ファミリアバース 35 アクトー子爵
フォールンの街に戻った頃には、すでに夕方を過ぎ、夜になろうとしていた。
通りを歩くと、香ばしい料理の匂いが鼻をくすぐる。
我慢だ。終わったらたくさん食べよう。
「坊や、腹の音がすごいねえ」
「すみません」
顔が赤くなるのを自覚した。
「終わったらあたしがおごるよ」
「ほんとうですか! やった!」
「……喜びすぎさね」
カサンドラさんが明るい笑みを見せる。
とても可愛らしい笑顔だと思った。
彼女は借金のカタで鉱山の用心棒を強制されていた。そして、人質として弟を総監邸に囚われている。
それなのに、俺ってば緊張感が台無しだ。反省しよう。
大通りを走り抜け、総監邸前にたどり着いた。
門番は変わらず二人。ただ、中にどれだけの兵士がいるかはわからない。
「カサンドラさんはここに入ったことあります?」
「ないねえ。近寄らせてもらえなかったよ」
そうだな。
アクトー子爵からすれば、弟を取り返される恐れがある。
出たとこ勝負になるか。
それもいいだろう。
「正面から行きます。カサンドラさんは弟さんの所在を確認してください」
「奇襲するんじゃないのかい?」
奇襲?
いやいや、ちゃんと挨拶しておかないとね。
というわけで、門番に声をかける。
「こんばんわ」
「あ? なんだおまえ、もう戻ってきたのかよ」
「今度はなんだ」
二人に紙幣の詰まった袋を見せる。
「お金をアクトー子爵に。1000万はありますよ」
「はい?」
「おいおい……って、マジだ。マジで大金だ」
次いで二人はカサンドラさんを見てビクッとした。
「さっさと取り次ぎしな」
「は……はい!」
「すんませんしたっ!」
すごい迫力だ。一にらみしただけで、門番が委縮している。
中に通された俺たちは、まっすぐ総監の執務室に向かう。
こんな時間だからか、邸内に人はいない。
開かれた扉に入ると、アクトー子爵は満面の笑みで迎えてくれた。
「やあ、アーナズ君」
「アクトー子爵、戻って参りました」
「……ん? カサンドラ、君がなぜここに? 近づくなと言ったはずだ」
カサンドラさんを見て顔色が変わる。
「ああ、友達になったんです」
「友達だと?」
アクトー子爵がなにかを言う前に、どさりと金の詰まった袋を机上に置いた。
「帝国紙幣です。1000万はあるでしょう」
「ほう! 金をかき集めたのか! 感心だな! しかし……君には依頼をしていたはずだが?」
もっともな質問だ。だから答えよう。
「見つけましたよ。でも彼は泥棒じゃなく、炭鉱夫でした」
「……」
「それで、鉱山に案内してもらい、そこでこれを手に入れました」
わずかな沈黙。
アクトー子爵は無言で俺に椅子を勧めた。
ふかふかの椅子に座る。アクトー子爵もだ。
「君、なにを言っているのかな?」
「言葉が聞こえなかったのか、意味がわからないのか、どっちですか?」
「は?」
なにも理解できていないのかな。
ここからは推理を交えて話を続けよう。
「まずは商業権の話です。あれはあなたの職権乱用ですね?」
「……」
「1000万アーサルという法外な額をふっかけて、お金を貸し、返せない時は奴隷にする。俺みたいな冒険者には依頼と称して手駒にする。どうですか?」
「……私には君がなにを言っているのか、わからんね」
「鉱山の話も?」
「ああ、そうだ。あそこは普通の鉱山だ。奴隷など知らない」
引っかかったな。
「それでは俺が見た鉱山は別のところだったんですね」
「そうだろう」
「じゃあこのお金はいただいておこうっと」
「!?」
子爵の顔色がモロに変わった。眉間に思いきりしわが寄って、歯がむきだしだ。
「あと、ウラチョウボ……だったかな。ね、カサンドラさん」
「そうさね。違う鉱山ならもらっておけばいいさ」
カサンドラさんが俺といる時点でありえないと思うのだが、アクトー子爵はしらを切ろうとした。
言質を取られたくないのはわかるけど、それは間違い。
「……まったく。これだから子供は嫌いだよ。まさか鉱山から金を盗んでくるとは」
盗んでないよ。届けにきただけ。
「田舎者に目をかけたらこれだ。ブロンズ級の冒険者とは名ばかりの盗人とは」
