ファミリアバース 39 『Sword and Magic of Time』(ソードアンドマジックオブタイム)
沈黙に包まれる冒険者庁。
しばらく時間が経って、ようやく誰かが声を出した。
「な、なんだあああああ!」
「モンスター!? なんで!?」
冒険者たちが騒ぎ出す。
「なあ……これってもしかして……絶望の暴君じゃないのか?」
「え、マジ? 嘘だろ?」
さすがは冒険者。知っている人がいたか。
絶望の暴君は伝説とされている、歴史の中に消えたはずの凶悪な怪物だ。知っている人は少ないと思っていたけれど、そうじゃなかった。
『すみません! 鑑定をお願いします!』
俺の声と騒ぎを聞きつけて、事務所の奥から職員が慌てて出てくる。
そして、絶望の暴君の巨大な死骸を見るなり腰を抜かした。
「絶望の暴君……ほ、本物!?」
「待て待て、まずは鑑定を!」
「これは一大事だ! 本物ならとてつもない金額だぞ!」
職員たちが鑑定を始める。
副長官に目を向けると、彼はあごが落ちるんじゃないかってくらい大口を開けていた。
冒険者たちが固唾を呑んで見守る中――
「室長! これは」
「うむ、本物だ」
どよめきと歓声が同時に起こる。
「あいつ、何者だ?」
「あんな人いた? しかもおかしくない? 空間から出したんだけど」
「すげえな! 絶望の暴君なんてほんとにいたのかよ!」
「どうやって倒したんだ!?」
声は次第に大きくなって、すごいことになってきた。
俺はまた十三番窓口に近づいて、副長官に声をかける。
「フォールンの外にあった遺跡に封印されていました。出てきたので退治を。少しは街の平和に貢献できたかと思います」
「……」
彼はあごが外れそうなほどに大口を開けて、言葉をなくしている。
副長官との話とは関係なく、退治できてよかったと思う。
あの時、放置していたらフォールンまで来たかもしれない。そうなったらいったい何人の人間が死んでいたか。
彼は顔中を汗だくにし、目をきょろきょろさせて、そしてなにかを思いついたかのように死骸のそばまで走った。
「い、いや! これはなにかの間違いだ! 作り物だろう!」
違うし、いま鑑定されたし。
「こんなバカな話があるかっ! こんな……こんなバカなガキに――」
「そこまでにしなさい。ゲース卿」
「ちょ、長官!? 会合に行ったはずでは……」
あれ?
アルフォンスさんだ。しかも長官って呼ばれてる。
「やあ、シント・アーナズ君。また会えたね」
そう言って彼はニカッと笑った。
白い歯がまぶしい。
人の列間から姿を現したアルフォンスさんは、鑑定をした職員に尋ねる。
「鑑定室長、そのモンスターは本物なんだね?」
「はい、長官。間違いなく本物です」
それを聞いて彼は大きくうなずいた。
「よくやってくれました。シント・アーナズ君。お手柄です」
「ありがとうございます」
そこに副長官ゲース卿が割って入ってくる。
「お待ちください長官! これはペテンかなにかです! こんな――」
「こんな、なにかね?」
ぎろりとにらまれたゲース卿は、口を閉じた。
「君はさっき、アーナズ君のことをバカなガキ、と言ったな? 君にこれと同じことができると?」
「あ、い、いえ、そんな意味では……」
「アーナズ君、これを一人で倒したのかね?」
「はい」
「疑うわけではないが、目撃した人などはいたりするだろうか」
「カサンドラさんと、あとマスク・バロン、じゃなかった、アルハザード卿とともにいました」
二人の名前を出すと、またさらに騒ぎが大きくなった。
「カサンドラ……ってあの『撃槍』の?」
「もう冒険者やめたって噂だったけど……」
撃槍とはまた強そうな異名だ。やはり彼女は有名人だったか。
「アルハザード卿って今朝のアレだよな」
「総監代行と一緒に戦ったってこと? なんなんだ、彼は……」
うん? あの人、総監代行になったの!?
