ファミリアバース 37 アッちゃん再び
鳥の声とともに起きる。
天気が良くて気持ちのいい朝だった。
一番に向かうのは、銭湯。
フォールンの街にはお風呂屋がたくさんあって、便利だ。
それだけじゃない。
食堂なんかも山のようにある。全部回ろう。
それじゃ何年かかるかわからないだって?
いいだろう。ならばそれを覆す。
風呂でさっぱりした後、近くにあった食堂で朝食を摂る。
目玉焼きがうまい。コーヒーもだ。
冒険者庁が空く時間になり、向かう。
ミューズさんに報告しなくては。相談にも乗ってもらいたいし。
「また混んでるな」
冒険者庁の依頼斡旋窓口は全てが長蛇の列。こんなのを毎回見ていると、俺はここで依頼を受ける日なんて来ないんじゃないかとさえ思う。
一番から七番までを通り過ぎて、ミューズさんのいる十三番窓口に向かう。
が、彼女の姿はなかった
代わりに座っていたのは、男性。おじいちゃん? それともおじさん?
老人と中年の間くらいの歳かな。
いちおう挨拶をしておこうと思う。
「あのー」
「ああ、こんにちわ。苦情かな?」
優しそうな人だな。
「ミューズ・アンテルさんはいらっしゃいますか?」
「彼女は休みだよ。私は代わりなんだ」
「そうですか。失礼しました」
しかたない。日を改めて出直そう。
しかしそこで呼び止められた。
「まあ、待ちなさい。冒険者庁に用があるのだろう? それとも個人的にアンテル君と?」
「あ、いえ。いろいろと活動報告があって。あと相談に乗ってほしかったんです」
「相談。彼女にかい?」
大きくうなずく。
ギルドの創立にこぎ着けたのはミューズさんのおかげだ。またお世話になるのは恐縮なのだけれど、優秀な人だから頼りにしたい。
「ええ、彼女のおかげで俺はちゃんとした冒険者になれた気がします」
「ふむ」
「あんなに優秀な人がいるのなら、フォールンの冒険者は安心できますね」
そういえばこの人は何者なんだろう。ミューズさんの代わりをするくらいだから、すごく優秀なんだろうけど。
ちらりと確認してみたが、名札がないな。
「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ」
「あの、そういえば自己紹介がまだでした。俺はシント・アーナズと申します」
名乗ると、男性はニカッと笑った。歯が白くてまぶしい。
「私はアルフォンスだ」
「はい。よろしくお願いします。フォールンは長いのですか?」
「一か月前にここへ赴任してきたばかりでね。慣れないことばかりだよ」
「俺もです。数日前に来たばかりで」
思わず世間話をしてしまった。
「しかしここは苦情受付係だ。アンテル君はなんと?」
「冒険者の基礎を教わりました」
もらった『冒険者ガイドライン』はすごい本だった。自分で書いたって言っていたから、出版したら売れると思う。
「なるほどね」
「長々とすみません。帰ります」
「こちらこそすまない。また来てくれ。彼女をよろしく頼むよ」
世話になっているのは俺の方だから、その言い方はなんとなく違和感があった。
しかしながら、本人がいないのではしかたない。
ギルド創立の申請を済まそう。
★★★★★★
「はい。では承りました」
「ありがとうございます」
税務署での手続きはすぐに終わりそうだった。
仮面男爵は言ったことをしっかりとやってくれたようで、商業権の話は一切なし。手続きにかかる費用を支払い、書類に記入すればいい。
「あ、ちょっと待ってください。ギルド名が抜けていましたね」
受付の女性に指摘される。
そう。創立できたのはいいが、ギルド名が思いつかなかった。空白で出してみたけど、やっぱりダメか。
「すみません。ぜんぜん思いつかなくて」
「ああ、そうでしたか。手続きすればあとで変えられますし、仮の名称でいいですよー」
「じゃあ『アーナズ(仮)』で」
てきとう過ぎるかな。後でちゃんとした名前を考えよう。
「最後にマスタープレートをお渡ししますね。少々お待ち下さい」
マスタープレート?
十数分後に戻ってきた職員の女性が、冒険者免許に似たプレートを差し出してきた。
「これはギルドマスターの証です。魔法がかけられておりますので、偽造や複製はできません。冒険者免許と同じです」
魔導具の一種、ということだな。
「大事なものなんですね」
「ええ、紛失した場合、再発行は可能ですが、だいぶ費用とお時間がかかりますので」
大切に保管しておかないと。
一通り説明は受けたし、これでギルド創立を達成した!
