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ナイトオブザナイト 3 嬢と猫

 夕食後、出かける準備をして、外に出た。

 ディジアさんとイリアさんはすやすやと寝ているので、起こすのがかわいそうすぎる。

 置いていくの忍びないけど、そっとしておくことにした。


 今回は下におりず、窓からそのまま出る。

 ちゃんと閉めてから、飛翔の魔法により夜の繁華街へと向かうのであった。


「昨日は出会いがあったけど、今日はどうかな」


 アンヘル嬢は面白い人だった。もう会うことはないだろうけど。

 昨夜と同様にお店の屋根へと静かに降り立ち、繁華街の様子をながめる。


 男性の方が圧倒的に多く、ガラが悪いのも混じっていた。

 一方で貴族らしい人物はまずいない。

 ここら辺は一般人御用達ってところか。


 屋根から屋根へ移動し、酔っ払いの揉め事とか、路地裏にたむろする若者たちを見た。

 気になるものはないが――


「あー! シントラーさーん!」


 ん?


「こっちこっちー!」

「まさか、アンヘル嬢?」


 通りから屋根の上の俺に向かって手を振っている。

 隠密で行動していたつもりだったのに、見つかるとは。


 しかたなく彼女の前に降りる。

 髪型や服装は昨日と比べふわりとしていて、少女っぽくなっていた。簡単に言うと、いいとこのお嬢さんって印象。


「よく見つけましたね」

「昨日、屋根から飛び降りてきたみたいだし、上を見てたんです」

「首が痛くなるんじゃ」

「それはもう、痛すぎてマッサージがいります」


 目がいいのか、タイミングの問題か。どちらにせよ侮れない女性だ。


「今日も来るかなーって、思って」

「それはなぜ」

「変な料理人の話です」


 なんだって?

 なにか情報を持っているとでもいうのか。


「場所を変えましょうよ。ウチに来てください」

「それは遠慮します。店長さんにだいぶ警戒されているようですし」

「ママったら、ほんとに疑り深いんだから」


 店長さんの反応が普通だと思う。


「じゃあこっち」

「アンヘル嬢?」


 昨日もそうだけど、行動力あるな。俺が悪人だったらどうするつもりなんだ。

 

「どこに行くのですか?」

「わたしの家」

「それはちょっと」

「だいじょうぶです。一人暮らしじゃありませんから」


 それならいいんだけど。

 連れていかれた場所は細い路地を抜けた先の、入り組んだところだった。

 フォールンの新市街を思わせる建築物の数々。

 どんな街にもこういうところがあるのだろう。


 アンヘル嬢に手を引かれるがままに、小さなアパートの一室へ通される。

 入ってすぐ、生き物と目が合った。


『ナア』

「ミケイ~ ただいま~」


 ミケイというのは、この三毛猫の名前か。

 一人暮らしじゃないっていうけど、この子が同居人?


「てきとうに座って、シントラーさん」

「はあ」


 なんとなく流されてしまう。

 だが、情報があるのならなにも聞かずには帰れなかった。


 少しだけ周りを見てみる。

 家具は最低限だけど、空きっぱなしのクローゼットには服がいっぱい。

 鏡台だけはすごく立派で、化粧の道具がたくさん見えた。

 その他に気になるのは、とにかく本がそこら中に積まれていることかな。

 勉強家なのだろうか。


「はい、どうぞ」


 置かれたグラスに注がれたのは、ミルクだ。

 彼女は俺にそれを勧めたあと、猫の皿にも注ぐ。

 いやこれ猫用じゃね?

 飲むけど。


「アンヘル嬢、料理人について探ったのですか?」

「そうなんです」

「いけません。やめたほうがいい」

「危険だから?」

「はい」


 真面目に話しているのだが、彼女は微笑むばかりだ。


「でも必要なんでしょ?」

「そうですが。しかし、どうしてそこまで」


 助けてくれるのは、ほんとうに嬉しい。だが、酔っ払いから助けられただけで危険を冒すのは信じられなかった。


「その兜の下が気になっちゃって」


 素顔が見たいのか。

 でもだめだ。顔を晒すのは風呂と寝る時だけと決めている。


「情報のお礼に顔を見せてほしいかなー、なんて」

「いいえ、それはできません。代わりに情報料を支払いますので」

「むー」


 不満そう。そんな顔されてもダメだな。


「じゃあそれでいいです。いまは」


 妥協してくれたようだ。

 それから話を聞く。

 アンヘル嬢は、昨夜に俺が去ったあと、自分の店の調理担当になにげなく聞いてみたそうだ。

 変な料理人については特になにもなかったが、気になる話を聞けたのだという。


「デンさん――あ、ウチの調理担当なんですけど、デンさんが研ぎをおねがいしていた鍛冶屋さんへ行った時に聞いたそうなんです」

「研ぎ、というのは包丁ですか?」

「はい。それで、鍛冶屋さんとの世間話の中で『アダマン製の包丁』を探している人が来たとかなんとか」


 アダマン製の包丁だと?

