ナイトオブザナイト 5 オーギュスト・ランフォーファーの根城
繁華街を出て歩くこと数十分――
眼前にそびえるのはいまにも崩れ落ちそうな邸宅だ。
「ここだよ。ここにあの人がいる」
ザッケルさんに案内された場所は、公都モナークの外れにある寂れた区画だった。民家が少なく、お店など一つも見えない。
古くて朽ちかけた建物が多くて、人もほとんどいなかった。
美しい街並みを誇る大都市にこんな場所があるなんて思いもしない。
訳ありの人間が隠れ住むにはぴったりだろうよ。
「ここにオーギュストの旦那がいる」
「嘘ではありませんね?」
「嘘じゃねえ! この期に及んで嘘なんてつかねえ!」
古びた大きな邸宅を見上げながら、聞く。
ザッケルさんの顔色は青を通り越して真っ白だった。
「ところであなたはなぜオーギュスト・ランフォーファーに協力するのですか?」
前に会った時も、オーギュスト・ランフォーファーに協力しつつ、俺にも情報を与えた。
生き残るための選択なんだろうけど、それだけなら関わらないほうがいいはずだ。
「前にも言ったろ? あの人は命の恩人なんだ。こええけど憎めねえし、もらえる報酬もいいしな」
「けれどお尋ね者だ。リスクが大きすぎる」
「ヤバい時はとんずらしていいってのが約束だ。だからやってる」
ちょっと面白い関係だと思った。
そんなことが可能なのは、この人の持つ【才能】が要因だと考えられる。
いままでの様子を見るに、相手の危険度を見抜く能力とかそんな感じかな。
ただ、直感だけどほんとうのことは言ってない気がする。あとでもう一度聞いてみようか。
「ディジアさん、イリアさん、行きましょう。気をつけてくださいね」
「わたくしたちに気を遣わないでください」
「シントは前に集中して」
む。
二人とも、だいぶ集中しているな。また頼もしくなった。
ザッケルさんを引きずるようにして、邸宅内へ入り込む。
敵がオーギュスト・ランフォーファーだけとは限らない。
慎重に進もう。
「拉致した女性は?」
「地下室にいる」
「そこにオーギュスト・ランフォーファーも?」
「ああ、そうだ」
おいおい。
もしも前に見たものと同じなら、そこには台所があるはずだ。
「まさか、アンヘル嬢を食う気か?」
オーギュスト・ランフォーファーが人間を料理して食う怪物であることは知っていた。
もしもそうなら、全身全霊で叩き潰してやる。
「さすがにそれはねえ、と言いたいところだが、わからねえ」
「わからない、だと?」
「いひいっ!?」
それをされたらもう許さない。霊子まで燃やし尽くしてやる。
「シント、落ち着きましょう」
「怒るのは今じゃないよ」
深呼吸をして心の乱れを修正する。
たしかにそうだ。
「すみません。いつもとは違う場所なので調子が狂いますね」
ここはラグナ公国。俺にとっては生まれた場所なのに、未知の国だ。
なにが起こるかわからない。落ち着こう。
「案内の続きを。アンヘル嬢が害されていた場合はあなたがどうなるか、わかっていますね?」
「あ、ああ……」
神様どうかおたすけえ、とザッケルさんはつぶやいた。
誰もいない邸宅の廊下を進み、がらくたが積み上がった部屋から、地下への階段を下る。
最初に見えたのは、牢屋だった。
奥にも部屋が見えることから、かなり広い造りの地下なのだろう。
「ここでも牢か。またモンスターを運び入れているんじゃないでしょうね」
「いいや、ここは最初からあったんだ。たぶん、変態趣味の貴族の家なんだろうぜ」
家に地下牢を作るだなんて、どんな趣味だ?
