そう簡単にはいかない
ギルド連合稼動からさらに一週間。
大急ぎで作製してもらった看板を各ギルドに取りつけが終了。
ウチとアマゾネスが連合した時点で話題になったが、今度はアクアウインドとバーバリアンズという突如現れた二つのギルドがなんなのか、さっそく街の人々の話のネタになった。
お試しの依頼が増えまくり、おかげでアクエリナさんとジョルジオはパンク寸前。嬉しい悲鳴とはこのことだろう。
申し訳ないけどいまは頑張ってもらい、加入してくれる冒険者を気長に待つしかない。
ちなみにそう言ったら二人からは、鬼、と言われた。
スーパーバイザーであるグレイメンさんにだいぶ頼らせてもらい、いまのところはなんとかなっている。
俺の方はというと、先の本部移設の件をギルドメンバー全員と話し合った。
全員賛成だったが、問題が二つほど浮かび上がる。
一つは古街のギルドをどうするのか。
もう一つは、商業区に進出することについてだ。
古街のギルドはそのままにする。人員は持ち回りですればいいし、カバーは可能。アークス側の事務員が二人増えたことでメリアムさんが自由に動けるようになったのだし、不足はないだろう。
もう一つの問題は、まさに俺たち全員の働きにかかっている。
商業区はさまざまな超大手企業のお店がひしめく。
はじっことはいえ、大通りに店を構えるわけで、有名な冒険者ギルドに喧嘩を売るかっこうだ。
冒険者庁にも割と近く、依頼の取り合いが発生するだろう。
ただ、これに関しては考えていることがある。
正直、夢物語に近いものだ。
お金だってどれくらいかかるかわからないし、ミューズさんにもまだ相談していない。
「……ナズ君」
もしも可能なら、そうとうな大事業になりそう。
敷地の広さも必要だし、またたくさんの人を雇わなくてはならないし――
「アーナズ君?」
「あ、すみません」
隣にいるジュールズ社長が微笑んでいる。
「なにか考え事かい?」
「ええ」
本部施設に使える物件を探そうとしたのだが、手詰まりになってしまった俺は、ジュールズ社長に相談した。
しかし、彼もまた商業区の物件は持っておらず、打つ手はないように思えた。
一週間の間、依頼をこなしつつ悪戦苦闘していたのだが、ここにきて光明が差す。
とある人物がジュールズ社長に連絡をとってきたのだという。
「そろそろだよ。先に行って待とう」
「はい。ほんとうに今回はいろいろと骨を折ってもらってありがとうございます」
「なにを言っているんだ。君は上得意様だからね。とうぜんだよ」
ジュールズ社長とはフォールンに来てすぐからお世話になりっぱなしだ。
「あ、シント、誰か来てるよ」
「早い、ね」
今回一緒に来たのはラナとダイアナ。
なぜかはわからないが、彼女たち二人は先方からの指名だった。
あとは手が空いたヴィクトリアを連れてきた。
研修的な意味合いを込めてのことだったが――
「シント、シント、あの店からうまそうな匂いが!」
「ヴィクトリア、待て、だ」
フォールンの中心部に連れてきたのが間違いだったかもしれない。
彼女にとっては刺激が強すぎたか。
ドラグリアとは人口の密度が違いすぎるから、だいぶ興奮している。
「いまは仕事中だよ。あとで買ってあげるから」
「ほんとか? ほんとだな?」
「シントったらヴィクトリアにあまーい」
「カサンドラと、アリステラなら、たぶん、激怒してる、よ?」
ダイアナは小さく苦笑していた。
ていうか、あの二人、どんだけスパルタなんだ。
待ち合わせに場所には、すでに一人の男性が立っている。
一目でわかるくらいに高価そうな帝国紳士服を身に着けた、五十代らしき男性だ。
ハットをかぶり、俺の叔父上にも匹敵するほどの立派できれいなヒゲをしている。
「ドルーマン会長!」
「おお、ジュールズ君」
「まさか先にお越しいただいているとは……」
「なーに。君たちに会うのが待ちきれなかった」
楽しげにする男性の名前は『アルフ・ドルーマン』。かつてはフォールンの不動産王と呼ばれ、今は食品加工工場や様々な品の卸問屋をしているそう。
簡単に言うとかなりの富豪だ。
「初めまして。冒険者ギルド『Sword and Magic of Time』のシント・アーナズと申します。このたびはありがとうございます」
頭を下げると、彼はさらに楽しそうにした。
「噂は聞いておるよ。ただ、聞いている人物像とはぜんぜん違うようだな。私はアルフ・ドルーマン。こちらこそ来てくれて感謝する」
