セブンスターズマジックバトル『ラプソディ』23 【才能】だけではないなにか
選手待機室へと戻り、一息つく。
状況次第では、一気にことが進む。
テラグリエン家は、オーギュスト・ランフォーファーとつながっていたのだ。
ヤツの言っていたことがほんとうなら、饗団を使って脱走を手引きしたのは、テラグリエン家となる。
あとは証拠だけ。
妨害工作をする理由はまだ謎だが、追いかける価値はあるだろう。
俺の狙いは、妨害者が逃げ込んだ先を特定し、テラグリエン家との関係を問い詰めるついでに饗団との関係を聞くつもりだ。
一番いいのは、逃げたであろう妨害者が、テラグリエン家の屋敷にでも逃げ込んでくれること。
追いかけていった四人ならうまくやると信じている。
となれば、もう大会で戦う必要はない。
そろそろ棄権する時がきたかも。
待機室へ入ると、そこにはベルノルトさんがいる。
彼はこの後、マリウス君との準決勝を控えているのだ。
「ん?」
おや?
見覚えのある顔がいるな。
なにやらベルノルトさんと話をしているようだ。
「うむ! 期待しているぞ! 弟よ!」
エルラーグ卿はあいかわらずだ。モンスタウォーズ以来だから、三カ月とちょっとぶり。
それと、彼の隣には優しそうな笑顔をした女性がいる。
たしか、バルフレイ家の令嬢で、エルラーグ卿の婚約者だったと思う。
『成人女子の部』本戦に進み、惜しくもベストエイトで敗れたが、とても優れた魔法士だ。
「バルドル様……それにレディ・バルフレイまで……僕などのために」
「なにを言う。我が家に連なる魔法士が準決勝進出だぞ。応援には来るさ」
「ありがとうございます!」
エルラーグ卿は年下の魔法士を可愛がる人だから、こうして声をかけにも来るか。
「バルドルさんったら、期待しているなんて言ったら余計に緊張するでしょう?」
「クラーラ、そう言うなよ。下馬評を覆しての快進撃だ。期待したくもなる」
「しかし……相手はあのマリウス・クロナグラです。僕の【才能】では」
「そのようなことはないぞ」
「え?」
エルラーグ卿はうんうんとうなずきながら、話を続ける。
「おれの友人にはな、魔法の【才能】がないのに、とてつもなく強い魔法士がいる。相手をあざ笑うかのような智謀、強敵を前にしても屈しない勇気、そして恐ろしいほどの魔力量。見たらあごが外れそうになるくらいに驚く。だから【才能】のことなど考える必要はない」
「そんな人が……」
うーん?
それってまさか、俺のことかな。
いくらなんでも盛りすぎ。そんなんじゃない。
「それって、例のあの人?」
「ああ、そうだ」
レディ・バルフレイは包み込むような優しさをにじませている。
勢いはあるけどどこか変なエルラーグ卿にはぴったりな女性かも。
「まあとにかく、相手が天才であってもおもいきりぶつかるといい。勝っても負けてもきっと――」
エルラーグ卿は俺に気がついた。
「…………………………」
長い沈黙。
「あ、バルドル様、レディ・バルフレイ。彼がアーニーズ・シントラーです。さきほどもすごい戦いを……ってどうしました?」
「どうなさったの? バルドルさん」
「い、いや……」
いちおうあいさつくらいはしておくか。
「初めまして、エルラーグ卿、レディ・バルフレイ。アーニーズ・シントラーです」
「知っていますわよ。もう有名人ですものね」
「恐縮です」
エルラーグ卿はなにも言わない。
目をいっぱいに開き、じりじりと下がる。
「ラグナの女性たちはみんな噂しているの。兜の下はどんな素顔かって」
「普通の顔ですよ」
噂になるほどの顔面じゃない。
素顔を見せたら出自がバレるかもしれないってだけ。
「さっきからどうしたの?」
「……別に、なにも」
エルラーグ卿はごくりと息を呑んだ。
「アーニーズ・シントラー、一つ聞くが……」
