ナイトオブザナイト 11 闇に近づく
アンヘル嬢に全員の目が集まっている。
ラナやグレイメンさんでも集められなかった情報だ。心して聞こう。
「わたしが、ラルス・ウルヴァンのことを聞くと、少し悲しそうな顔をしながらも話してくれました」
「つまり、元子爵の知り合い?」
「そうではありません。マルセル様が知っているのはあくまでもウルヴァン家のことなんだそうです」
アンヘル嬢の話を黙って聞く。
ウルヴァン家、という貴族がかつてラグナにいたそうだ。
しかし、その時の当主が罪を犯したことで、お家は取り潰し。一族は国外へ追放となった。
「マルセル様がまだ少年だった時、お祖父様が教えてくれたそうなのです」
マルセル・ノスケーは、祖父が病床に伏したため面倒を見ていたそうなのだが、亡くなる少し前にウルヴァン家の名が出た。
「ウルヴァン家の若い当主がすごく優秀で、戦で手柄を立てて出世したんですが、それが原因で高慢になって、道を踏み外してしまったと。それを止められなかったのが、唯一の心残りなのだと言っていたそうで」
ノスケー元子爵の祖父は、そのウルヴァン家の当主と懇意にしていた。
目をかけていたからこそ、悔やまれるといったところか。
「マルセル様は選手のリストにウルヴァンの名があるのを見つけて、まさか、と思ったそうです」
「その人って、なぜ大会に来たのでしょうか。狙いがあるんですよね?」
アミールが口にする。
「アミールはどう思う?」
逆に聞いてみた。彼にはただ聞くのではなく、自分で考えてほしいと思う。きっとそれが成長につながるのだ。
「……そう、ですね……はい、大会で勝つことで、一族の汚名を雪ぐ……というのは」
「うん、俺もそう思うよ」
お披露目の時に会話した感じでは、そうだった。
優勝を目指していると、はっきり口にしていたんだ。
「でも、それを踏まえると、少しおかしいことがある。なんだかわかるかな」
「え……っと、うーん……」
「焦る必要はない。ラルス・ウルヴァンがどうやって出場できたのかを考えればいい」
「あ! 招待選手……」
気づいたみたいだ。
何人かのメンバーから、おー、という感嘆が出る。
「そう。罪を犯し、追放された家名の人間が、ラグナの貴族から招待されてる」
どこの貴族も面目を優先する。貴族はネームバリューをとことん大事にする生き物だ。
それが誇りとなり、高潔さにつながる。本来は。
だから、汚名を背負う元貴族となんて手を組むはずがない。
室内がざわざわし始めた。
ラルス・ウルヴァンという男に、なにかあるかもしれないと、誰もが思っている。
「クロードさんはどう思いますか? ついこの前まで大貴族の一員でしたし、意見をうかがいたい」
「僕などの意見なんて、とても」
「遠慮はいりませんよ。俺たちは仲間で、家族みたいなもんです」
「……では、言わせていただきます。かつて汚名を受けた貴族が復帰することはまずありません。特にティール家は質実剛健でしたから、それこそ、大戦争で敵司令官を討ち取るくらいのことをしなければならないでしょうね」
それって、不可能って話だな。
「親の罪を子が負うというのは、馬鹿馬鹿しい話です。ですが、それほどに貴族の国外追放というのは、不名誉にすぎる話。先祖累々に続く家名を汚し、主君に背いた罪は、ずっと消えない」
しかし、ラルス・ウルヴァンはどこかの家に招待されている。
今回の件を関係があるかどうかはまだわからないんだけど、もしも、俺たちの知らない闇の中に、恐ろしいものが潜んでいたとしたら、どうかな。
「シン……じゃなかった。アーニーズさんはどう思うのよ。ていうかもう面倒なんですけど、その名前」
ミューズさんは半ば呆れている様子。でも、だめだ。ラグナにいるかぎり、アーニーズ・シントラーでいく。
「懸念していることが一つ」
「それは……?」
「マスター、ご教授を」
オーギュスト・ランフォーファーの存在だ。
ヤツはどこかの貴族に脱走を手助けされ、この国に潜伏した。
その目的はモンスター料理を出させること。
しかし、ヤツの脱走を手引きしたのは饗団の連中だという。
ラグナの貴族がつながっている饗団にオーギュストランフォーファーの脱走を依頼し、公国まで連れて来る。その貴族はおぞましい料理人に隠れ家と台所、そして食材を提供した。
「ええと、どういうことなの? ハイマス、わかりやすく言ってよ」
リーアがうんうんうなってる。
簡単に言おうか。
「要は、黒幕の貴族と、モンスター料理を食べた選手が饗団の一員だってこと」
「えっ!?」
「マジかよ」
テイラー夫妻が驚きの声を出した。
他のみんなもだいたいそんな様子。
ディジアさんとイリアさんは、俺の寄りかかっておねむだ。
今日はいっぱい動いて疲れたんだろう。そっとしておく。
「目的はおそらく【神格】だ。いまこの国には【神格】神火アグニ、【神格】神水ダイダル、【神格】神土ガイア―に加え、まだ所有者のいない【神格】神風エルウィンがある」
「で、でもぉ、さすがにジンク様から奪えないですぅ」
「そこが問題なんだよな」
【神格】の所有者に戦いを挑むなど、無謀だ。勝ち目などほぼない。しかもそれが三人。まず無理。天地がひっくり返っても、ない。
だが、もしも……
予想だにしていないものがあるとしたら、どうだろう。
おじい様、叔父上、叔母上を封じめられるような『なにか』があったら?
