セブンスターズマジックバトル『ラプソディ』18 疑惑の判定。
「あれはいったい」
思わず独り言を口にしてしまう。
土煙の中で一瞬だけ見えたルイーサ・テラグリエンの姿に、言葉を失った。
再び土煙幕の中に没したバトルコートでは、激しい撃ちあいが続いている。
見間違えだろうか?
ルイーサ・テラグリエンの姿が、少しおかしいように見えたのだ。
彼女は肌がまるで鉄のような色に変化していた。
そして、わずかに感じた異質な魔力。あれはいったいなんだったんだ。
「まさか」
思い当たるふしがないわけではない。
しかし、ただ単に見間違えただけの可能性もある。
けれど、アレは……
やがて、もうもうと立ち込めていた息苦しさを覚える土煙は消え去り、ヴィクトリアとルイーサ・テラグリエンの姿があらわになる。肌の色は普通だ。やはり見間違えなのか? それとも――
『おーーーーーーーーっとぉ! 両者! ダメージを負っているぞおおお!』
『見られなかったのがもったいないですわい! かなりの数を撃ちあったと見えますぞ!』
二人とも、肩で息をし、疲労を隠せないでいる。
「≪ファイア……メガボール≫!!」
ヴィクトリアがしかけた。選択したのは小回りの利く≪ファイアメガボール≫だ。
「ちっ!」
ルイーサ・テラグリエンは舌打ちをし、回避を行う。
一発、二発と避け、そこから≪アースブロック≫で応戦。
動き回る両者の位置が入れ替わり、ヴィクトリアが観客席の壁を背負うこととなった。
ルイーサ・テラグリエンは追い詰められかけながらも、冷静に動いている。侮れない。
しかし、それでも優勢はヴィクトリアだ。≪ファイアメガボール≫の五発目が見事にヒットし、態勢を崩す。
「≪ファイアメガショット≫だぞ!」
距離を詰め、今度は炎の散弾。まずかわせない。
ルイーサ・テラグリエンはその身に炎の散弾を受ける。
決まった。これで終わりだ。
「……!?」
とどめを刺しに踏み込んだヴィクトリアが、ガクンと膝を崩す。
なんてことだ!
この場面で膝の力が抜けた!?
転びそうになるのをこらえた彼女だったが――
「≪アース! ビッグブロック≫!!」
ルイーサ・テラグリエンはその隙を見逃さなかった。
距離を取って態勢を立て直すなんてことはしない。崩れ落ちそうな体のまま、大きな一撃を放つ。
「なっ……この――」
やられた。
ヴィクトリアは大岩を受け止めようとするもそのまま後退し、観客席の壁にめり込む。
大岩はガラガラと崩れたあと、そこには人型の輪郭をした大穴が空いていた。
『き、決まったーーーーーーーー! なんと! 一発逆転のカウンター炸裂うううううううう! しかも壁に激突ーーーーーー! ヴィクトリア・ドラグリア選手の安否が心配だーーーーーーーー!』
『いまのは……?』
『これはもう終わった! まさに会心の逆転撃!』
大歓声が上がる。
やられたはやられたけど、まだ甘い。
あのくらいじゃ、ウチのヴィクトリアは負けたりしないんだな。
「うわああああああああああああああああ!!」
雄叫びとともに、壁を破壊してヴィクトリアが出てきた。
まだぴんぴんしてる。
『ヴィクトリア・ドラグリア選手! 致命傷とも言えるアレをくらっても生きているぞおおおおおおお!』
『ふぉっふぉっふぉ……呆れるほどの頑強さですな!』
『まだ続くのかーーーーー! まったく予想できない決勝戦んんん! いったいいつまで――おや? 審判が動きましたね』
審判がヴィクトリアに駆け寄り、つぶさに様子を見ている。
なんだろう?
『あーーーーーーーーーーーーっと! レフェリーストップです! 審判によるレフェリーストップが入りました!』
『うーむ……これ以上続けては命の危険があると判断したのでしょうな。しかし……性急に過ぎる気もしますぞ』
レフェリーストップだって?
つまり、ヴィクトリアの判定負け?