小さくて誰も知らない、しかし俺の冒険者ギルド。
もちろん立てたばかりだから、ギルドのランクは最低のFランクだ。
でも嬉しい。
楽しくなってきた。
★★★★★★
買い物をしてから家に戻ると、ここを売ってくれたジュールズ社長が待っていた。
「アーナズ君、おかえり」
「ジュールズさん、ただいまです」
「ちょうどいい時にもどったね」
敷地に様々な資材が置いてある。
建築が始まるんだな。
「おう、おまえさんが依頼人か?」
ぬうっと巨体の男性が現れる。
ガチムチの筋肉と、立派な頬髭を生やした人だ。
「紹介するよ。今回、増築を請け負った大工さんたちの棟梁だ。親方と呼んであげてくれ。喜ぶから」
「はい。よろしくおねがいします。親方」
「任せな! しかし若いと聞いてたが、ほんとに若いな。いくつなんだ?」
「二十歳です。あと四年半で」
「ほう……いいねえ! なんでもギルドを作るんだって? 地に足をつけるってのは、その歳じゃなかなかできねえことだからな!」
年齢のことはスルーされてしまった。
「腕を振るわせてもらわあ」
親方は張り切った様子で、大工の人たちに指示を出し始めた。
「ふふふ、気に入られたみたいだね」
「そうなんですか?」
嬉しいな。どんどん人の輪が広がっている気がする。
挨拶も終わり、本格的に工事が始まる。
ちなみに街の外で俺が調達した木材は使えなかった。
家の素材にはできないものだったらしい。素人が手を出すべきではなかったようだ。反省しよう。
そしてそろそろ夕方になろうとした時のこと。
空いている場所で魔法の研究と練習をしていたところに、誰かがやってきた。
「おいおい! おれらの聖地でなにやってんだよ!」
聞き覚えのある声。
二日前にここで出会い、退治した『アッちゃん』だった。
十人以上のお供を連れて、騒いでいる。
「あーーー! てめえ! こりゃどういうことだよ!」
彼は俺を見つけて、詰め寄る。
「俺がここを買ったんだ」
「はあ? おまえが? どうやってだよ」
話せば長いから、説明はしない。
「ブロンズ級トリプル野郎が! 調子に乗るんじゃあねえ!」
「調子には乗っていないし、ブロンズ級を差別するのはよしなよ」
しかし、いったい何の用なのか。遊びにきたわけではなさそう。
「くっそ! もう怒った! 勝負しろよこの野郎!」
「やっちゃえー!」
「この前の不意打ちは通じねえぜ! アッちゃんはなあ、あれから修行してんだぞ」
なぜそうなる。
ただ、修行してきたというくらいだし、俺のためにそこまでしてくれるのは嬉しい。
「わかった。やろう」
「よーし! ボッコボコにしてやるぜ!」
アッちゃんはその場で拳を振るい、体を温めている。
「行くぜおらあ――」
「≪衝波≫」
「ぬへえええええええ!?」
魔力の衝撃波がアッちゃんの鍛えられた肉体を真上に跳ね飛ばした。
きりもみ回転をしながら、地面に落ちる。
最小限の威力だったけど、やりすぎたみたいだ。
気絶する彼に近寄り、背中に喝を入れると、彼は目を覚ました。
「……ハアッ!? き、気持ち悪ぃ……まるでミキサーにかけられてシェイクされたみてえだ……」
とっさにそんな例えが出るくらいだから、大丈夫だろう。
「アッちゃんが……負けた?」
「なんなのよその魔法……ひどいわ」
アッちゃんはゆっくりと立ち上がり、俺を吐きそうな顔で見る。
「ふ、ふざけんなよ……この……」
どうしてもここにいたいようだが、無理だ。
俺の家だし、これから冒険者ギルドになる。
アッちゃん軍団が、俺を囲もうとした。
だがそれは失敗に終わる。
騒ぎを聞きつけた親方たちがやってきたのだ。
「おう! 兄ちゃんたちぃ! ウチの依頼主になんか用か?」
親方をはじめ、大工の人たちは筋肉がたっぷり。
アッちゃん軍団は親方たちの威容を見て硬直する。
恐れるのも無理はない。彼らとこちらでは筋肉量の差は圧倒的。
仕事で培われた本物の肉体の前では、アッちゃんが小さく見えた。
「話があんならはっきり言え!」
「ひいいいいいい!」
「ま、待ってよ! アッちゃん!」
彼らは一目散に逃げた。
「なんなんだ、ありゃあ」
彼らの後ろ姿を見ると、なんだか楽しくなってくる。
また、遊びに来てくれないかな。
大都市はいろんな人がいるな、と思った。
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