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お忍び大公

 七星武界魔錬闘覇しちせいぶかいまれんとうはの三日目。

 国内はもとより、大陸の各地からたくさんの観光客が訪れ、大会は本家の予想よりも大きくにぎわっていると言えた。


 予選会場はどこもほぼ満席。立ち見の観戦客も多い。

 そんな中、くすんだ茶色のローブを見に纏い、フードを深くかぶった男が人の列間を滑りこむようにして移動していた。


(いちおうは成功であるか。人の入りは上々であろう)


 見え隠れする立派なヒゲの持ち主はもちろん、カール・ラグナ。公国を治める大公その人である。


(やはり父上が近くにいないのは、気が休まるのである……)


 ラグナ本家専用席では、先々代のジンク・ラグナがど真ん中で観戦をしており、息が詰まった。

 ときおり【神格】神火アグニをたかぶらせていて、暑苦しくなるのだ。

 なのでカール大公はこうして姿を隠し、一人お忍びで大会の様子を見ているのだった。


 今回は長男のユリスと次男のマールを中心とした本家の関係者に大会の運営を一任している。

 いまのところは順調に進んでおり、落とされた金の額も予想以上とのことだ。

 要するに、カールはあまりすることがなかった。


「ほう、歓声か?」


 すぐ近くの予選会場から歓声が上がる。

 『少年の部・ハイクラス』の会場だった。

 カール大公はなんとなく足を向ける。


「だいぶ盛り上がっているようであるな」


 予選会場の観客席は人でごった返していた。

 今日は予選最終日。本戦出場の選手が決まる。

 各年代のトップ16ともなれば、それはまさに栄光。眼下で行われる試合のどの選手も気合いが入っていた。


「おや? あそこにいるのは」


 二階席の最前列に佇む老人。

 カールはその人物を知っていた。


「ノスケー翁? お久しぶりですな」


 声をかけられた老人は、振り向いて眉をひそめる。


「なんと、大公さま。びっくりしましたわい」


 ノスケー子爵家の前当主、マルセル・ノスケーは白髪を揺らして笑った。


「あいかわらずのようですな」

「ええ、それはもう。若き【才能】がぶつかり合う様は見逃せませんわい」


 マルセル老人は公国内で一目置かれる存在だ。

 戦力分析に長け、ジンク・ラグナとともに戦場を生き抜いた男。

 特に伸び盛りの魔法士を見抜く眼には定評があり、事実として彼は多くの若手魔法士を推挙し、役に就いた者はみな活躍している。


「隣で観戦しても?」

「どうぞどうぞ」

「翁の眼鏡にかなう少年はおりますかな?」


 カールとしても気になるところだ。マルセル老人の魔法士を見る目は公国でも一番だと知っているのだった。


「少年の部・ハイクラスではやはりクロナグラ家の坊ちゃんでしょうなあ。抜きんでておりますゆえ」


 マリウス・クロナグラは先々代が作った『十天魔』と呼ばれる最精鋭の部隊に15歳で選ばれた。同世代では最強という評判だ。

 カールからすると、母の甥の息子にあたるため、近しい親戚でもあった。


「それと、テラグリエンの次男坊もなかなかやりますわい」


 ローラント・テラグリエンもまた国立マジックアカデミーの首席。

 次代のエースと目されている。


「そのどちらかが優勝で?」

「そう思っていたのですが、わからなくなりましてな。まったく……ふふふ……これだから七星武界魔錬闘覇は面白い。若き【才能】が開花する瞬間を見る悦は……なにものにも代えられんですわい」


 老人が肩を動かして不気味に笑う。

 カール大公としても聞き捨てならない話だ。


「隠れた逸材が?」

「ええ、その通り。そろそろ出番ですぞ」


 第16ブロックの予選決勝が始まろうとしている。

 出てきた選手を見て、大公はヒゲを撫でた。


「あれは……いったい」


 まずかっこうがおかしい。

 全身黒づくめ。マントを風になびかせ、頭部はフルフェイス兜だ。


「アーニーズ・シントラー。今回のダークホース……いや、もっと違うすさまじきもの」

「アーニーズ・シントラー……?」


 聞き間違いだろうか、とカールは黒づくめの少年を見た。顔を隠しているから、誰かはわからない。


(いや……待て。アーニーズ・シントラーだと? どこからどう考えてもシントでは……? だが、あやつが公国に戻るわけもない)


