ファミリアバース 34 カサンドラの事情
「あれ? みんなどうしたんだ?」
鉱山にいる人たちが固まって動かないでいる。
でもまあみんな避難しなくともよくなったし、いいか。
仮面男爵とカサンドラさんのところへ行くと、彼らも動かないでいる。
声をかけてみた。
「マスクバロン、後始末はどうします?」
「……」
「カサンドラさん、槍を落としてますよ」
「……」
なんで返事してくれないんだ。
「あのー、聞いてます?」
「……シント少年、いま、なにをしたんだ?」
「なにって、魔法」
「それはわかっているが」
どう言えばいいか、迷うな。
「魔法でジャンプして、魔法で突き刺しました」
「見りゃわかるさね!」
んー? じゃあどう言えば。
「坊や、あんた、冒険者なんだって?」
「はい」
「等級は?」
「ブロンズ級トリプル」
カサンドラさんは崩れ落ちそうになった。
「はは……あたしはゴールド級だよ? 夢でも見てるみたいだね」
すごい。カサンドラさんはゴールド級なのか。するとますます疑問だ。
悪事へ進んで加担する人には見えない。
「カサンドラさんはなぜアクトー子爵に?」
「それは……」
彼女が口ごもる。
そこへ仮面男爵が話し始めた。
「カサンドラ君、私は帝室からここの調査を命じられてきた。もしも理由がないのなら、君は逮捕されるだろう」
カサンドラさんは観念して、ため息をつく。
「昔のことだけど、あたしの親がね、アクトー子爵に借金をしたんだ。で、親は死んだけど、あたしがかぶることになった。その上、弟が半ば人質になってんのさ」
「なるほど。その代わりにここの用心棒か」
「いいさ。逮捕しな。ここの人たちに対して見て見ぬふりをしていたのは確かなんだからね」
仮面男爵はなにかを考えこんでいるようだった。
すると――
「待ってください!」
「姐さんを逮捕しないで!」
周りの人々が声を上げ始める。
聞けば彼女は密かに虐げられていた人を庇ったり、助けていたのだという。
直感は正しかった。
仮面男爵を説得しよう。
「マスク・バロン、俺からもお願いします」
「理由があるなら逮捕しないよ。あと私には逮捕する権限などないし」
こけそうになる。
ほんとうになんなの、この人。
「カサンドラ君はここにはいなかった。目撃者もいない。そうだろう?」
「そ、それでいいのかい?」
いいと思う。彼女は誰も傷つけていないし、むしろ助けていた。
あとは、アレだな。
「あの人が見たモノって絶望の暴君だったのか」
「炭鉱夫が逃げたのは正解だった、と言えるな」
彼が見たという『暗闇に光る眼』は絶望の暴君だった。
「じゃあここに封印されていた?」
「かもしれない。だが……おそらく彼らはそれを知らなかった」
設備や、戦士たちの装備を見たかぎりじゃ、絶望の暴君に備えていたとは思えない。
「よくわからない場所を掘削して、蓋を開けてみれば出てきたのは怪物。迷惑な話だな。さて、私は残された施設で悪事の証拠を洗おう。シント少年はどうする?」
働かされていた人々はもうだいじょうぶだ。
となると、絶望の暴君の死骸をなんとかしないといけないかも。
「アレって回収できますか?」
「私のポケットには入らんね」
ポケット、か。入るかもしれない。
「カサンドラさん、ああいったモンスターって、素材として売れます?」
「……どうかねえ、モンスターの肉は猛毒だから食えないけど、牙やら爪やら皮なんてのは売れるさ。冒険者庁で鑑定すれば、の話だけど」
お金になるなら、回収しない手はない。
「持ってはいけないだろう。なにせあの巨体だからな」
「いえ、持っていきます。たぶん入ると思うので」
「ん?」
「……ええと?」
死骸はかなり大きいけど、≪次元ノ断裂≫を試す。
