セブンスターズマジックバトル『ラプソディ』17 少女の部・決勝
『成人女子の部』の選手待機室を出て、さっそく『少女の部』選手待機室へと足を進める。
今日は行ったり来たりと、忙しない。
試合スケジュールの急な変更が、いったいなんのつもりかは気になるものの、いちいち抗議する暇もない。
それに、急いでいるのは俺だけじゃなかった。
やはり急な変更のせいか、血相を変えて走る運営と思しき人々とすれ違う。
彼らは、どういうことだ、とか、上はなに考えてる、だのと文句を言いながら急いでいた。
今回の大会を取り仕切る一番上は、叔父上だったはず。
なんのつもりかと問いただしたい気分だ。
「ヴィクトリア、待たせた」
「……」
返事はない。
椅子に座って目をつむり、深く集中しているようにも見えた。
こうなると邪魔はできない。やはり相手が強敵だからか、いつもとは様子が違う。
俺もまたそばの椅子に腰を下ろし、時を待った。
ヴィクトリアは口を開くこともなく、ただただ集中している。
規則的な呼吸。ときおり、ぴくりと体を動かす。
……って、違うな。これは――
「ヴィクトリア、起きてくれ。もう始まる」
「ふあ?」
寝ていただけだった。
なんという豪胆さ。決勝を前にしても、なんらいつもと変わらない。
緊張のきの字もないとはこのことだ。
「んー……待ちくたびれたんだぞ」
ネコみたいに体を伸ばして、大あくびだ。
「急な変更があったみたいで、これから決勝だよ」
「へんこうって、なんだ?」
ああ、聞いていないのか。寝てたならしかたないんだけど。
というかなんで俺たち以外誰もいないんだ。本来なら運営の人間が一人はいるはずだ。通達の義務を怠るとは、信じられない。
「とにかく準備を。もう始まる」
「わかった。トイレに行ってくるんだぞ」
彼女はうなずいて、出て行く。
たしかに用を足しておくのは大事なんだけど、脱力感はんぱない。
★★★★★★
『お待たせいたしましたああああああああ! これより! 七星武界魔錬闘覇! 決勝戦を始めまーーーーす!!』
実況の高らかな宣言がなされ、会場の盛り上がりは最高潮を迎える。
『先ほど、急遽スケジュールに変更がありましたが、これも全て大会を盛り上げるためのこと! どうか平にご容赦くださいね!』
大会を盛り上げるだって?
こっちからしたら試合の間隔が狭くなってきついだけだ。
「ヴィクトリア、無茶はしないように。練習通りにやればいい」
「言われなくてもわかってるんだぞ」
意外に冷静だ。
「ルイーサ・テラグリエンは強敵だけど、君ならやれる」
「わたしはシント以外には負けないんだぞ」
気合も入ってるな。
俺のことはさておき、彼女は今大会でけっこう成長したのではなかろうか。
『それでは! 少女の部決勝に進んだ選手の入場です! 西側から進み出るはあああああああ! ラグナ六家テラグリエン侯爵家の三女! ここまで圧倒的な強さを見せて勝ち進んできたルイーサ・テラグリエン選手だーーーーーーー!!』
あいかわらずの人気。特に応援団らしき最前列に立つ若者たちが熱狂する。
『若干十五歳にして極めて高いレベルで魔法を使いこなす天才! 攻守万能! 才色兼備! そのお姿はああああああ! 天女もかくや!』
バトルコートに現れたルイーサ・テラグリエンはなんとなく気だるげな様子で中央へと進む。
『そしてええええ! 東側から出でたるはあああああ! 竜人の国ドラグリアからやってきたああああああ! ヴィクトリア・ドラグリア選手ーーーーー!』
ヴィクトリアが首や肩を回しながら、バトルコートへ。
余裕の態度を見せつけている。
『両者とも十五歳とは思えぬ貫禄ぅ! これは素晴らしい戦いが見れそうだぞーーーーーー!』
大声援だ。
二人は中央で相対し、にらみ合う。
審判の男性があまり近くに寄らないようにと注意するほどの距離感だった。
どんなやり取りをするのか、気になる。
≪地獄耳≫の魔法を使い、聴力を強化。内容を聞かせてもらおう。
「ねえ、あんたさ」
ルイーサ・テラグリエンがヴィクトリアに話しかけた。
「わたし、戦うのが好きじゃないの。面倒だしぃ、棄権してくれない?」
「意味がわからないんだぞ」
たしかにヴィクトリアの言う通りだ。意味がわからない。
「好きじゃないなら、おまえがどっかに行けばいいんだぞ」
「なによ、言うわね。でもね、戦うのは好きじゃなくても、相手をボッコボコにして土を舐めさせるのは好きなの。あんたって強そうだし、なんか面倒なのよね」
なんだその理由。
一方的にやるのは好きだけど、強い魔法士とはやりたくないってことか。
めんどうなのはどっちだ、と言いたい。