 

「デンさんもアダマン製の包丁を一本だけ持ってるから、それでその話になったんですって。なんでも『特殊な料理をするのにどうしても必要』って言ってたみたいで」


 少し考えてみる。

 オーギュスト・ランフォーファーはアダマン製の包丁を使い、俺を捌こうとした。

 そして、隠し部屋で見つけた調理器具。あれもアダマン製の包丁である可能性は高い。

 なにより特殊な料理とくれば、とうぜんモンスターを素材にしたおぞましいもののことだろう。


 もしかして、当たりかな。

 行ってみる価値はありそうだ。


「ちょっと行ってきます」

「え? もう?」

「まだ夜になったばかりですし、急げば間に合うかも」


 場所を教えてもらったあと、窓を開けて外へ飛び出る。


「ちょっ……ここ二階!」

『ナア』


 だいじょうぶだ。問題ない。

 ≪漆黒ノ翼(マジックウイング)≫を即座に発動し、浮遊する。


「アンヘル嬢、ありがとうございます。後日、お礼を届けにきます」

「……く、黒い……翼?」

「ではおやすみなさい」

「あ、はい。おやすみ――じゃなくてぇ!」

『ナア!』


 急ごう。できれば今日中に情報がほしい。

 教えられた鍛冶屋は繁華街のはじにあった。

 場末、といった風で年季を感じさせる家屋だった。


 まだ明かりがついているから、誰かはいる。

 はやる気持ちを押さえ、≪次元ノ断裂(ディメンション)≫の魔法で収納しておいた包丁かばんを取り出した。


「こんばんわー」


 中に足を踏み入れる。

 カウンターには帳簿とにらめっこをする中年の男性が一人だ。他に客はいない。


「もう閉店の時間だ。帰んな……っておい。なんつうかっこうだ?」


 全身黒づくめの姿が珍しいみたいだ。


「強盗じゃねえだろうな」

「いえ、ちょっと見てもらいたいものがあって」


 カウンターに包丁かばんを置く。

 鍛冶屋の男性は興味をひかれたようで、俺を追い出そうとはしなかった。


「お、こりゃあアダマン製か?」

「すみません、材質がわからなくて、それでここへ」

「……業物だな。手入れは欠かさずにされてるみてえだ」

「そこまでわかるのですか?」

「ウチは鍛冶屋だぞ。ばかにしてんのか?」


 男性はじっくりと包丁を観察している。


「なあ、あんた。料理人にゃ見えねえ。こいつをどうするつもりだ?」

「誰のものかわかれば、返そうかと」

「拾ったってことか?」

「ウチの事務所の地下に置いてあったんですよ。誰の物かわからないし、さっきまで材質も知らなかった」


 嘘は言ってない。


「なんなら引き取るぜ。欲しがってるヤツがいてな。直接売りてえなら仲介してやる。ただし、その場合は手数料はもらう」

「わかりました。それでおねがいします。明日にまた来ますので」

「明日だと連絡がつかねえかもしれねえ。明後日にしてくれや」

「ではそうします」

「夕方ごろに来てくれ」

「はい。それでは」

 

 少しは前進したかも。

 包丁を探している人間がオーギュスト・ランフォーファーなら大当たりだ。


 鍛冶屋を出て、再び夜の空へ。

 一通り繁華街の様子を確認し、ホテルに戻る。

 

 だいぶ時間がすぎた。もう寝る時間だ。

 自分の部屋の窓を開け、そっと入る。

 明かりは消して出たから、暖炉の火だけが照明だった。


「シント?」

「どこ、行ってたの?」


 うっ。

 ディジアさんとイリアさんが後ろに立っている。

 暖炉の火に照らされた二人は、なぜだか怖い。


「どうして起こしてくれなかったのですか」

「それに、また良い匂いするし」


 アンヘル嬢の香水の匂いが移ったんだろう。


「二人とも、気持ちよさそうに寝ていましたし、起こすのはちょっと」

「昨日もまったく同じことを言っていた気が」

「いっしょに行きたかったのに」


 残念そうにしている。

 

「わかりました。次は必ず」

「もう今日からずっと起きてます」

「ぜんぜん眠くないもんね」


 そりゃあさっきまで寝ていたんだろうから、眠くないでしょうね。

 

「いい情報を手に入れましたので、場合によっては戦闘になるかもしれません」

「進展したのですね」

「はい」


 こうして二日目の夜が終わる。

 昼は大会。夜は仕事。二重生活は疲れるけど、刺激的であるのはたしかだ。

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