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ファミリアバース 3 シント・アーナズ

 殺意に満ちた瞳が俺を見つめている。

 前に立つと、ほんとうにデカい。


 辺境に追いやられたはずの怪物、『黒の獅子(ブラッグライオン)』がよだれを垂らして、大きく息を吐いた。


「俺を食う気か」


 話し合いが通じる相手ではないし、こちらを襲う気まんまんだ。

 だったら先制攻撃する。


「≪魔弾(マダン)≫!」


 だいぶ魔力を込めた一撃が、黒の獅子の額にぶち当たった。鉄を撃つような音がして、モンスターが下がる。


「ダメか」


 巨大な黒獅子は頭を振って威嚇してくる。たいしたダメージはなさそう。


「グルアアアアアアア!!」


 大音量の咆哮とともに飛びかかってくる。

 

「≪硬障壁(ハードシールド)≫!」


 障壁展開がぎりぎりで間に合う。

 魔法でできた盾に弾かれた黒獅子は、攻撃が逸れて壁に頭から突っ込んだ。

 まずい。こんなに暴れられたんじゃ、悪党たちが踏み潰されて死ぬ。


「一撃でケリをつけるしかない」


 この怪物はきっと、何をしても戦いをやめないだろう。だからやる。徹底的にやってやる。

 巨大なモンスターを前にし、どうしてか震えが止まらない。恐怖など感じていないのに、なぜ体が震えるのだろうか。


 ああ、きっとこれは喜びなのだ。人類の天敵であるモンスターを殺せると思うと、顔が勝手に笑みを作る。


 術式は【(ほのお)】。込める魔力は手加減なしで。


「≪極之焔(オーヴァーフレイム)≫!」


 魔法が発動。

 黒い大炎が立ち上がり、黒獅子を包み込む。

 おじい様の【神格】神火アグニとまではいかないけど、今の俺にだってこれくらいはできる。

 

「バアアアアアアアアッ!?」


 伸ばした手で宙を握る。

 これで終わりだ。

 ≪極之焔・(オーヴァーフレイム)終局(・ジ・エンド)≫。


 断末魔の叫びすら上げさせるものか。これまでおまえが殺した人々の分まで苦しみながら地獄におちるといい。


 大きく燃え上がり、巨大な怪物が骨も残らずに消える。

 ≪極之焔(オーヴァーフレイム)≫も問題なく発動。いい調子だ。

 

「やっと終わったけど、なんでこんなところにモンスターが?」


 辺境とか、あるいは人のいない地下とかにしかいないはず。

 しかし考えてもしかたがない。情報がないんだからどうしようもないだろう。


 まずは本を回収。

 ようやくこの手に戻った。なんて安心感。


「アジト、と言っていたけれど」


 まだ誰かいるのかな? 

 とりあえず悪党の人たちは置いていけない。憲兵に引き渡そう。


「≪次元ノ断裂(ディメンション)≫」


 次元の壁に亀裂を入れて、悪党の人たちを中に放り込む。

 生きてる人間を入れるのは初めてだが、まあ、たぶん大丈夫だろう。


 ≪次元ノ断裂(ディメンション)≫で空けた先は俺でもよくわからない空間。しかし物を収納するにはぴったりのものだ。

 前はよく大事なものとか食べ物を取り上げられないように、ここへ隠していた。


「これでよし、と」


 最後に巨漢のおじさんを入れて収納完了。

 あとはアジトを出るだけ。


 本を胸に抱き、部屋を出る。

 妙に入り組んでいて迷いそうになった。

 出口を探して進んでいるうち、異常に気づく。


「ん? 物音がするな。誰かいるんだろうか」


 衣擦れ、小さな呼吸。あとはすすり泣く声。

 悪党の人たちじゃなさそうだ。


 音のする部屋へ入ってみる。

 とたん、そこにいた者たちから視線を浴びせられた。


「牢屋?」


 かなり広い部屋だ。四角い鉄の牢がいくつもあって、中には人がいる。


「だ、誰……ですか?」


 か細い声がした。

 牢の中にいたのは女の子たち。見た目からして10歳から12歳くらい。もっと小さい子もいる。

 みんな色白で耳が長く、触れたら折れるんじゃないかってほどに細身だ。


「あ、俺は」

「きあああああああ!」

「ひゃあああああ!」


 なんで悲鳴? なにもしてないけど。


「な、な、なんで裸なの!?」


 そうだった。俺はいま、何も着てなかったんだった。


「ごめんごめん、服を着てくるよ」


 いやー、忘れてた。魔法を使って戦うので夢中だったから、頭から抜けてたんだよね。

 さっきの場所まで戻って脱がされた服を着る。


 で、女の子たちのところに戻る。

 服を着ているので悲鳴はなかった。


「あ、あの、あなたは……?」

「その前にここから出すよ」


 最初と同じ要領で牢の鍵を全て開けた。

 十人はいる女の子たちがおそるおそる出てくる。

 

「ありがとう……ございます」

「うん、お安い御用だ」


 しかし、この子たちはどこから来たんだろうか。彼らは自分たちが人さらいと言っていたから、さらわれてきたに違いない。

 耳が長いし、秘めた魔力もかなり大きい。もしかして。


「君たちって森の民?」

「は、はい。わたしたちはエルフです」

「どうしてここに?」

「……」


 みんな涙ぐむ。聞いちゃいけないことだったか。


「無理には聞かないけど、よければ話して?」

「……わたしたちの村、襲われました。子どもだけで逃げて、捕まって……」

「え?」


 そんなひどいことがあるのか? 