 さすがにあり得ぬ、と心の中でつぶやいた大公だったが、それにしては名前がふざけている。偽名だとしたら隠す気があるとは思えなかった。


「あの者、まったく底が見えぬのです。いったいどこに隠れておったのやら」


 カールは返事ができなかった。

 アーニーズ・シントラーなる謎の少年に目が釘付けだ。


 そして第16ブロックの予選決勝が始まる。

 アーニーズ・シントラーの相手は、アルラグナル家と姻戚関係にあるアルデンヌ伯爵家の長男で、高いレベルの秀才と言われている少年。名をパウルといった。


「予選からして名勝負になるかもしれませんな。見逃せませんぞ」


 始まりの合図とともに、両者が動く。

 赤みがかったブラウンの髪をした美少年パウルが小手調べとばかりに、≪ファイアアロー≫を連射。

 しかし――


「全てかわした!?」


 アーニーズ・シントラーはまるで来る場所がわかっていたかのように位置を変え、やり過ごす。


(もしもアレがシントならば……これで終わりか)


 カール・ラグナが心の中でつぶやいた通りになる。

 黒づくめの少年は大きな魔力弾を撃つ。障壁では防ぎきれないと判断したパウル少年は、それを紙一重で避ける。

 だがそこに待っていたのは、すでにして狙撃態勢に入っていたアーニーズ・シントラーであった。


 狙いすました鋭い魔力弾が、パウル少年のみぞおちにクリーンヒット。

 彼は悶絶し、その場に崩れ落ちる。

 勝負ありだ。


(圧倒的なまでの実戦経験からくる未来予測。同世代では相手にならぬのである)


 いい勝負ができるとすれば、マリウス・クロナグラくらいだろう、とカール大公はため息をついた。


「強い……しかし、シントラー家など聞いたことがない。一般家庭の出にしては、慣れすぎていますなあ……まるで、歴戦の魔法士を思わせる……大公さま?」


 マルセル老人が振り向いた時、そこにはもう大公の姿はなかった。



 ★★★★★★



(問い詰めねばならん)


 カール・ラグナは決着がついた瞬間に走り出していた。

 

(あの魔法、間違いなくあやつだ。なにを考えているのか)


 ラグナ公国に帰るのをあれほど嫌がっていたというのに、大会にまで出ている。どういうつもりなのか、知りたかった。

 急ぎ選手の待機部屋へ向かい、逃げられる前に入る。


 件のアーニーズ・シントラーは、席に座って食事をしていた。

 しかもテーブルに乗せられた料理の数が尋常ではない。


「待たれよ、ここは関係者以外立ち入り禁止ですぞ」


 運営の人間と思わしき魔法士が止めに入った。

 カールは少しだけフードを上げ、顔を見せる。


「だ、大公さま……?」

「通してもらうのである」


 少年の部に大公が来るなどと聞いていなかった男性は、固まって動けなくなる。


「シントよ」

「……」


 アーニーズ・シントラーは返事をせず、黙々と食事を続けていた。


「いったいどういうつもりか」

「……」


 ここまで無視されてはさすがの大公も黙ってはいられない。

 肩を掴もうと手を伸ばしたが、腕でブロックされた。


「食事中です。それと俺はそのような名ではありません。お間違えでは?」


 しゃべり方がもろにシントだと思った大公は、水魔法を発動する態勢をとる。

 

「アーニーズ、僕も……勝てたぞ!」

「ベルノルトさん、おめでとうございます」

「君も勝ったようだな。ところでそちらの方は……」


 フードを深くかぶっているせいで、大公だとはバレていない。

 しかし、ベルノルトの登場でなにもできなくなってしまった。


「どうやら取り込み中のようだ。僕はこれで失敬するが……アーニーズ、あとで会わないか?」

「ええ、外で待っていてください」

「ああ、わかった」


 空気を察したベルノルトが去り、二人だけとなる。

 決勝は全て終了しているので、人は残っていないのだった。


「あの魔法、その口調、かっこうの趣味もシントそのものではないか」

「え?」

「私にごまかしは通用せぬ。なぜここにいるのか答えよ」

「カール大公、さっきからなにを言っているのか、わかりませんね」

「いいやだめである。よもや、七星武界魔錬闘覇を潰すつもりか?」


 カールは、シントが追放されたことを根に持ち復讐にきたのではないか、という想像をしていた。


「潰すとしたら、それは俺ではないでしょうね」

「なに?」


 少しも聞き捨てならない言葉だ。


「先々代に聞いてみては? 教えてくれるかは知りませんけど」

「くっ……」


 アーニーズ・シントラーは食事を終えてさっさと立ち去ろうとする。

 とうぜん、カールはあとを追いかけた。


「待つのだ。話は終わっておらぬのである!」

「あー! 大公さまだ! 大公さまがいらっしゃってるううう!」


 背後から肩を掴もうとした瞬間、アーニーズ・シントラーは大声を出す。

 そして偶然にも強い風が吹き、フードがはだけた。

 大公の素顔が晒され、その場にいた多くの人々が、ははー、とひざまずく。


(なんという卑劣な手を……こやつ!)


 さすがに身動きが取れなくなった彼は、素早く去っていくアーニーズ・シントラーを見逃すしかなかった。


(すさまじく嫌な予感がするのである)


 どっと疲れが押し寄せる大公であった。

 

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