呆れた様子でため息をつくアクトー子爵。本性を現したな。
そして彼の言うことは全部間違っている。
「あなたはなにもわかっていない」
「なんだと?」
「これは盗んできたのではなく、鉱山を丸ごと潰したので、届けにきたのです」
潰したのは絶望の暴君だけど、ここは方便といこう。
「つ、潰した!?」
「ええ、きれいさっぱりと。監督していた戦士達はたぶん捕まりましたし、奴隷として働かされていた人たちは解放しました」
子爵は俺がなにを言っているのかわからずに混乱した。
「ば、ば、バカを言うな! そのようなでたらめ……」
「あたしも見たさ。観念するんだね」
「カサンドラ! 貴様……弟がどうなってもいいのか!」
「アクトー子爵、あんたはもう終わりなんだよ。憲兵隊がすぐに来るんだから、なにをしても意味がないのさ」
憲兵隊の名が出たことで、彼の顔面は蒼白になった。だが、すぐに嫌らしい笑いを浮かべる。
「ははは! 何もわかっていないのは貴様らの方だ! 私の後ろにはラグナ家とガラルホルン家がいるんだぞ! ここで貴様らを消せば、全ては隠蔽される!」
これでラグナとガラルホルンが関わっているのは確定だ。
「者ども! 出合え! 出合えい!」
子爵の声で、ぞろぞろとたくさんの兵士たちがやってくる。
彼らはすでに武器を抜いており、数は20人ほどだ。
「くくく……謝るなら今の内だぞ。許しはしないが、命だけは助けてやろう!」
勝ち誇っているけど、この状況じゃあ何人いようが意味はない。
「いえ、それはこちらのセリフです。観念して罪を認め、カサンドラさんに弟さんを返すんだ。最後に一つくらいまともなことをしろ」
「この……クソガキめ!」
殺気が漂ってくる。
「カサンドラさん、椅子の上に立って。テーブルでもいい」
彼女は疑問を口にすることなく、テーブルの上に跳び乗った。
それと同時に魔法を発動する。
「≪地之雷≫」
地を這う雷を兵士たちにお見舞いする。
「あばばばばばばばああああああ!」
「いででででででででで!?」
20人をまとめて倒す。
こんなところで密集したら、範囲魔法の餌食だ。
「もう一回、≪地之雷≫」
「ぎゃあああああああ!」
「このおおお! ブロンズ級めええええ! あががががが!」
アクトー子爵が泡を吹いて倒れる。
ブロンズ級を悪口に使うなんて、ひどい人だ。
焦げついた匂いが充満する中で、意識があるのは俺とカサンドラさんだけ。
二回も雷を喰らえば、しばらくは起きれないだろう。
「まったく! むちゃくちゃだね、坊やは! おかげで出番がなかったよ。しかも座ったまま全員だなんて」
「すみません。なんかいい具合に固まって出てきたので、まとめて倒しました」
さて、改めてアクトー子爵に話を聞こう。
痙攣して倒れる彼に、水の魔法をかける。
「ぶわっ! な、なにが……ひいいいいい!」
怯えるアクトー子爵を、カサンドラさんとともに見下ろす。
「弟さんはどこに?」
「ひいっ……ひいっ……」
「答えな!」
「は、離れに! ここの離れにいる!」
場所はわかった。
次はラグナについて聞こう。
「黒幕は? ユリス? それともイングヴァル? まさかカール大公じゃないよね?」
「うっ……」
彼の顔面は蒼白を通り越して、真っ白になった。
「言わないなら、憲兵隊が来る前にいっそ」
「あああ! い、命だけは! 命だけは助けて!」
「じゃあ言ってくれ」
「ユリス公子だよおおおおおお! 私は彼の命令に従っただけなんだあああ!」
ユリス従兄さんか。彼ならやるだろう。ラグナをそのまま体現したような人だし、他人の命なんてなんとも思ってない。
「≪地之雷≫」
「ぶわああああああああ!」
再びアクトー子爵は気絶した。
聞きたい事は全部聞いたから、あとは眠ってもらおう。
「坊や、あんた可愛い顔してけっこうどぎついねえ」
「そうですか?」
「だって見なよ」
アクトー子爵は失禁していた。
やりすぎとは思わない。自業自得だ。
「カサンドラさん、弟さんのところに行きましょう」
「ああ」
俺たちは総監執務室を後にする。
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