ナイトオブザナイト 7 ザッケルという男
膝から崩れ落ちるオーギュスト・ランフォーファー。
我を失っていたヤツは、なにかを思い出したように俺をにらみつけた。
「ありえない! なにかしたな! 私の素材に細工を……」
「俺は普通に料理をしただけだ」
「素人に負けるはずがない! 私は……私は至高の料理人! イロハも知らない若造などにっ!」
負けたことがそんなに意外らしい。
「俺は冒険者だ。料理のプロに真正面から挑んで勝てるはずないだろう」
「や、やはりなにか細工を!」
「違う、そうじゃない。料理以外のところで工夫をした」
「なに……?」
説明してやる義理はない。しかしこのままでは話が進まない。
「状況と時間、順番だよ」
いまは夕食時だ。ザッケルさんは包丁を買いにきたし、アンヘル嬢は捕まっていたから腹が減っていたはず。
空腹極まりない二人に、俺のサンドイッチを先に食べさせることで腹を満たす。
オーギュスト・ランフォーファーの料理がいかに美味かろうとも、腹が満たされた人間をさらに満足させるのは難しいだろうと思った。
「空腹は最大のスパイスって、どこかで聞いたことがある。これが状況と時間と順番だよ」
実はもう一つあるんだけど、それは言わないでおこう。
「……ぐう」
ぐうの音が出たところで、話を聞くことにする。
「オーギュスト・ランフォーファー、おまえは饗団の人間なのか?」
「……違う」
ザッケルさんと同じ答えだった。
「だが、おまえを脱走させたのは饗団の人間だろう?」
「そうだ。しかしそれは、私の料理を欲する者が依頼した」
つまり、こいつの顧客が料理食べたさに脱走させたということか。
「で、それは誰だ」
「私は……料理人だ。客を売るような真似はできない」
「おまえの本にあった貴族は?」
オーギュスト・ランフォーファーの書いた本に載っていた名前について聞く。
ヤツはなにもしゃべらなかった。
「ただ料理を食べたいだけで、犯罪者を脱走させるだなんてリスクを冒すとは思えない。なにが狙いなんだ」
「……」
「答えれば包丁は返してやる」
もともと俺のものじゃないからね。
「名は言えない。しかしなにをする気なのかは……教えよう。私の包丁を返してくれ」
取り出した包丁かばんを投げ渡す。
ヤツはため息をついてから、話しはじめた。
「モンスター料理だよ」
「それになんの意味がある」
「忘れたのか? 私の料理は魔人を作り出す。七星武界魔錬闘覇に出場する何人かの者に振舞ったのだ」
話が進んだな。
モンスターの力を取り込んだ魔法士が大会にまぎれているわけだ。
そいつらは饗団とつるみ、なにかを狙っている。
怪しい人物を出場選手に絞れたのはかなりの進展だろう。
「最後に聞く。名前を言うつもりはないんだな?」
「死んでも言わん。君も冒険者なら……わかるはずだ」
クライアントの情報は明かさない。
こいつは元冒険者で料理人。顧客を売ることはしない。
おそらく、それはオーギュスト・ランフォーファーが人間であるための、最後の一線なんだろうと思う。
「これから連行する。おとなしくついてこい」
「……」
うなだれるヤツに背を向け、歩き出す。
「……くっ……おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
オーギュスト・ランフォーファーは叫びを上げた。
見なくてもわかる。立ち上がり、包丁を振り上げていることだろう。
無駄だ。
俺は、一人じゃない。
「あ……危ないです! ≪アクアボール≫!」
「≪闇衝撃≫!」
「行って! わたしの剣たち!」
ヤツはディジアさんとイリアさんの強烈かつ素早い魔法をくらう。ついでにアンヘル嬢の≪アクアボール≫もだ。
オーギュスト・ランフォーファーは吹き飛び、床に転がった。
もはや意識はなく、完全に沈黙。