 帝国や公国の治安はどうなってるんだ。


 この大陸にはいろいろな種族が住んでいる。

 そうか。悪党たちはそういう人をさらうのか。でもさらってどうするんだ?


「ほんとうにありがとうございます。わたしたち、あのままだったら奴隷として売られていました」


 ……ありえない。

 奴隷という身分は存在しないはずだし、人身売買は帝国や公国で禁止されている。破れば重罪だ。

 

 奇妙な感情が腹の底からわいてくる。

 今まで感じたことのないものだ。


「あの……」

「あ、ごめんごめん」


 故郷に返そう。ここにいていい子たちじゃない。


「家に帰りたい?」


 彼女たちは顔を見合わせた。そして、うなずく。


「これから君たちを帰す。俺のこと、信じてもらえるかな」

「……」


 信じられないか。無理もない。

 しかし、彼女たちは再びうなずいた。故郷へ帰りたいという気持ちが勝ったんだと思う。


「うん、じゃあみんなで手をつないで輪になってくれないか?」

「輪、ですか?」

「そうそう。隣の子を手で握って、そうだ、そんな感じ」

「いったいなにを……?」

「これから魔法を使って、君たちを移動させる」


 十人のエルフの女の子が輪になった。


「目をつむって、思い浮かべてほしい。故郷か、君たちにとって大事な場所。帰りたいところを」


 女の子たちは素直に従ってくれた。


「ちょっと額に触れるよ」

「はい……」


 一番年長らしき女の子の額に手を当てる。彼女はビクッとした。

 少しだけ我慢してほしい。

 今から発動する魔法は大がかりなものだ。俺一人ではできない。


 彼女の魔力を通して、イメージが伝わってくる。

 鮮明な映像。美しい森に囲まれた家々と……奥にある大樹。

 これならいける。

 込める魔力は全部だ。

 失敗するかもしれないって?

 いいや、成功する。それだけの確信がある。


「あの……」

「ん?」

「あなたの……お名前」


 そういや名乗っていなかった。

 どうしようか。ラグナは名乗れないし、名前だけっていうのも変だな。


「シント……シント・アーナズ」


 母さんの名前が『アンナ』だから、それをもじってアーナズ。ぱっと思いついた姓だけど、気に入った。


「君は?」

「わたしはルーナといいます。ルーナ・シルフグリム」

「いい名前だね」


 彼女は目をつむりながらも微笑んだ。

 さあ、準備は整った。

 魔法を発動する。


「…………≪空間ノ移動(ジャンプ)≫!」


 魔法が発動されるとともに、ふっ、と彼女たちは姿を消した。


「成功だ」


 ≪空間ノ移動(ジャンプ)≫は見たことや行ったことのある場所にものを送ることができる。とても便利に思えるが、あまりにも多く魔力を消費してしまうのと、自分自身を移動できない、という欠点がある。

 いずれは克服しよう。きっとできるさ。


 手から伝わる魔力の感触でわかった。

 彼女たちは無事に故郷へ帰ったのだと。


「……う」


 安心したとたん、膝から力が抜ける。

 ちょーっとまずいかもしれない。魔力を使いすぎてフラフラしてきた。

 なにか食べて少し眠ろう。


「やば。目がチカチカする」


 本格的にまずくなってきた。

 そうだ、戦った部屋に食べ物があった気がする。


 今度こそ誰もいなくなったアジト。暖炉の火が弾ける音を響かせている。

 足を引きずって部屋に戻り、食べ物を探す。

 あった。無事だ。吹き飛ばされてなくてよかった。


「ふう」


 椅子に座ったら立ちたくなくなってしまった。


「いただきます」


 皿に乗せられているのはソーセージ、サラダ、薄くスライスしたパン。

 めんどうだし全部パンに乗せて食べよう。で、思い切りかぶりつく。


「…………んまあああああい!」


 なんだこれ! 信じられないくらいに美味しい。ソーセージは硬いし、サラダは干からびているし、パンはぱさぱさしてるけど、ガツンとくるうまさだ。こんなものこの世にあっていいのか? 


 すぐに完食してしまう。ごちそうさまでした。


「魔法はちゃんと使えたし、あの子たちは助けたし、悪党も捕まえた」


 少しは強くなれただろうか? 

 役に立てただろうか?

 

 そこまで考えたところで、意識を失いかける。

 このまま、眠ってしまおう――


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