「きけんなんて絶対にしない」
「はあ……じゃあいいわよ」
突如として、ルイーサ・テラグリエンから魔力が噴き出した。
呼応してヴィクトリアも力をたかぶらせる。
『互いに気力充分! 名勝負の予感がするぞーーーーーーー!!』
『両者ともに素晴らしい実力の持ち主ですからな! どちらも攻め手を得意とする気質! 圧倒的な攻撃力! 見逃してはなりませんぞ!』
『下馬評ではルイーサ・テラグリエン選手一強でしたが、覆りましたね!』
『これだから七星武界魔錬闘覇は楽しいということですわい!』
『さあさあ! 両者の健闘をみなで祈りましょう! それでは! 少女の部決勝! おねがいしまーーーーーーす!!』
会場が揺れた。それほどの盛り上がりだ。
「それではご両者……始めい!!」
審判が手を振り下ろしつつ、すぐに下がる。
それと同時に、両者が魔法を放つ。
「≪ファイアメガシュート≫!」
「≪アースブロック≫!」
初手は互いにけん制。火球と土塊がぶつかって、派手に煙を舞わせる。
同時に彼女たちは動き、時計回りに移動。
考えていることは同じだ。煙を利用して側面に回ろうという作戦。
走る速度もほぼ同等だから、位置関係は変わらない。
再び魔法の応酬。
初手も二撃目も互角か。
『両者一歩も引かず! まったくの互角だーーーーーー!』
『威力、精度ともに申し分ないですぞ! これでまだ十五歳とは……いやはや、末恐ろしいですわい!』
大火球と大土塊のぶつかりあいは見た目も派手だから、観客受けはいいだろうね。
ただ、試合の内容で言えば、決め手がない。
勝負を傾けるには、変化が必要だ。
「あーもうめんどうだわ」
ルイーサ・テラグリエンが、大きく息を吐く。
両の手のひらを地面に向け、発動。
「≪アースピラー≫!!」
地面が揺れる。
バトルコートの床を突き破り、土杭が飛び出した。
すさまじい数と広範囲に渡る魔法。
本来、一本から二本の杭を出現させる魔法のはずが、とてつもない規模だ。
『これはああああああ! なんたる魔法! 審判は避けてえええええ!』
『無差別にして広範囲! 決めに来ましたぞ!』
解説役のマルセル・ノスケー元子爵の目は鋭い。
広範囲かつ強力な魔法で足を止め、視界をふさぎ、相手の動きに応じて撃ち落とす。
他者を寄せ付けない圧倒的魔力量と技術で押すのはとうぜんだ。
でも、まだ早い。
なにせ相手はウチのヴィクトリアなのだから。
『と……跳んだーーーーーーーーーーー!』
『人間があれほど跳べるとは!』
ヴィクトリアの大ジャンプ。おそらく≪ドラゴンフライ≫を限定発動したのだろう。
だが、ただ跳んだのでは無防備すぎる。
とうぜんのようにルイーサ・テラグリエンが迎撃の≪アースブロック≫を発動。
しかし、それもヴィクトリアは読み切っている。
彼女は跳ぶと同時に大きく息を吸い込み、放たれた≪アースブロック≫に対し≪シャウトメガダウン≫を撃つ。
「なっ……!?」
上空から来る衝撃波が≪アースブロック≫もろとも、ルイーサ・テラグリエンを襲った。
大したダメージではないだろうが、わずかに体勢が崩れる。
「≪ファイアメガボール≫!」
着地と同時に五つの火球を一挙に放出。
ルイーサ・テラグリエンは回避を選択したが、それは間違いだ。
≪ファイアメガボール≫はある程度の距離を追尾する。
一つ一つは≪ファイアメガシュート≫と比べものにならない小さな威力だが、有利を取るには十分。
『おーーーーーっとぉ! ここでヴィクトリア選手の火球がヒットーーーー!』
『決めきれなかった隙を突かれましたな! 形勢は逆転ですぞ!』
今度はヴィクトリアが追い詰める番だ。
ルイーサ・テラグリエンは障壁が間に合わず、後退。
勝負は決まったかに見えた。
「ふぅ……≪アースバウンド≫!!」
初めて聞く魔法だった。
地面が波打つように動き出し、周囲を丸ごと突き上げて、そのまま沈む。
しかしヴィクトリアは態勢を崩しながらも≪ファイアメガシュート≫を撃った。
大火球は当たらず、ルイーサ・テラグリエンの近くに着弾。
激しい炎が巻き起こり、大量の土煙を巻き上げる。
『見えないっ! 土煙が両者の姿を隠しているぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』
『おお! あのような状態でも撃ちあっているようですぞ!』
土煙の中で衝撃が発生していた。
かなり近い距離で撃ちあっていると見える。
一瞬、土煙のすき間からルイーサ・テラグリエンの姿が確認できた。
そこで俺は思考停止に陥る。
見間違いか?
いまのは、なんだ?




