セブンスターズマジックバトル『ラプソディ』22 ほんとうの敵
「さあ! 行くぞ! ≪アースブロック≫!!」
試合が始まるなり、ローラント君は≪アースブロック≫を撃ち放とうとする。
今大会は、ほとんどの選手がそれぞれの属性における基本とされる魔法を撃つ傾向にあると思う。
それは一番練習し、もっとも信頼を置く魔法だからこそだ。
今放たれようとしている≪アースブロック≫は、基本ではあるが、それゆえに威力、コントロールの難度、消費魔力のバランスに優れる。
「≪自動障壁≫」
飛来物に対し、自動で守る障壁を発動。
ローラント君の観察を開始する。
俺が戦うべきは、彼じゃない。その後ろにいるであろう者達だ。
位置関係としてはまずまずいい。俺がいるところから西側出入り口までは、一直線。開幕からいきなり妨害するとも思えないから、彼をほどよく追い詰める必要があるだろう。
『ちょっ……な、なんだああああああああ! 詠唱をしていない!? まるで! まるでシールドが自動で発動しているかのようだーーーーーーーー!』
『信じられないですぞ! これはおそらく条件発動! 目を疑う光景ですな!』
その通り。
相手の攻撃に対し、一定の条件下でのみ発動するのが≪自動障壁≫だ。
「くっ……なにをしている! アーニーズ・シントラー!」
ローラント君の≪アースブロック≫は全て防いだ。
ゆっくりを前進し、距離をつめた。
「だったら! ≪アースクラッシング≫!」
大量の石飛礫が来る。
≪アースクラッシング≫はたしかに厄介な魔法だ。広く面を破壊する散弾。しかし一つ一つの質量は、小さい。
「≪軟障壁≫」
衝撃を吸収する柔らかいシールドを発動。
何百もの小石は包み込まれ、俺まで届かない。
「なっ……」
「ローラント君、防御したほうがいいよ」
沈みこんだ石飛礫は、≪軟障壁≫の弾力により、反動がついて射出。
「バカな! ≪アースシールド≫!」
慌てて防御。なるほど、発動までが速い。
石飛礫の反動射出は、全部防がれてしまった。
しかしその分、こちらは前進。さらに距離を詰める。
「ちいっ! 怪しい魔法を!」
ローラント君はじりじりと下がった。
西側出入り口まではまだ遠い。もっと圧をかけよう。
「ならばこれでどうだ! ≪アースパイク≫!」
ふむ。
お次はこちらの足元から出る土の杭か。
≪アースパイク≫はたしかに強力。殺傷力が高い。
だが、大きな弱点があるんだ。
強く踏み込み、前に出る。
俺の背後で≪アースパイク≫が炸裂する音。
発動が遅いから、かすりもしない。
「前に……くそっ!」
ローラント君は美しい顔面を歪ませ、下がった。
前に出られたのが意外だったらしい。
≪アースパイク≫は通常、一つに範囲にしか発動できない。その多くは敵の周囲か足元。読みやすくてしかたない。強力である反面、単調であり、決めるのには工夫がいるってわけ。
「反撃くらいはしておいた方がいいかな」
腕を伸ばし、指で狙いをつけ、≪魔弾≫での威嚇。
魔力弾はローラント君の耳をかすめた。
「ぼ、僕の耳ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
あ、しまった。紙一重にするつもりが、耳をちょっと削ってしまったか。
「クソがっ! 耳から血が出たぞ!」
魔法戦なんだから、血だって出るだろう。
さらに≪魔弾≫を連射。威力を抑え、ノックバックを優先する。
「ぐおああああああああああああああ!?」
ローラント君の叫びがこだまする。
『凄まじい連射だーーーーーーーーーーー! し、信じられない! いやさっきから『信じられない』を連呼せざるを得ないっ!』
『十連射……いや! 二十連射ですぞ! よもや少年の部・ハイクラスでこれほどの連射が見られるとは!』
ブーイングではなく、歓声が上がった。
「こんなもの……効かなーーーーーーーーーい!」
「!!」
ローラント君の肌が変色し、鉄色に変わる。
やはり、だ。こいつもモンスターの力を取り込んでいた。
『なんという耐久力! これがテラグリエン! まるで岩だーーーーーーー!』
『よく耐える! テラグリエン家の底力は凄まじいものですな!』
その耐久力は、まがいものだ。鍛えて得たものじゃない。
「さあ行くぞ! 卑しい出のカスめ! ≪アースクエイク≫!」
この場所この時で生まれになんの関係がある?