「ありがとうございます。三人とも」
「背を向けるなんて危ないですよ」
「いいえ、アンヘル嬢。ヤツは最後まで逃げる算段をしていました。だからあえてああしたんです」
「えっと……つまり、わざと襲ってくるように……?」
「きっと、俺さえやれれば逃げられると考えたはずだ。でもそれは大間違い。ディジアさんとイリアさんは俺より強いかもしれない魔法士です」
「そうなの……?」
オーギュスト・ランフォーファーを棚にあったロープでがんじがらめにし、≪次元ノ断裂≫で作った穴に放り込んだ。
「ところでザッケルさん」
振り向くと彼はびくりとした。
「いちおう礼は言っておきますよ。俺を勝たせましたよね?」
「なんだよ。気づいていたんか」
料理勝負に勝てたのは、俺の作ったものの方がうまかったからではない。
「アンヘル嬢は初めから俺の料理に票を入れるつもりだったでしょ?」
「それはそうですよ。アーニーズさんの味方ですし」
「ザッケルさんはそれを見てから、俺のほうに味方した。あなたはオーギュスト・ランフォーファーを勝たせるつもりなんてなかったわけだ」
「ま、まあ、そうだが、なんでわかったんだ」
ザッケルさんは以前、ヤツの手下でありながらも、俺たちを地下室へ通した。
完全な仲間ではないと考えたのだ。
今回もそう。長いものには巻かれるとか言っていたし、すでに詰んでいたオーギュスト・ランフォーファーには味方しないと確信していた。
だからこそ、料理勝負を受けたのだ。
説明すると、ザッケルさんとアンヘルは言葉を失っていた。
「なんだかお腹がすいてきました」
「わたしもー」
「目的は果たしましたし、帰りましょうか。だけどもうちょっとだけ待ってください」
オーギュスト・ランフォーファーのことはもう終わった。あとはザッケルさんのことだ。
「ザッケルさん、借りができたので今回は見逃します。足を洗って普通に仕事をしてください」
彼はほっと胸を撫でおろす。
「ところで、改めて聞きたいのですが、どうしてオーギュスト・ランフォーファーに協力を?」
「前にも言っただろ? 命の恩人なんだよ」
「一緒にいただけでかなりの危険度です。そこまでの恩なのですか?」
「まあな。おれは元冒険者だったんだが、あぶねえ仕事に手を出して嫁さんを殺された」
なんということだ。
「殺したのは……けっこうな金持ちの悪党でよ。復讐しに行ったんだが返り討ち。逆に殺されそうになったところをオーギュストの旦那が助けてくれたのさ。それどころか、復讐を手伝ってくれた」
そんな過去があるとは思いもしない。
「仇は討てた……けど、おれは殺しで捕まって牢にぶち込まれたんだよ。嫁を殺されたっていう事情もあったから死刑は免れたが、冒険者には二度と戻れねえ」
「それが協力する理由か」
「だが、それから旦那はどんどんおかしくなっていって、ついにはあんたに捕まった。もう十分に恩は返したしな。ここらが潮時さ」
どことなく寂しそうだった。
「すぐにラグナ公国から離れるように。それと」
「そ、それと?」
「もしもなにか困ったことがあったらウチのギルドに来てください。フォールンの『Sword and Magic of Time』です」
この人、どこか憎めないんだよね。
悪事に加担しないのなら、倒す必要もない。
「だけど、アンヘル嬢には謝るように」
「拉致したのはおれじゃあねえんだけど……」
「いま、なんと?」
「いや! すまなかった! 嬢ちゃん! もう二度としねえ!」
「あ、はい」
彼女はさっぱりとした反応だった。もう気にしていないようだ。
「じゃあまずはその腕を治療して、そのあとに家まで送りますね」
「治療なんて、いいですよ」
「だめです。痕が残ったらよくない。≪空間ノ移動≫」
「へ?」
ザッケルさんを残し、ホテルまで空間移動。これでようやく一日が終わったのだった。