どんな噂なんだろうか。気になる。
「こちらはラナ・エヴァンスとダイアナ・ダインスレイです。あと、ウチの見習いのヴィクトリア・ドラグリアです」
「こんにちわ!」
「はじめ、まして、です」
「よろしくだぞ」
ヴィクトリアの無礼な様子にも会長は動じない。
「うーむ。近くで見るとべっぴんですなあ……おっと、失礼」
むしろ三人を見てスケベ親父みたいな顔になった。
取引先になるんだろうけど、なにかあったらぶっとばしてやろう。
「とりあえず案内しようか。ついてきてくれたまえ」
「会長、お一人なのですか?」
ジュールズ社長が緊張した様子で聞く。
それだけでドルーマンさんが大物だとわかる。
「今回のことは他の者に任せられん。そういうことだ」
「は、はあ」
なにか裏がありそうだ。
ラナとダイアナを指名ということだし、間違いない。
人がごったがえす駅前を離れ、大通りを行く。
なにげない会話をしながら、おおよそ三十分近く歩いたところで、ドルーマン会長は止まった。
「ここが紹介したい物件だ」
「ここ、ですか……なるほど」
ジュールズ社長は額に汗を浮かべながら、納得している。
有名な場所なのだろうか。
大通りに面する建物は大きいものが多いが、ほとんどは二階建てや三階建ての上に伸びたものだ。
もちろん、かなりの敷地を持つお店もある。が、俺がいま目にしているものは、どちらかというと邸宅に見えた。というか豪邸じゃないのか、これ。
ツタの生い茂った壁は朽ちかけていて、今にも壊れそう。
見た目は豪邸だが、よくよく観察してみると、だいぶくたびれている。
「通りかかるたびになんの建物だろうとは思っていましたが、ここは空き家なのですか?」
「……」
聞くと、ドルーマン会長は言いづらそうにしていた。
ジュールズ社長もなにも言わない。
「少しばかり話をさせてほしいのだが」
「はい、もちろんです」
会長が話を切り出す。
「私はね、かつては不動産王と呼ばれ、いくつもの素晴らしい物件を持ち、それを活用していた」
なんだか遠い目をしているな。
「フォールンの発展はめざましく、私は高騰した土地を売るだけで富を得てしまったのだ。だが……ここはあまり買い手がつかなくてねえ」
大通りのはじっこで、新市街にも近い。たしかに治安という面では不安が残る。
「それに、元は副業であったはずの食品や卸が伸びたことで半ば放置状態だったのだよ」
さらに聞くと、不動産に関しては競合他社に押され、いまはもう不動産王ではないということだった。
「まあ、気長に買い手がつくのを待つということにして、甥に管理を任せていたのだが」
「甥御さんに、ですか?」
「うむ。それでだ。ここを気に入ってくれたかい?」
改めて見る。
多少の改築はいるかもしれないが、広さといい、申し分ない。
「そうですね。できれば購入の方向で」
「ア、アーナズ君!?」
ジュールズ社長が慌てふためく。
ドルーマン会長は、ほう? と笑みを作った。これは、大叔父上がする商人の顔みたいに見える。
「一等地ではないが、そうとうな物件。賃貸ではなく購入か」
「はい」
俺たちの夢は世界で一番のギルド。そのためには必要な場所なのだ。
百億アーサルとか言われたら、うん、ちょっと考えるけどそこまではならない……気がする。
「まあ……見ての通り老朽化が進んでおる。建築物に関しては無価値と言っても過言ではない」
「土地の値段になるわけですね」
「うむ、その通りだ」
「ちなみにおいくらでしょうか?」
「30億アーサル」
直球で来た。
予想よりは低い。
「30億……って!?」
「!?」
俺の隣ではラナが仰天し、ダイアナは口に手を当てている。
ガラルホルン家の元公女であり、引きこもりだった彼女はお金の価値を知らなかったのだが、ウチに来てからはちゃんとしている。
最初は……大変だったけど。
「それって高いのか?」
ヴィクトリアのセリフは、いまは無視しておこう。あとでちゃんと説明する。
「分割払いを検討していただきたいのですが」
「もちろんだ」
だったらなんとかなりそう。
「話は決まりですね」
「う、うむ」
ここでドルーマン会長は少したじろいだ。
わかっている。
ラナとダイアナを指名した理由がまだなのだ。
「でも訳ありなんですよね?」
「……見抜かれていたか」
「よければ事情を話してください。お力になれるかも」
もしも依頼があるのなら、聞いてみよう。
報酬はもちろん、物件の値引きだね!