「ええ、どうぞ」
「君は、その……」
「なんでしょう」
「い、いや! なんでもない! 戻ろうか、クラーラ」
「??」
エルラーグ卿は汗をにじませながら、下がる。
「ベルノルト、良い試合をな! うむ!」
「はい。ありがとうございます」
二人は去っていった。
「はー……緊張した」
「エルラーグ卿が応援に来たくれたんですね」
「ああ、まさかだよ。多少手ほどきをしていただいたくらいで、たいして会話もしたことがないのに」
まあ、あの人は年下に優しいからね。
「それにしてもアーニーズ。さっきはすごかった。あのローラント先輩をああも簡単に倒すとは」
「ローラント君は最初から舐めてかかってきたから、楽でしたよ」
「ら、楽?」
ローラント君は弱いわけじゃない。
ただ、高慢がすぎる。普段はそれでいいかもしれないが、戦闘に持ち込んではダメだ。
彼は、こんなはずじゃない、と思い込み、心を乱した。
相手を視ず、単調な攻撃を行い、返されてまた同じことを繰り返した。
どんなに良い【才能】があっても、それでは勝てない。
「いかにマリウス君が強くても、必ずつけ入る隙はありますよ」
「そうか……そう……だな。僕なりにやってみる」
「ええ、がんばって」
実力も経験もマリウス君が圧倒的に上だ。
だからといってやらない理由にはならないし、勝ってはいけないという法もない。
「そろそろか……」
ベルノルトさんは、襟を正し、姿勢を伸ばしてバトルコートへと足を進めた。
もう一つの準決勝が始まる――
★★★★★★
マリウス君はやはりかなりの人気だ。
バトルコートへ姿を現しただけで、大きな歓声が上がる。
特に若い女性たちから黄色い声が飛んだ。
対するベルノルトさんへの声援も、なかなかだった。
大方の予想を覆し続けた彼へ応援をしたい気持ちはわかる。
ほどなくして、試合が開始された。
マリウス君は動かない。その場でじっと待ち構える。
先にしかけたのは、ベルノルトさんだった。
≪ファイアアロー≫を放ちながら常に位置を変え、ときおり混ぜる≪ファイアボール≫により、マリウス君の反応をうかがっている。
しかし、マリウス君は強固な水の障壁でその全てを遮断。
さすがに硬いか。
ここでベルノルトさんが動きを変えた。
遠距離での撃ちあいをやめ、最短距離を詰める。
マリウス君の顔色が変わる。
後ろに飛び退り、距離を空けようとしたが――そこに待っていたのは≪ファイアガイザー≫だ。
驚いたな。距離を空けようとするのを読み、マリウス君の背後からまるで己に向けたかのような炎の噴出。
自爆すら覚悟した決死の一撃だろう。
びっくりしたマリウス君は、ほんのわずかに動きを止めた。
そこへ飛びかかるベルノルトさんは、至近距離での≪ファイアアロー≫を撃ち放つ。
その数は五つ。
全てがマリウス君へヒットした――かに見えた。
会場がどよめく。
マリウス君を中心とした半径二メートルほどの水球が、彼を守っているのだ。
戦慄が走った。
あれは――
「≪絶水流壁≫か!」
ホーライで叔父上と魔法戦をした時、さんざん苦労した強力すぎる水の守り。
【神格】の所有者でもないのに、アレが使えるとは。
どんな術式なのか、とても気になる。
決死の一撃を紙一重で防がれたベルノルトさんは、戸惑った。
いけない。あれじゃ反撃をかわせないだろう。
今度は逆にマリウス君が攻撃。
≪アクアピラー≫が発動し、足元からベルノルトさんを突き上げようとする。
彼は、ハッとしてその場から逃げるも、行く先々で≪アクアピラー≫が発動。
だめだ。進路を誘導されてる。
このままではマリウス君のとっての、有利な場所で決められてしまう。
予想は的中した。
逃げ込む先を完璧につかんだマリウス君は、特大の≪アクアボール≫を狙い撃つ。
