立ちはだかる者 1 【四属性魔導】次男マール・ラグナ【元・神童】
「≪クロスファイアートルネーーーーード≫!」
十字架の形をした炎の塊。
100個以上はある炎十字が竜巻の如く吹き荒れ、わら人形を焼き尽くす。
「お見事でございます! マール様!」
「公子以上の使い手はこの大陸を探し回ったとて、見つかりますまい」
取り巻き連中が誉め言葉を乱舞する。
ラグナ家当主の次男、マール・ラグナはそれを満足げに聞いていた。
「新魔法の効果は上々だな」
「さすがは神童と呼ばれたお方。兄君を超えているのでは?」
「はは! 滅多なことを言うな。聞こえていたらどうするんだ」
とは言いつつも、マールは自信たっぷりな笑みを絶やさない。
この場所はラグナ家の本宅内にある魔法修練場だ。用意されている人形などに試し打ちができる。
「こうなると人間で試したいんだが……無価値野郎のシントはもう消えたしな。あいつみたいに殺しても死なないような頑丈なヤツはいないものか」
祖父の指示で従兄弟のシントは追放された。
いるならいるで使い道はあったはずだ、とマールは考える。しかし、引退してもなお当代最強の魔法士である祖父には誰も口出しができなかった。
「まあ、どうせ何年かしたらポックリ逝く」
「公子、なにかおっしゃいましたか?」
「……うるさいな。なにも言っていない」
「も、もうしわけございません!」
取り巻きの一人が土下座でもする勢いで謝罪する。
マール・ラグナはかつて神童と呼ばれ、世にも稀な【四属性魔導】の才能を持つ。火、水、土、風の属性を使用でき、精密な操作が可能だ。
しかし、彼らはほんとうにすごいと思ってマールを褒め殺ししているのではない。
その恐るべき魔力が自分へ向かないようにしているだけだった。
一方でマール自身も取り巻き連中のことなど、ちっぽけな駒としか思っていない。薄ら笑いを浮かべてまとわりついてくるハエ程度の存在だ。
「ふん、おまえたちはこれを片付けておけ」
いま考えるべきは祖父のことではなく、兄や弟のことだ。
兄であるユリスは『火炎の貴公子』などと呼ばれ、強さだけでなく、いくつかの事業も成功させている。
そして弟のイングヴァルはまだ17歳だが、賊の討伐で名を上げ、三兄弟でも素質なら一番と言われていた。
「気に食わない奴らだ。兄弟であるだけにな」
まずは兄ユリスを引きずり下ろす。いまは商売上の協力関係にあるが、出し抜く気は満々。
そして自分がラグナを継承すること。それが彼の目的だった。
「こっちの『商売』は順調だが……金はまだまだ足りない」
帝国の貴族連中に金をばらまき、味方につける。そのためには金が必要だ。
「……マール様! マール様はここにおられますか!」
そこへ、息を切らせて誰かが駆けこんでくる。
「なんだよ、騒々しい」
「もうしわけございません。火急の報告がございましたもので」
やって来た男は、マールが己の商売のいくつかを任せている者だった。
「どうしたというんだ」
「そ、それが……奴隷――」
マールは顔をしかめて男の首を絞めた。
「なんだって?」
「し……失礼しました……その、人材派遣所が……」
奴隷の売買は禁止されている。
バレればただではすまない。マールがいくらラグナの公子だとしても、もみ消すには大金とコネが要るだろう。
それに加えて、父や祖父にも秘密で行っていた商売だ。知られればどんな目に遭うのか、想像しただけで面倒この上ないのであった。
「最初からそう言えよ、グズが。で、僕の派遣所がなんだって?」
「は、はい……アールブルク近くにありました派遣所が、もぬけの殻に……」
「はあ?」
マールの顔が歪む。
魔力が溢れ、不吉な空気を生み出した。
「もぬけの殻だと?」
「誰も……おりません。派遣所の者も、女児たちも、実験で置いておいたアレも、なにもかもが」
「……ふざけるなよ、貴様!」
彼は男を殴りつけた。そこそこ才覚があると思って任せていたのに、失敗したのだ。
「そんなクソみたいな報告をしに来たのか? ぶっ殺すぞ」
「もうしわけございません! い、命ばかりは……」
「取引先がもう待っているんだぞ! 貴様が金を弁済するか? ああ?」
すでに大金を受け取っている彼にしてみれば、取引の不渡りは信用の失墜だ。
だが男は謝るばかりで、話が進まない。
マールは、この失敗した男を新魔法の実験台にでもしてやろうか、と一瞬考えたが、やめた。
「誰がやった? どいつが僕の顔に泥を塗りやがった!」
「さ、最後の定時連絡では、少年を一人捕獲したと。十人のエルフ女と少年一人、計十一人を運搬する手筈であると言っておりました……」
「少年……? そいつが?」
「現場に行ってみたところ……その、魔法が使用された痕跡があり」
マールは指を立てて男が喋るのを止めた。
(魔法だと? あそこには……確か『ゴールガン』とモンスターを置いていた。そいつらをぶっ倒せる魔法士なんているか? いや、いない。いるとしたらユリスかイングヴァルくらいなもの)
兄と弟の顔が浮かぶ。
「おい、痕跡は炎か?」
「い、いえ、おそらくは雷か土ではないかと……」
であれば兄弟ではない。
しかし、高名な魔法士なら自分の耳に届かないはずはない。
「フォールンのクソ冒険者どもか……? それとも……」
「マール様、ご指示を……」
「ちっ! ガキどもの足なら遠くまでは行けないだろう。付近を捜索しろ。必ずやったヤツを僕の前に連れて来い! いいな!」
「ははー!」
「ゴールガンをやったんなら賞金を受け取りに行くかもしれんからな。そっちも追え! 失敗は許さん!」
「ただちに!」
命が助かった男は、全力で走りその場から離れた。
異常にプライドの高いマールはメンツを潰されるのがなによりも嫌いだ。これ以上ここにいたのでは殺されかねない。
「ああくそ! 最悪の気分だ!」
マールは外套を手に去ろうとする。
「マール様、どちらへ行かれるので?」
「畑の様子を見に行く。おまえらも来い。今日は宴をやるぞ。むしゃくしゃするからな!」
「ははっ!」
彼にとってラグナ本宅はただでさえ息の詰まる場所だ。祖父がいるかぎり、父にも兄にも自分にも自由はない。
そこへ『商売』が邪魔された話など持って来られては、気が狂いそうだった。
(どこのどいつかは知らないが……見つけ出して殺す。存分に苦しめて、命乞いをして靴を舐めるまで拷問してやろう)
辺境で異種族の子どもを捕まえ、奴隷として売る。
禁じられているがゆえに、欲する者は大金を出すのだ。
巨大な利益を生んでいた『人材派遣所』を潰されるなど、あってはならないこと。
(僕が自ら処刑してやる……必ずな)
三兄弟の中で最も暗い情熱を持つ男マールは静かに怒りを燃え上がらせた。
しかし彼は知らない。
ありえないことをやってのけたのが、魔法を使えないはずの、あのシントだということに。