次元の壁に穴を空けて、広げる。今までは大人一人か二人分通れるほどの大きさだったが、さらに大きい亀裂にできた。
「よし、これなら入るはず」
絶望の暴君の死骸を吸い込むようにして収納。問題なし。
「ぼ、坊や……」
「これも魔法の一つです。こうやって物を収納できるんですよ」
カサンドラさんが愕然としている。
「ふははははは! それが君のポケットか!」
「笑わないでくださいよ」
「楽しいのさ」
そう言って彼は残された施設内に向かった。
「カサンドラさん、弟さんはどこに囚われているんですか?」
「総監邸だよ。そこで雑用をやらされてるんだ」
「それも借金のカタ?」
「そういうことさ」
どのくらいの借金だろうか。
失礼かな、と思ったけど、聞いてみた。
「元々の借金は返したんだ。でも利息が膨らんでてね」
じゃあもういいじゃない。取り返しに行こう。
「俺はこれからアクトー子爵に会う予定なんですが、カサンドラさんは?」
「あたしは……」
彼女が下を向く。
「弟さん、助けに行きましょうよ」
「けど、あんたはそれでいいのかい? 本気でアクトー子爵に喧嘩を売るなんて」
「そんなに強いんですか?」
「強いんじゃなくて、バックについてるのはたぶん大貴族なんだよ?」
ああ、そういうことか。
「カサンドラさん、だからといってこのままじゃどうしようもない。あなたは利用されるだけされて、今回みたいな捨て駒になる」
「……!?」
アクトー子爵にすれば、自分以外なんてどうでもいいだろう。そして彼でさえも、後ろについているという大貴族からすれば捨て駒にしかすぎないと思う。
「槍を振るう時は自分で決めた方がいい」
「坊や」
彼女は頭を振って、自分の迷いをどこかへやった。
「まずは仮面男爵と話を」
「ああ!」
俺たちも一つだけのこった施設に行く。鉱山への入り口近くにあったから破壊されずに済んだ場所だ。
施設の奥。責任者の部屋に行くと、恰幅のいい男性が縛られていた。
「マスク・バロン」
「ああ、これを見てくれたまえ」
「こちらの人は」
「ここの責任者だそうだ。こいつはどうせ何も知らない」
男爵に見せられたのは、帳簿だった。細かく数字が刻まれている。
「どうりで総監邸にはなにもないはずだ。アクトー子爵はここに裏帳簿を隠していたんだな」
「総監邸も調べたんですか」
「もちろんさ。変装して、潜入捜査した」
「裏帳簿とはなんです?」
それを聞いて、仮面男爵は薄く笑う。
「アクトー子爵は相当な悪党だな。ラグナ家、そしてガラルホルン家に収めるべき金から少しずつ抜いている。しかも巧妙にだ」
ラグナ家、そしてガラルホルン家。一番聞きたくない名前が出た。同時に二つも。
「表向きは普通の鉱山経営を装い、訳ありな人間を奴隷として労働させる。鉄鉱石をちゃんと掘りつつ、本来の目的であったろう【神格】かレプリカを発掘、か。ここを始めた者はかなりのやり手だな」
マールの農園に続いて、ここもか。
是非ともアクトー子爵には話を聞かないと。
「証拠はこれでいいだろう。脱税、禁止された奴隷の売買、そして所有。無許可の遺跡発掘。傷害、殺人、職権の濫用。挙げればきりがないほどだ」
「すぐに行きますか?」
「私はフォールン憲兵支部に寄ってからだな」
「俺が先に行っても?」
「私の関知するところではないね。まあ、足止めしてくれるなら助かるが」
話は決まった。
部屋の金庫を見る。開けっ放しで、中に袋が入っていた。ずっしりとした中身の正体は帝国紙幣。1000万アーサルは入っていそう。
「これを拝借します」
「報酬として欲しいのかい?」
「いえ、アクトー子爵に返却しますよ」
騙してくれたお礼くらいはしないとね。
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