いやいや、まだ彼女はやれるだろう。なんのつもりだ。
ヴィクトリアは最初だけぽかーんとしていたが、すぐに体を震わせ、怒気をあらわにする。
ちょっとまずいか。
出た方がいいかも。
『ヴィクトリア・ドラグリア選手! 審判に詰め寄っています! さすがに納得しかねる様子!』
『ほう? やはりまだ元気いっぱいのようですな』
あ、ほんとうにまずい。
ヴィクトリアが審判の胸倉をつかんだ。
嫌な予感がする。
考えるよりも先に走り出したのだが。
『な、なにいいいいいいいいいいいいい! ヴィクトリア・ドラグリア選手! 審判を殴ったーーーーーーーーーー! しかもっ! 尋常ではない威力! 審判の体がどこまでも転がっていくうううううううううう!』
『なんというパンチ力。拳に魔力が乗っているようにも見えましたぞ! まあ、正直疑問の残る判定でしたからな! 胸がすっきりですわい!』
『ちょっ……マルセル様それ言っちゃいけないヤツううううううう!!』
しまった。やっちまった。
≪ドラゴーンパンチ≫を受けた審判は、その破壊的な拳により、実況の言う通りどこまでも転がっていく。
観客席は最高潮に盛り上がった。
完全なるアクシデント。こんなの誰も予想できない展開だ。
「ヴィクトリア!」
そばまで駆け寄り、声をかけたが、返事はない。
ふー、ふー、と大きく呼吸を繰り返している。
『反則ッ! これは誰がどう見ても反則ッ! ヴィクトリア・ドラグリア選手の反則負けだーーーーーーーーーーー!!』
審判を殴ってしまったのでは、言い訳などできない。
ヴィクトリアの反則負けが決まったことで、ルイーサ・テラグリエンは吐息を漏らし、その場に片膝をつく。
彼女もまた限界ぎりぎりだったか。
「ヴィクトリア、審判を殴るのはよくない」
「シント……うう……」
涙目になってる。
「だって……だって……あいつら」
「反則なのは知っていたでしょ」
「うー……もういいんだぞ!」
彼女は走って待機室に戻っていった。
入れ替わるようにして、審判団がやってくる。
三人が俺を囲み、にらみつけてきた。
「前代未聞だぞ! 審判を殴るなど! 正気か!」
「どういうことだ! アーニーズ・シントラー!」
「まったく! 野蛮な輩めが!」
言いたい放題だな。
殴ってしまったのは認めるが、なんの理由もなくそんなことはしない。
次々と投げられる罵詈雑言が収まるのを待ち、逆に聞き返す。
「反則負けはしかたないですけど、殴られたのはそちらの落ち度ではないのですか?」
「な、なに?」
「さっきの判定、ウチのヴィクトリアは降参などしていないし、まだぴんぴんしていました。なぜレフェリーストップに?」
「そ、それは……命の危険があると判断したからだろう」
「それはどうかな。公国外の選手が勝ちそうだったから、不公正なジャッジをしたのでは? そう疑われてもおかしくない様子でしたけど」
審判たちの顔色が変わった。
「なにを言うか! そのようなこと――」
「ああ、そんなに声を荒げるのは図星だからじゃないんですかね」
「き……貴様」
「喧嘩を売りたいならお好きにどうぞ。この会場ごとあなたたちを叩き潰して差し上げますよ。公正な審判さん?」
「ぐっ……」
「なんという恥知らずな!」
「我ら審判団を敵に回したこと、後悔するがいい!」
なんの益もない会話を終え、待機室に戻る。
後ろでまだぎゃあぎゃあわめいているが、どうでもいいことだ。
待機室にヴィクトリアはいた。てっきり外に飛び出たかと思ったが、ソファーの上に膝を抱えて座り込んでいる。
ずーんとした重苦しい空気の中、声をかけてみた。
「ヴィクトリア、どうして殴ったんだ?」
「……」
「わけがあるんだろう?」
「……だって、あいつら、ズルしたんだぞ」
ん?
ズル?
「聞かせてくれ」
「おかしいんだぞ。あの時……いきなり足がとられて」
あの膝をガクンとさせた時か。
「どういうこと?」
「なんか、石みたいなものがいきなり出てきたんだぞ。たぶん、あのおっさんがなんかしたんだ」
おっさんって、審判のことか。
「そのあとも……人のこと、バカとか、やばんとか言って来たんだ。だから――」
「ヴィクトリア」
「……」
「勝負は君の勝ちだよ。完全に追い詰めてた」
あと一撃で終わるはずだった。
それほどにヴィクトリアは強かったのだ。そして、逆撃されたあとだって倒れるようなダメージはない。
少し考えてみる。
仮に不正が行われていたとして、それはあまりに危険。
もしもバレたら、本家から厳しい罰が下されるだろう。
そんなリスクを背負ってまでやることか?
狙いもいまひとつわからない。たしかに公国外の選手が優勝など、前代未聞のこと。いまだかつてないラグナにとっての恥辱だろう。
勝たせたくないのはわかる。
ただこれはあくまでも試合だ。単なる興行ではないのか?
「とにかく戻ろう」
「やだ」
「けっこうダメージあるでしょ。シスター・セレーネに≪リジネ≫をおねがいしよう」
「戻りたくないんだぞ」
これはだいぶ重傷だな。
だけど、一人にするのはどうかと思う。
「いや、行くよ」
「は、離すんだぞ!」
襟首をつかんで、引きずるようにしてその場をあとにするのだった。