考え得る最悪の展開のことは、まだ言わない。
思い過ごしであればいいと思う。
「引き続き、ラルス・ウルヴァンの動向を探ろう。並行して他の選手のこともだ。油断はいっさいできない。みんな、心の準備だけはしっかりとおねがい」
明日は五つの部門の優勝者が決まる。ラルス・ウルヴァンの出番はそのあと、最終日に行われる『成人男子の部』だ。
それまでにできるだけ有用な情報が欲しい。
「それと、『狂い笑い』ランパートのことも改めて調べていく」
まったく尻尾が掴めないでいるのが不気味だ。
トライアド山で倒しきれなかったことがよりいっそう悔やまれる。
大会は佳境。
仕事も欠片が集まってきた。
あとはきっかけ。ささいなものでいい。真実へと至るきっかけが必要だ。
「明日から慌ただしくなりそうだけど、よろしく頼む」
今夜はこれで解散。
ゆっくりと体を休めてほしいと思う。
★★★★★★
それから、だいぶ夜も更けてきたので、アンヘル嬢を家まで送り届けることにした。
街灯がいっぱいあるから、夜でも暗くない。
道行く人とすれ違う。
やたらとカップルが多いのはなんでだろうか。
「アーニーズさん、別に一人でもだいじょうぶですよ」
「そうは言っても、初めて会った時はからまれていたでしょう」
「……」
彼女は恥ずかしそうにうつむいてしまった。
そのまま歩き続けていると、アンヘル嬢が思い立ったように話を始める。
「冒険者の収入ってどのくらいなんですか?」
急にどうした。
「ラグナにはあまりいませんし、知りたくて」
メインの仕事によってだいぶ違うんだよな。
たとえば、傭兵稼業だったり、モンスター退治だったりは、けっこう高い。
一番は賞金首退治なんだけど、なんて答えたらいいだろう。
「いちおう、中堅とされるゴールド級冒険者だと、年で400から500万アーサルって言われてますね」
ゴールド級冒険者は数が多いから、統計が取りやすいんだと。
「アーニーズさんは?」
俺か。
去年はなんかとんでもない税金を納めたような。
計算はだいたいミューズさんにやってもらっていたから、細かいところまでは確認していなかった。
「どうしてそんなことを?」
「あ、すみません。ぶしつけでしたね」
「いえ、別にいいんですけど」
「作品にはリアリティがどうしても必要ですし、ちょっと気になって」
作家を目指しているんだったか。
ならば協力は惜しまない。
「去年は大仕事が続いたこともあって、たしか年収が――」
「へ?」
教えたら固まった。
「超高額賞金首を四人くらい捕まえたかな? それで額が跳ねあがってしまったんです」
「……ぜんぜん参考にならないです!」
なんかひどい。
「基本、冒険者の収入は安定しません。今のご時世だからこそ、稼げています」
これはよく新聞などでも取り上げられていることだ。
大戦で疲弊した各国は、本来なら憲兵や軍がやるような仕事をできないでいる。
そこを俺たち冒険者が肩代わりしているというわけ。
あとは、貴重な人材を危険な仕事に当てたくない企業なんかが、冒険者に依頼する。
悪く言うと、使い捨ての利く便利な存在と言ってもいい。
そこまで話すと、アンヘル嬢はしきりにうなずいていた。
「経済の事情とかもちゃんと網羅すべき……」
ぶつぶつ言ってるな。
「アンヘル嬢はなぜ作家を目指しているんですか?」
「わたしですか? 理由はたくさんありますね。読むのが好きだし、歌劇だって好きです」
「そうだったのですか」
ウチだと、ダイアナがよく本を読んでると思う。
「あとはそう、現実逃避ですね。あ、でも別に現実が嫌なわけじゃないんですよ。うーん、やっぱり嫌かも。いやでも……」
どっちだ。
「漠然としてますけど……なにかを変えたいって、思うんです。書いたり、読んでもらったりしたら、変わるかもしれない」
自分を変えるのは、勇気がいることだろう。
俺はどうだった?
十歳から変わらざるを得ない状況が続いたけど、昔と比べて、自分はどうなったかな?
「着きましたね。ありがとうございました」
「いえ、礼を言われるようなことでは」
アンヘル嬢と別れ、帰路につく。
戻ったら、ゆっくり休もう。
きっと明日からまた忙しくなる。




