セブンスターズマジックバトル『ラプソディ』11 アリステラの躍動
『さあ! 盛り上がってまいりました『成人女子の部』! 舞うのは花か蝶か! 美しき魔法士たちの狂宴んんんんんん! 二試合目はあああああ! かつてラグナ六家をもしのぐと言われた大魔法士! エッカルト・アルトナーの血を継ぐ者! ステラ・アルトナー選手の登場だーーーーーーーー!!』
実況の、張り裂けんばかりに響き渡る大声に観客が呼応する。
西側出入り口から現れたのは、長身の美女。胸まで伸ばしたブラウンの髪を風になびかせ、颯爽と登場。
『対するは公国外からやって来た森人の美姫! 招待選手アリステラ・フィオーネ・シルフガルダ選手ーーーーーーーーー!!』
お、アリステラに対する歓声もけっこうすごい。
『いったいどんな魔法戦を見せてくれるのかああああああ! 刮目して見よ!』
にらみ合う両者。なにか言い合ってるように見えるけど、ここまでは聞こえない。
そして互いに距離をとってから、開始の笛が鳴る。
刹那――
『おーーーーーーっと! 速い! 速ーーーーーーーい! アリステラ選手! 高速移動だーーーーーーーーーー!』
アリステラがしかけた。
対するステラ・アルトナーは氷の粒を生み出し、散弾として飛ばす。
しかし――
『当たった!? いや……違うぞこれは! 分身!?』
氷のつぶてはアリステラに命中した、かに見えた。
当たって砕けたのは、水の分身。
水属性魔法の上級≪アクアダブル≫だ。
「驚いたな」
さすがに舌を巻く。
コントロールが非常に難しい≪アクアダブル≫を走りながら使うか。
本体は急激に走る角度を変え、ステラ・アルトナーへ直進する。
アリステラは初っ端から全開だ。
「くっ……≪アイスウォール≫!!」
≪アイスシールド≫ではなく、≪アイスウォール≫。発動までが速い。
障壁にしなかったのは、距離を取りたかったからだろう。
氷の壁が両者の間に出現し、動きが止まった。
氷魔法は土魔法に次ぐ硬さを誇る。簡単には破れない。
だが、アリステラは息を整え、両手を合わせて、真っすぐに伸ばす。
「≪アクアランス≫」
もっとも威力のある≪アクアランス≫を発動。しかし、すぐには発射しない。
「……≪ピアース≫」
これはかなり上級の技術。≪アクアランス≫を細く鋭くして貫通力を高めたもの。まさに水の一滴は岩をも穿つってやつだ。
「なっ……!?」
≪アクアランス・ピアース≫は氷の壁を貫き、ステラ・アルトナーの頬をかすめた。
壁が意味をなさないと判断し、彼女はそれをそのまま炸裂させることで、攻撃へと流用する。これもかなりの難度。守りであるはずの氷の壁をあえて砕き、散弾としたのだ。
「いない……ですって!?」
アリステラの姿はもうない。ステラ・アルトナーはアリステラを完全に見失っていた。
「ど、どこ……? 上っ!?」
気づいた時にはもう遅い。アリステラは天高く跳躍し、魔法を発射寸前だ。
「≪アクアラッシュ≫」
硬く凝縮された水球の怒涛が、ステラ・アルトナーに向けて放たれる。
かろうじて展開された≪アイスシールド≫ではあったが、三発目の水球を受けた時点で破壊され、あとはもう説明する必要がなかった。
『アルトナー選手! ダーーーーーーーーーーウン! 終わったか? 終わったのかあああああああああああ!!』
倒れ込むステラ・アルトナー選手の元に審判が駆け寄り、様子を見る。
そして、高く挙げられた両腕はバツの字を示した。
『決着ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! アリステラ・フィオーネ・シルフガルダ選手! ベストエイト進出ぅぅぅぅぅぅぅ!』
すさまじいどよめきが観客席を覆った。
≪アクアダブル≫から相手選手の超速≪アイスウォール≫。それを打ち破る≪アクアランス・ピアース≫と、とどめの≪アクアラッシュ≫。上級魔法のオンパレード。俺だってびっくり。
「アーニーズ……君の仲間はすごいな。とんでもない身体能力だ」
ベルノルトさんは眼鏡の奥の目を白黒させていた。
「たしかにアリステラの敏捷性はピカイチですが、それだけじゃないですよ」
