで、僕の足で三十歩。アーニーズさんなら二十六歩です」
アミールの【才能】である『空想数算』は十二分に発揮されている。
「僕が用心棒の男を無力化できる確率は……48パーセント。ですが、不意をついた場合は跳ね上がるでしょう」
「不確定?」
「いえ、99パーセントです」
100と言い切らないのは、この世に完璧なものがないと知っているからだ。
「他になにかある?」
「アーニーズさんには魔法がありますから」
たしかにそうだ。
ディジアさんとイリアさんにお願いし、姿を現してもらう。
「俺はこれからヤツの対面に座ります。おそらく用心棒が動くでしょう。俺はランパートに集中したい」
「ぶっ潰せばいいのですね?」
「思い切りやっちゃう」
止めるだけでいいのだけれど、結局は同じこと。
「では行きます。≪空間ノ疾歩≫」
超短距離空間移動を使う。
狙いを定め、魔力波を形成。発動した次の瞬間、俺はランパートの対面に座っていた。
「おーおー! 上がってるねえ! いけおら! ダンダース君!」
ものすごく楽しそうだ。
「若いっていいねえ……ん?」
「お久しぶりです」
ヤツは俺に気づき、固まる。
数秒の沈黙。
「……なんだあおい。おまえさん……なんのつもりだ?」
わずかな間に、ランパートは俺を観察している。
ほんとうの顔も声も隠しているから、さすがにわからないか。
「ここは許可なしじゃ入れないけどねえ。どこかの貴族には見えないし、悪いが出てってくれ」
「それはできませんね」
「こっちもそうはいかないのよ」
ランパートは指をパチンと鳴らした。
それを聞いて用心棒が二人、動き出す。
瞬間――
「はぐあっ!」
「なっ!?」
背後からの強襲に、用心棒二人は昏倒。
打ち合わせ通りだ。
「お眠りなさい」
「これでゆっくり話できるよ」
「ふう……緊張しました。ディジアちゃん、イリアちゃん、ありがとうございます」
「いいえ、アミールも良い動きでした」
「びっくりしたよ」
客はみな一回のリングに集中している。誰も俺たちには気づいていない。
「どういうこった」
ヤツは考えこんでいる。どうして囲まれてしまったのか、それを考えているのだろう。
「話をしましょう」
「話だってえ? 知らない野郎とする話なんてないけどねえ」
「そんなこと言わないでくださいよ。大河まで吹き飛ばしてあげたでしょう」
「……おい、マジか」
ランパートは目を大きく見開いた。
「まさかだが、シンドリアット・アナンナ君」
「そのまさかですよ、トーパンラ・ミヨマサカサさん?」
「おれを追ってきた?」
「そんなところです」
「年長者としちゃ、その執着と情熱は別のところで活かしてもらいたいもんだ」
こんな状態でも口はなめらか。
逃げられる自信はあるということか。
「饗団がラグナでなにをしようとしているのか、聞かせてください」
「いやいや、観光だよ。七星武界魔錬闘覇だしねえ」
「へえ、そうですか。その割には試合を見ていないようですが?」
店の守衛でさえ、俺を知っていた。今日はあれだけ派手にやったわけだし、試合を見たのなら――自分で言うのは癪だけど――アーニーズ・シントラーだとわかるはず。
「あなたのことを追いましたが、情報がさっぱりだった。つまり、この店から出ていないと思われる」
「やだねえ。賢い小僧は嫌いだよ」
「俺もあなたみたいな狡猾でやりにくい人とは関わりたくないです」
空気が変わる。
まるで、テーブルをはさんだ俺たちの間がねじ曲がったかのような錯覚。
「饗団がこの国に潜り込んだのは確定した。テラグリエン家とつるんでなにをしようというのですか?」
「……」
ランパートは周囲に視線を巡らす。
そして、魔力の質が変化する。
魔法か、【才能】か、どちらにせよ、動いたら撃つ。
「ところで聞きたいんだが」
「いいですよ。その代わり、俺の質問にも答えてください」
「じゃあいいわ」
「なにを拗ねているんですか。ただで教えるわけがないでしょう」
「そりゃこっちも同じ」
「それじゃなにもわからずじまいだ」
「いいや? お互いに教える気はないってことがわかってる」
「ああ、そうですね」
少しの沈黙。
ごくり、とアミールが息を呑む音。
そして。
「ここでやりあうわけにゃいかないんだよねえ!」
ランパートはテーブルを蹴り、俺に押し込もうとする。
即座に≪魔衝拳≫を発動し、テーブルをたたき割った。
「じゃあな! シンドリアット・アナンナ君!」
ヤツは素早すぎる動きで、二階席から飛び降りる。
「ディジアさん、イリアさん、アミール、下へ。俺はヤツを追いかける!」
「シント! お待ちなさい!」
「わたしも!」
ディジアさんとイリアさんが瞬時に本と剣に戻り、吸着。
すぐさま飛び降りた。




