ファミリアバース 38 ミューズさんと会う
建築が始まって二日が経つ。
家具がどんどん運ばれてきて、ベッドに本棚に机と、まともな家になっていくのが実感できた。
事務所の方はまだ枠組みだけでしかないが、少しずつ完成に向かって進んで行くのを見るのはとても楽しい。
ただ見ているのは悪いので、雑用でもしようかと提案すると、依頼主が働くんじゃねえ! と親方に怒られた。
「ははは! 君は動いていないと落ち着かないのかな?」
「はい、動いていないとどうにも」
今も家具の搬入を手伝ってくれているジュールズ社長が笑いながら言う。
恥ずかしくなってきた。
「まあ、気持ちはわかるが、ここは親方たちに任せたほうがいい」
「そうします」
「そういえばアーナズ君、申請は終わったみたいだけど、スタッフはどうするんだい?」
スタッフ? なにそれ?
「まさか君一人で全てやるつもりだったのか?」
一人でやるんじゃないのか。
驚く俺を見て、ジュールズ社長は苦笑いをした。
「受付、記録、申告に経費と給料の計算。他にもたくさんあるんだが」
「なるほど」
それでは依頼をこなしている間は留守になり、新しい依頼を受けられない。
冒険者庁の依頼斡旋がどれほど重要なのか、いまわかった。
ソロ活動の場合、その部分を冒険者庁が肩代わりしてくれているんだな。
「つまり、誰かを雇った方がいいというわけなんですね」
「その通りだ。一人でできないこともないとは思うが、やめたほうがいい」
実際に経営している人の意見だ。間違いない。
「工事が終わるまでの間、人を探したらどうだい?」
異論はなかった。すぐに行動しよう。
こういう時、頼りになる人と言えばもちろん――
「ミューズさんに会おう」
さっそく冒険者庁に向かった。
★★★★★★
何度来ても混み合う冒険者庁のホールは熱気で溢れている。
すぐさま十三番窓口に行くと、いつものようにミューズさんがいた。
あいかわらず、十三番窓口だけは冒険者がいない。
「ミューズさん」
「シント? また来たの? ほんとに苦情じゃないでしょうね」
「違います。お礼を言いに来ました。あと相談も」
彼女は手を止めて、話を聞いてくれた。
「ええ!? 開業できたの!?」
「はい、ミューズさんのおかげです」
彼女は一瞬だけ嬉しそうにしたが、すぐに複雑な表情となる。
「じゃあわたしはもうお役御免ね。教えることはないし」
「いえ、そんなことはありません。実は――」
言いかけたところで、ふいに影が差す。
ミューズさんの座る背後に、中年の男性がやってきた。
整った身なりをした男性。しかし妙なのは、肌がテカっている。
油でも塗っているのだろうか。火の近くに行ったら燃えそう。
「騒がしいね、アンテル君。また問題を?」
「……いえ」
誰だろう。
偉そうだから、地位のある人か。
「君、ここは苦情受付係だ。そうでないなら職務の邪魔をしないでもらおう」
「相談に来ました」
「相談ー? なにを言っているんだね」
「ミューズさんは優秀な方ですし、助かっています」
「はあ? アンテル君が優秀? なにをバカな」
話が嚙み合わないな。なんだこの人。
「君は冒険者になったばかりのようだから知らないのだろう。ここは窓際だよ」
マドギワ? なにを言っているんだ。
「副長官、話は終わっているので」
ミューズさんの表情が硬い。あと、俺に目でなにかを訴えかけている。
「いいや、この若者にちゃんと教えてやらないとな」
「やめてください。シント、今日は帰って」
彼女は困っているように見える。
「いいか、ここは不出来な者が送られる部署なんだ。相談ができるところじゃないんだよ」
ミューズさんが不出来? そんなわけはない。
「君も私の誘いを受けていれば、こんなことにはならなかったのになあ?」
「……」
嫌らしい笑いをする男。
ミューズさんはさらに強く目で『帰りなさい』と訴えている。
しかたがない。今日は帰ろう………………と思ったけど、やめた。
どうにもおかしい。
「いえ、彼女に相談がありますので」
「……まったく。私は副長官だよ? 言う事を聞いておいた方が身のためだ」
「それはなぜ?」
疑問に思ったので、質問をする。
副長官という男は呆れ顔だった。
「だから、私は副長官なんだ」
「すみません。ちょっと意味がわからないです」
「君は頭が悪いのか? 仕事を貰いたいなら、私に――」
「ああ、それは間に合っていますから、戻ってください」
「なに?」
副長官の目が細くなる。
「ギルドを開業しましたので、必ずしもここで依頼を受ける必要はないと思います」
「ギルドぉ!? 君のような子供が? そんなわけないだろう」
税務署でもらったマスタープレートを見せる。
彼は黙り込んだ。
「ふ、ふん。だからどうしたというんだ。なおさらここに相談など」
「ここは冒険者庁ですよね? 冒険者が相談に来てなにか問題でも?」
「問題だよ。ここは苦情受付係だと言っているだろう! 関係ないはずだ!」
副長官が声を荒げる。
「いいえ、関係あります。俺はミューズさんをスカウトしに来たんですから」
「なっ!?」
「へ?」
副長官どころか、ミューズさんも驚いている。
いま思いついたから言ったわけじゃない。さっき、スタッフの話が出た時、真っ先に浮かんだのが彼女だった。
「彼女にはウチのギルドで働いてもらいたいんです。すごく優秀だし、一緒に働きたいと思いました」
「シント? どゆこと?」
「言葉通りです」
副長官がぶるぶると震えだす。
「いい加減にしたまえ! なんのつもりだ!」
「というと?」
「君のような無名の冒険者がなんだというんだ!」
「そうですね。多少はこの街に貢献できるんじゃないかと思います」
「ならやってみせろ! 今すぐにだ!」
今すぐに、か。
ああ! そういえば鑑定に出したいものがあったんだ。ちょうどいいから見てもらおうかな。
「わかりました」
「……なんだと?」
受付から少し離れて、冒険者庁のホールを見渡す。
広さは十分だろう。ここに置くか。
声に魔力を乗せて、みんなに音を届ける。
『すみません! ちょっと場所を開けてもらえませんか!』
声が隅々にまで届き、集まっている冒険者たちがざわざわし始めた。
『あ、そこです。もう少し下がってください! 今からここにものを置きますから! そうです! そこそこ!』
彼らは疑問の目を俺に向けながらも、場所を空けてくれた。
『ではすみません、いきます』
異次元に穴を空ける魔法≪次元ノ断裂≫を発動。
鉱山でやっつけたモンスター『絶望の暴君』の死骸が、どずん、ではなく、にゅるり、といった感じで穴から出てきた。
しーんとするホール内。
あれ? 反応がない。
どうしよう。