考えただけでもおぞましい。
「次の部屋だ。たぶん、何人かいるはずだから、おれが話すよ」
「わかりました」
ザッケルさんを先頭に奥の部屋へと足を踏み入れる。
またもや牢屋があり、三人の男たちがテーブルを囲んでカードゲームに興じていた。
「あん? ザッケルさんじゃねえか。うしろのは誰だ?」
「旦那が待ってるぜ。包丁はまだかってよー」
呑気なものだ。
会話には口をはさまず、部屋内を見る。
牢屋の一つにアンヘル嬢がいた。
両手を縄でしばられ、口には布だ。
それを見た瞬間、血が沸騰しそうになる。
「なあ、あんたたち、ちょいとその娘を出してくれねえか? 用があんのよ」
「なーに言ってんだ。こいつは味見してから売るんだよ」
「つうか抜け駆けか? ざけんなよ」
もうだめだ。聞いていられない。
「ディジアさん、救出を」
「ええ」
彼女が≪次元ノ闇動≫を発動し、瞬間移動。
アンヘル嬢の背後に移動し、再び≪次元ノ闇動≫でこちら側に戻る。
「なっ……てめえ!」
「ザッケル! 裏切りやがったのか!」
「いや待て! この人らに手を出す――」
「≪魔衝拳≫!!」
ザッケルさんが言葉を言い終えるより早く、飛び出す。
障壁と衝撃を帯びた拳を、男たちの顔面へ突き刺した。
乱れ飛ぶ血と歯。しばらくは起き上がれないだろう。
「なあっ!」
ザッケルさんはその場に尻もちをついた。
「一瞬かい……」
彼らの面を拝んでいるのは限界だったから、速攻で倒した。それだけ。
「アンヘル嬢、だいじょうぶですか?」
猿ぐつわを外して、話しかける。
彼女はこくこくとうなずきながら、安心したようだった。
「危ないと言ったでしょう」
「だって、気になったんですもの」
「だめです。言うことを聞きなさい」
「そうだよ! 腕だってほら!」
イリアさんが縄を外すと、彼女の手首には痛々しい跡が残っているの見えた。
「この子たち……すごくカワイイですね。ウチで働かない? 人気出ると思う」
なに言ってんのこの人。緊張感が破壊されたんですけど。
「もうこれ以上は首を突っ込まないでください。店まで送ります」
「待って! いっしょに……」
俺のマントを掴んで離さない。
「ここまで来て真相がわからないなんて、ひどいです!」
ひどくないよ。なんてわがままなんだ。
「足手まといにはなりませんから、おねがい、アーニーズさん」
さて、どうしようか。
彼女は祈るような仕草で、こちらを見上げてくる。
今日はだいぶまつ毛が長いな。髪は三つ編みで可愛らしい。最初に日は綺麗なお姉さんで、二回目はいいとこの令嬢って感じで、今日は例えるなら村の美少女ってところか。他にもバリエーションがあるのかな。
考えてみればここまで来れたのはアンヘル嬢のおかげだ。
少々不安もあるが、しかたない。
「わかりました。ですが、指示には従ってください」
「はーい」
嬉しそうだな。
「ん」
「むー」
そんな彼女をディジアさんとイリアさんが疑問の目で見ている。
ますます調子が狂いそうだった。
「ザッケルさん、オーギュスト・ランフォーファーの元に案内を」
「……あ、いや、おれはここまでで――」
「だめです。案内を。同じことはもう言いません」
「わかった! わかったから魔力を当てないで!」
この人、魔力への感受性が高いようだ。
「さあ、立って。行きますよ」
ザッケルさんを無理やり立たせ、案内を続行させる。
地下室は思ったよりもだいぶ広く、いくつもの部屋と廊下を抜けた。
香ばしい匂いが漂ってくる。
ジュージューとした音もだ。
どうやら、調理中みたいだな。
そしてたどり着いた一番奥の部屋にいたのは、こちらに背を向けてナベを振るオーギュスト・ランフォーファーだった。
「旦那」
「ザッケルか? まあ待て。いま出来上がるところだ」
「いや、旦那」
「包丁は首尾よく手に入ったか?」
「いちおうは持って来た。それと、旦那に客だ」
「なに?」
ここでヤツが振り向く。
「……誰だ?」
「忘れたのか? オーギュスト・ランフォーファー」
「忘れるもなにも、そんな黒兜を着けた男など、私は知らないが」
長身で細目の男、オーギュスト・ランフォーファーが俺をにらみつける。
「フォールンでおまえを捕まえた男と言えばわかるだろう」
「……君か。顔を隠しているから、わからなかったよ」
「地下でおまえの隠し部屋を見つけた。そこで包丁を回収しておいたよ」
「そうか。では返してくれたまえ」
ただでは返さない。
「教えてくれたら返してもいい」
「なにをだ?」
「饗団との関係。それと、おまえがつながっているラグナの貴族の名前だ」
「多いな。一つにしてくれ」
「包丁は三本あったから、三つ答えてもらう」
オーギュスト・ランフォーファーの肉体から闘気がにじみ出る。
やる気か。
「答えてくれないのなら、もう一度捕まえるまで。ラグナの先々代に引き渡す」
魔法の発動体勢に入る。
しかし、ヤツは両手を挙げた。
「おっとぉ! 私はただの料理人だ。君とは戦わない」
「俺の友達を拉致しておいて、そんな道理は通じない」
「それは誤解だ。私はどうしてもアダマン製の包丁を欲しかった。彼女を拉致したのはあくまでも保険さ」
ふざけるなよ。
「まあ待て。そんなに捕まえたいのなら、勝負といこう」
「なんの勝負だ?」
「決まっている。料理勝負だ!」
料理勝負……?
どゆこと?