偉い人だったのか。
「ほう、君は新しい総監代行と知り合いだったか」
「たまたま出会って、共闘することになっただけです」
妙なことになったと思う。
「ということらしい。重ねて聞くが、ゲース男爵。君に同じことができると?」
「そ、それは……しかし、私は……前線になど」
「前線には出られないと。では君は解任だな」
「は!? え!?」
アルフォンス長官がはっきりと告げる。いきなり解任とは、どういうことなんだろう。
「ク、クビですと!? なにをバカな!」
「バカではないよ。一か月前に私が赴任してきてから、君を見ていたし、みなの話を聞いた。職員へのハラスメント、冒険者への恫喝、暴言の数々。そして――不正」
彼がぱちんと指を鳴らした。
すると、背後に控えていた男たちが、ゲース男爵を左右から捕まえる。
「な、な、な、なにを……これは、なにかの間違いです! 私はなにも!」
「君が一部の冒険者へ仕事を優先的に斡旋する代わり、賄賂を受け取っていたことはわかっている。先日、証拠を掴んだよ」
「釈明を! それは私では――」
「いい加減にしたまえ。親が泣くぞ? それに君がするのは釈明ではない。迷惑をかけた人々に対する謝罪だ」
そこまで言い切られて、ゲース男爵はがくりと力をなくした。
「あとは頼むよ」
「はい。それでは」
男たちは男爵を連れて去った。
信じられないことが起こっている。ミューズさんに会いに来たのに、副長官ゲース男爵に絡まれて、そして彼は逮捕されてしまった。
「ああ、彼らは私の知り合いでね。憲兵隊の特務官だ。私服姿なのは目立たないため、らしい」
「はあ」
アルフォンス長官はホールを見渡して、高らかに声を出す。
「みなさん、今まで申し訳なかった。言い訳になるだろうが、彼は前長官や私のいないところで非道を行っていた。しかしそれも終わりだ。これまで通り、活動に励んでほしい」
突然の事態にとまどう人が多かった。
だが、時間が経つにつれて拍手が起こる。
うーん、どうにも怪しい。アルフォンスさんは絶妙なタイミングで出てきたし、あの憲兵たちだって、あらかじめ配置されていた。
この人、最初からどこかで様子を見ていたんじゃないか?
「ところでアーナズ君」
「なんでしょう」
「すまないがこの死骸を……倉庫に運んでくれないかな。ここではちょっと」
そうだった。みんなに迷惑がかかってしまう。
絶望の暴君の死骸は、冒険者庁の大きな倉庫に置かれることとなった。
すぐに収納し、地下倉庫へ置いて、また戻る。
十三番窓口に行くと、ミューズさんに加えてアルフォンスさんが待っていてくれた。
「なんかすみません。大騒ぎになってしまって」
「もー、ほんとだわ。なにが起こったのかぜんぜんよ」
と、アルフォンスさんを見る。
彼は笑っていた。
「逮捕する機会を狙っていたんだ。利用させてもらったんだよ。こちらこそすまないな」
あ、やっぱり。
「身内の不正は内々で処理するのが普通なのだが、今回はアピールに利用させていただいた」
新しい長官は公正な人物、という評判が立つだろう。
狙っていたのなら、相当な策士だと思う。
「それで、ミューズ・アンテル君」
「はい」
「君は彼に誘われたようだが、どうするね。私としては残ってもらいたい」
ミューズさんは腕を組み、俺をちらっと見た。
「辞めます」
「……そうか。理由を聞いても?」
「わたしは……わたしを必要としてくれる場所でやってみたい、と思います」
「うむ。良いことだ。それが一番だな」
話は決まった。俺のギルドにミューズさんが加わる。こんなに嬉しいことはない。
「シント・アーナズ君。ぜひ君のギルドの名を教えてほしい」
アルフォンスさんに尋ねられて、言葉に詰まった。
まだ決めていない。
アーナズ(仮)ではさすがどうかと思う。
今、考えよう。
そうだな。俺は魔法士の端くれだし旧帝国語風に『Magic of Time』などはどうだろうか。
いや、待てよ。それだと魔法士専門のギルドに聞こえる。
ならばこうしよう。魔法に剣を足して――
「俺のギルド名は『Sword and Magic of Time』(ソードアンドマジックオブタイム)。今後ともよろしく」
決まった。
冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』を始めようか。