「というと?」
「≪アクアランス・ピアース≫のあと、彼女は≪ウインドボム≫を発動して、爆風に乗っかる形で飛びました。ステラ・アルトナー選手もかなりの使い手でしたけど、読み負けましたね」
「すまない。どういうことか教えてくれないか」
あの時、アリステラは硬い氷の壁を貫いた。相手からしたら、もはや壁は意味をなさず、好きにさせるのは不利と悟り、前面を広くカバーする散弾を放つ。
しかしアリステラはそれを読み、≪ウインドボム≫を使って大跳躍。空からの≪アクアラッシュ≫で終わり、というわけ。
「ステラ・アルトナー選手はアリステラの火力を警戒し、前に集中しすぎた。加えて自分の作った氷壁も視界を邪魔してしまった。それが敗因です」
「なんと……」
ベルノルトさんの眼鏡がずり落ちそうになっている。
勝ち名乗りを受けたアリステラは余裕を感じさせる足取りで東出入り口へと向かった。そこで出てきたラナとハイタッチを交わす。
今日はラナが彼女のセコンドについている。俺がつこうとしたんだけど、恥ずかしいからやだ、と言われた。
「昨日のヴィクトリア・ドラグリアといい、なんなんだ君たちは」
「そうは言っても、実力差はそこまで変わらないと思いますよ」
「しかし、レディ・アルトナーは負けた。完璧に読み負けただろう。それはなぜなんだ」
「経験の差です」
ステラ・アルトナー選手は二十歳かそこらに見えた。だとすると十一年前の大戦には参加していないはず。
大戦以来、目立った戦はなく、実戦の経験を積みたくとも積めない状況だと思う。
そこをいくとアリステラは現役バリバリの冒険者であり、ミスリル級トリプルの凄腕。俺と出会ってからの二年近くで幾多の死闘をくぐり抜けてきた。
「経験は反射的思考を生み出し、昇華する」
「反射的……思考?」
「実戦では、『見て』から『考え』、『動いて』いたのでは、やられる。経験はそれらを研ぎ澄まし、『見る』『考える』『動く』を一つにすることが可能だ」
「……そんなことが」
俺だってそううまくはできない。ようするにまだまだ経験が足りないんだ。
「少し大げさですけど、そんな感じです」
「……」
ベルノルトさんは考えこみ、俺の言葉を聞いていないようだった。
なにか掴んだのかな。そっとしておいたほうがいいか。
『成人女子の部』は滞りなく進んでゆき、試合はどんどん消化されていった。
全ての試合を見てみたが、やはりテラグリエン家三姉妹の長女ローザリンデの強さは図抜けている。
群を抜く身体能力に、底の見えない魔力量。土属性魔法の熟練度もなかなかのものだった。
そして二回戦。トップエイトの戦いだ。
ここまでくるともうかなりの猛者しかいない。
そんな中でアリステラは躍動した。
二回戦の相手はそうとう強かったが、なんとか勝利。ベストフォーに進出となる。
『少女の部』のヴィクトリアに続き、アリステラも上位か。
まさに前代未聞の出来事。公国外の招待選手が二人もベストフォーだなんて、誰も予想していなかったろう。
「腕を上げてる。予想以上だ」
先のモンスターウォーズを生き抜いたことで、また一段力を増したのは間違いない。
いったいどこまで成長するのか、想像できないくらいだ。
大歓声がずっと鳴り響いてる。そろそろ耳が痛くなってきたところ。
『成人女子の部』は華がある。それは誰もが感じていることだろう。
「ベルノルトさん、そろそろ出番ですよ」
「……」
「ベルノルトさん?」
「あ、ああ。すまない。準備運動をしなくては」
彼は一試合目か二試合目だ。すぐに始まってしまう。
「緊張しているのですか?」
「まあ、そうなんだが……」
様子がおかしいけど、だいじょうぶか?
「相手はライヒェナウ先輩だ。勝てるはずのない試合……」
「そう気負わずに。強いといっても、ほとんど歳は同じなのだし」
「君というヤツは」
おや? 雰囲気がずいぶんと違う。
にじみ出る魔力も流れが静かで、それでいて内はたかぶっているように見えた。
「武運を」
「お互いにな」
拳を突き合わせ、健闘を祈る。
これより『少年の部・ハイクラス』が始まるのであった。




