ファミリアバース 36 後始末して寝る
カサンドラさんとともに、総監邸の離れに急ぐ。
彼女は足が長いから、一歩一歩が大きく、スピードがある。
すぐに到着。
離れ、というか小屋には明かりがついていた。
しかし、その前には武装した男が三人ほどたき火の周りで待ち構えている。
まだ兵士がいたのか。
これで最後だと思うけど。
「おい! おまえらなにもんだ!」
「曲者か!?」
「どきな!」
カサンドラさんの槍が、真横に薙ぎ払われる。
剛槍だった。
男たち三人は叫び声を上げる時間も与えられず、吹き飛んでいく。
強い。しかもかなり。アクトー子爵なんかに使われる人じゃない。
扉を開けて入る。
そこには、俺よりも少し年下くらいの少年がいて、一人で食事をしていた。
「アミール!」
「あれ? 姉さん、どうしたの?」
ちょっとおっとりした風の、小柄な少年だった。
彼女は返事をせずに、弟を抱きしめる。
「アミール……ごめんね。でも……無事でよかった……」
「姉さん……? どうして泣いているの?」
よかった。
カサンドラさんは家族を取り戻したし、アクトー子爵が捕まれば、今回の件は終了だろう。
ただ、これで全部が終わりじゃないと思う。
鉱山はラグナ家とガラルホルン家が関わっていた。
とはいえ、俺はすでにラグナ家の次男マールを吹っ飛ばし、ガラルホルン家の長女アイシアを倒しているのだから、いまさらだが。
それと、もう一つ疑問がある。
自分の懐を見た。
古書は静かに収まっている。
あの時。
絶望の暴君が現れる直前、この本は動き出そうとした。
なにか関係があるのだろうか。
ますます気になる。
「坊や……いや、シント。ありがとう」
カサンドラさんは深々と頭を下げてきた。
ついでに弟のアミール君も。
「大げさですよ。俺の方こそ、一緒に来てくれて助かりました」
「恩は必ず返すさ」
笑顔を見せる姉に向かって、弟が言う。
「姉さん、この人は?」
「ああ、シントだよ」
「姉さんの恋人?」
「はああ!?」
カサンドラさんがびっくりして飛び上がってしまった。。
「ななな……ち、違うさ!」
「そうなの? でも姉さんはもう二十歳になったんだから、恋人の一人くらい作りなよ」
「アミール!」
彼女は顔を真っ赤にしている。
どうやら、アミール君はずいぶんとしっかりしている人みたいだった。
★★★★★★
「シント少年、お手柄だな」
あの後、総監邸にやってきた仮面男爵と落ち合い、状況の確認をした。
カサンドラさんとアミール君はすでに家へと帰っている。
彼女はフォールン外縁部の『新市街』に住んでいるということで、いつでも遊びに来てくれと言われた。
もちろん断る理由はない。ぜひ遊びに行こうと思う。
「お疲れ様、と言っておこう」
「はい、ありがとうございます」
総監邸の執務室で、テーブルを挟んで向き合う。
「君はアクトー子爵から依頼を受けていたようだが、どうしてそのようなことに? 最初からヤツの悪事に気がついていたのか?」
「依頼を受けたのは、ギルドを開業するためでした」
税務署からここに行くよう言われ、そして商業権の話になったわけだ。
説明すると、彼は口を手で押さえた。
「商業権とはまた。小悪党が考えそうなことだな。ふふふ」
仮面男爵は変な笑いをする。
「なぜ笑うのですか?」
「面白いだろう。カモだと思った少年に収入源は潰され、己自身も破滅した。自業自得、因果応報のお手本だな」
そんなお手本は嫌だろうな。
「関係者はだいたい逮捕したよ。だが、ラグナ家とガラルホルン家は知らぬ存ぜぬを通そうとしている」
「でしょうね」
認めるわけがない。
アクトー子爵さえも、ただの駒だ。なにかあれば切り捨てる。
「アクトー子爵は口がうまい男だった。帝国、ラグナ家、ガラルホルン家の三者に取り入って、総監代行の地位を得たのだが……やりすぎた。そうして私が派遣され、今に至る、というのがこちらの事情だったんだ」
悪事はいつかバレる、と仮面男爵は言いたいのか。
「シント少年、君はこれからどうする」
「予定通りに」
「冒険者ギルドの創立か」
今日だけでいろいろあったけど、なんとかこぎ着けた。感無量だ。
「このまま冒険者を続けるのだな」
「はい」
仮面男爵がわざとらしくため息をつく。
「君をスカウトしようと考えていたのだが」
「スカウト?」
なんの話だろう。
「いや、いいさ。君は君がしたいことをするべきだ」
含みのある言い方が気になった。
「とにかく、商業権のことはもう気にしなくていい。明日一番に通達を出して、通常の状態に戻すよ」
「ありがとうございます!」
商業権なんてものは、存在しない。全てはアクトー子爵の独断だった。
礼を述べて、部屋を辞去する。
「あ、そうそう、シント少年」
「ええ」
「機会があれば私からも依頼を出そう」
そう来たか。
「いきなり背中を押したりしないなら、引き受けます」
「なんだ、君は根に持つタイプなのか?」
あれで根に持たない方がどうかしていると思う。
こうして総監邸を後にし、途中で食べ物を買って、家に帰る。
まだなにもない部屋で、床に座った。
「暗いな」
光を生み出す魔法≪照明之灯≫を使って、照らす。
すみっこから得体のしれない虫が逃げた。
「……まずは掃除した方がいいか」
明日は掃除で決まりだな。
「それにしても」
と、懐から古書を取り出す。
五年前に出会った時から、片時も離さなかった古い本。
「君はいったい何者なんだ?」
呼びかけても、もちろん返事はないのだが。
「でも、今までありがとう。これからもよろしく」
魔法を使えるようになったのは、この本のおかげだ。
礼を言うと、一瞬だけページがひらりと動いた気がした。
返事をしてくれているのかな。
やっぱり生きているのだろうか。
そうだな。懐に入れていたんじゃ、座りが悪いかもしれない。
≪次元ノ断裂≫で作った穴に入れるのは嫌だし。
「ブックホルダーでも買って、身に着けておこうかな」
じゃあ明日は掃除に買い物。そしてもちろん、ギルド創立の申請だ。
蒸気機関車が動くようになるまで、どのくらいかはわからないけど、拠点は手に入った。帰る場所があるならいつまでだって待てる。
また明日から頑張ろうと思った。
「早めに寝よーっと」
それからゆっくり食事をして、本を胸に抱きながら横になる。
床は硬いけど、静かで、心地の良い空間がすぐに眠りを誘うのだった――
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