まともにくらってしまったベルノルトさんは吹き飛び、地面を転がった。
その後、何度も立とうとしたが、立てない。
終わりだ。
審判が駆け寄って、ストップ。
マリウス君の勝利が確定した。
残念だ。決死の一撃はいいところまで行ったのに、防がれたあとの立て直しができなかったのだ。
タンカが呼ばれるも、ベルノルトさんは断った。
ふらつく体を押さえながら、選手待機室に戻ってくる。
マリウス君は観客席に手を振り、余裕だ。
初手から始まる一連の攻撃に面食らったようだけど、逆転した。すさまじい魔法士だと思う。
「……」
帰還したベルノルトさんは、ソファーに腰を下ろし、言葉もない。
「ベルノルトさん、医務室に行ったほうがいい」
「いや……いい。このくらい……つっ!?」
言わんこっちゃない。どう見ても全身打撲。痛いに決まってる。
「付き添いますから」
「いいんだ……それよりも、僕は」
彼は体を震わせている。
「僕は……悔しいよ……」
大粒の涙が、彼の頬を伝った。
「少しはやれるって、思ったのが間違いだった……彼は……天才だ。勝てる要素なんて、なかったんだ……」
ベルノルトさんはうつむいたまま、言葉を続ける。
「でも……なんでだろうな……それなのに、すごく悔しいんだ……僕にもっと良い【才能】があれば勝てたかもしれない。そうだろう?」
己の不甲斐なさを悔いているのか?
「ラグナでは……魔法の【才能】が絶対……そんなことはわかっているんだ……でも、この大会で……勝ち進んで……僕は変われるかもしれないと、思った。だけど、それができなかった……それが……たまらなく悔しいんだ……」
あるいは、ラグナという国の在り方を嘆いているのだろうか?
いいや、違うな。
魔法の強さは精神の強さ。彼はそれを確かめようとしたのだ。
「ベルノルトさん、俺はあなたに謝らなくては」
「アーニーズ?」
彼は面を上げた。涙にまみれたぐしゃぐしゃの顔だ。
「俺はこの大会に、なんの価値も見出していなかった。ここへは仕事で来ただけ。それが進めば、棄権するつもりでした」
「……?」
「あなたは本気で戦っていた。俺は失礼でしたね。ごめんなさい」
「なにを……?」
俺自身もよくわからない感情が、わき上がる。
「ヴィクトリアが負けて、アリステラも敗れて、そして今またベルノルトさんが負けた。みんな惜しかった。【才能】だけでは起きなかったなにかが、そこにあったと思う」
そう、いままで培ってきたもの。感情。経験。魔力。妨害とかドーピングとか以前に、熱いなにかがあったはずなんだ。
「あなたはいま、【才能】が絶対だと言いましたね?」
「ああ、そうだが」
「実を言うと、俺にはなんの【才能】もないんです」
「なっ、なんだって? そんなバカな! ではどうやって魔法を!」
「勉強して会得しました。信じられないかもしれませんが」
「あれだけの魔法を……【才能】なしだなんて」
嘘偽りのない真実だ。
「ほんとうなら、仕事を優先すべきなんだけど、いまは自分の気持ちに従う。腹の底からわき起こるものがなんなのか、確かめようと思います」
「アーニーズ、君はいったい……」
大窓からバトルコートを見る。
マリウス君はまだそこにいて、審判になにかを言っているようだ。
やがて、実況を通じて話がなされた。
『マリウス・クロナグラ選手! なんとなんと! このまま続けて決勝戦を行いたいとの意向! 不敵! 不敵な天才ここにありぃぃぃぃぃぃぃぃ!』
なんとなく彼らしいと思ってしまった。
『もしもアーニーズ・シントラーがこれを承諾すれば! 休憩なしでの連戦んんんんんん! なんということだ! 受けるのか! 黒き死神ーーーーー!』
会場は大盛り上がりだ。
いいよ、やろう。
マントをひるがえして、たぎる気持ちのまま、バトルコートへと走る――