「これで終わりだッーーーーー!」
上級の土属性≪アースクエイク≫か。
問題ない。処理する。
『おーーーーーーーーっとぉ! 地揺れーーーーーー! 会場を壊す気か! ローラント・テラグリエン選手ーーーーーー!』
『大技ですぞ! 早くも決めにきたのかもしれませんな!』
≪アースクエイク≫は己の周囲に限定した、大地震。地面を縦に大きく揺らされ、相手はまともに動けなくなる。
土属性は発動が遅くて、弾速も遅い。
≪アースクエイク≫はそれを補う大きな一手。
身動きのできない相手になら、土属性の頑強さが活かされる。
こうも揺らされれば、こちらは狙いなどつけられない。
だからこうする。
「≪発破≫!!」
狙いなどつける必要はない。
ローラント君の周囲をやたらめったら発破。
「ぐあ!」
そばで炸裂した爆発が地面を派手にめくりあげ、無防備だったローラント君に破片を浴びせる。
彼は俺が逃げるであろう先を予測し、次の魔法を発動する態勢に入っていた。それが仇となったかっこうだ。
≪アースクエイク≫を使ったからといって、反撃をされないわけじゃない。
過信は禁物。教わらなかったのか?
『反撃ーーーーーーー! あんな態勢から反撃を決めたーーーーーー! ローラント・テラグリエン選手! 破片をくらうーーーーーーー!』
『なんとまあ、呆れた体幹ですな! あそこから反撃など誰も思いつきますまい!』
ローラント君はよろめき、さらに下がった。
この位置は、アリステラの時の再現だ。
俺が妨害者なら、ここで仕掛けるはず!
『アーニーズ・シントラー! 右腕をかかげたーーーーーーー! 大技の予感だーーーーーーーーー!』
『凄まじい魔力の集中を感じますぞ! 今度はアーニーズ・シントラー選手が決めにきましたわい!』
実況と解説もイイ感じに煽る。
ローラント君は荒く息をして、俺をにらみつけていた。
そして――
「――っ!」
フルフェイスの兜を通り抜けて、光が目を焼く。
ついに来た。
これで妨害は確定。
即座に術式を書き換え、観客性に向けて≪光輝弾≫を放った。
目をくらます光量が炸裂し、すぐに収まる。
『不発っ! 不発だーーーーーーーーーー! いったいなにをしようとしたのかアーニーズ・シントラー! しかし不発となったーーーーーーーー』
『光……ですな。攻撃ではない?』
どよめきが生まれる。
マルセル・ノスケー元子爵は鋭い。
いま放ったのは攻撃じゃなく、合図だ。
観客を縫うようにして走る気配が四つ。
少女姿になったディジアさんとイリアさん、ダイアナ、アテナだった。
彼女たちはすでにして、妨害者をその目に捉えているだろう。
これで一つクリア。
あとはこっちを片付ける。
「いつまで休んでいるのですか?」
壁際に追い詰められたローラント君は、負の感情で満ちた顔をしている。
「反撃のチャンスだったでしょう。なにを呆けている」
「貴様……」
「次はどんな魔法を見せてくれるんだ? モンスターの肉を食った力をもっと見せろ」
「な、なに?」
しらを切るつもりかな。
「さっきの肌の変色。肉体の強化だろう。あれはドーピングだ。ルール違反だな」
「ふざけるな! あれは……覚醒した僕の力だ! 父上も言っていた! テラグリエンの血筋がなせる業だと!」
へー、そーなんだ。
「仕組みは? ドーピングじゃないなら魔法か?」
「し、仕組み……?」
「術式は? 詠唱は? 魔力はどれだけ使うんだ? 魔法でないのなら【才能】なのか? じゃあ君は二つも【才能】を持っているんだな」
ローラント君は言葉を継げない。
「君の妹たちも同じ様子だったよね? まさか兄妹みんなそろって【才能】二つ持ちなのか?」
「い、いや……そういうわけじゃ」
「目覚めたのはいつだ。特別な料理を食べてからじゃないのかな?」
「料理……」
思い当たるふしがあるようだ。
なるほどだ。
彼らの父でありテラグリエン家の当主アンドレアス・テラグリエン侯爵は、モンスター料理と言わなかったんだな。
「決着をつけようか、ローラント君」
「……」
彼は動けないでいる。
やがて、ぶるぶると震えだした。
「おまえは……なんなんだ……なぜ! どうして僕の魔法がこうもことごとく……なんで通じないんだーーーーーーーーー!」
力を振り絞り、飛びかかってくる。
前面に大きな≪アースブロック≫を作り出し、体ごとぶつける気だろう。
直接殴るわけじゃないから、ルール違反ではない。
だが、射程距離だ。
これで終わり。
「≪魔衝発破≫!!」
対人用最大のぶっ飛ばし魔法を撃ち放つ。
「はがっ――!!」
吹き飛んだローラント君は観客席の壁を突き抜けて、会場施設内に消えた。
しーんとする観客席。
『……マルセル様、これは』
『ぐうの音も出ないほどの圧倒的勝利、ですな! マジックアカデミーの首席が手も足も出ないとは!』
ざわめきがどんどん強くなってくる。
『ローラント・テラグリエン選手! 戻って来ない! これは……これはあああああああ!!』
さて、戻るか。
『ついに……ついにラグナ六家の魔法士を倒す者が現れたーーーーーーー! まさに前代未聞! 空前絶後! 誰が予想したか! 勝者は……公国外からやって来た死神! アーニーズ・シントラーだーーーーーーーー!!』
ブーイングはなかった。
会場を揺るがす大声援の中、待機室へと戻る――




