サマービッグケース『ドラゴンガール』
「弔いの方はもう?」
「ああ、見送ったよ」
モンスターとの戦いで何人かが亡くなったと聞いた。
悔しさがにじむ。
「そんな顔しなくていい。毎年のように死人が出てる。それに、みな勇敢に戦い、死んだ。里を守ってな」
「状況は?」
「里に近づこうとした奴らは叩き潰した。だが半分は逃げやがったんだ」
出現したモンスターは『オーガ』が十体に『殺人猟犬』がニ十体以上。通常なら軍隊が必要な規模である。
それを少ない人数で、しかも半分を潰すなんて、やはり竜人は優れた魔法戦士が多いってことか。
「そっちはどうなったんだ? なにかつかめたか?」
「ええ、祠をこじ開けようとした者を捕まえました」
「……ん?」
「おそらく祠は問題ないでしょう。ですが明日にでも音の鳴るしかけを配置し、備える予定です」
「いやいや、待て待て。早すぎるだろ」
びっくりしているエルニールさんへ、邪剣の戦士について話す。
彼はさらに目を丸くするのだった。
「そんなことがあったのか。饗団……まったく、モンスターにラグナに、今度は別の敵か。どうなってる」
ガランギールさんもだいたい同じことを言っていた。
「ところでエルニールさん。折り入って話があるのですけれど」
「あらたまってなんだ?」
「ご神体は【神格】ですね?」
「!?」
彼を俺を見る。
「ほこらの中に入ってしまいました。あとでガランギールさんにも謝ります」
「……入った? どうやって」
「普通に開けました」
「普通に開けた!? そんなわけはない。あそこは入れないんだ」
エルニールさんの口ぶりは、彼もまた入ろうとしたかのように聞こえる。
「あなたも中に?」
「……ああ、ガキの時分だがな。大戦の前だからまだ十四かそこらの歳だ。どうしてもご神体が見たくて、鍵をこじ開けた。剣を使ってこう……バキってな感じでさ」
みんな考えることは同じか。
「だが奥の扉がどうしても開けられなかった。鍵穴がないんだから」
たしかにそうだ。
あれは魔法による施錠がされている。
「2つ目の扉は魔法によるものです。【アーガ】と唱えることで開きますね」
「そういうことだったのか。開けられないわけだ」
「その後は?」
「オヤジに見つかった。ゲキリンかとビビりまくったが、不思議なことにオヤジは普通だったよ。『どのみち入ることはできない。時を待て』と言われた」
なんとも言えない妙な反応だと思う。
「ご神体を見たのか?」
「はい。見ました。石みたいな、そんな感じです」
「石か……」
「【神格】だということは知っていたのですか?」
「里の人間なら誰でも知ってる。明言されたことはないが、間違いなく【神格】だってな。じゃなきゃ千年以上も守っている意味がない」
もっともな話だ。
「それで、どうなったんだ? なにか感じたか?」
「いえ、俺はどうしてか意識を失い、気がついたら外にいました」
「意識を? 触れたのか?」
「触れてはいません。ただ、竜のような得体の知れない形の魔力を見ましたね」
「……」
あの時のことは、思い返してもよくわからない。
「怒らないのですか?」
「いや、別にそれはいいんだ。入るなとは言わなかったしな。しかし、竜とは……」
ここで音がする。俺のあとをつけていたヴィクトリアさんが、くしゃみをしたのだった。
「エルニールさん、彼女はいったいなにをしているのでしょうか」
「ああ、あれはあんたのことが気になるだけだろうよ」
俺のことが?
「そういえばアーナズさんはいくつだ?」
「十六です。今度十七になりますけど」
「ヴィクトリアには聞かれたか?」
「ええ、聞かれました」
そう言うと、彼は小さく笑った。
「なら納得だ。あいつは負けたことがないんだよ」
「はあ」
「ヴィクトリアの頭に角があるだろ?」
「可愛いアクセサリーですね」
「違うんだ。あれは本物の角」
そうなの!?
てっきり竜人のアクセサリーかと思った。
「他の竜人にはないものだ。あいつは……先祖返りってやつらしい」
先祖返り。
つまりは、ドラゴン。
「竜人の祖はドラゴン。しかしそんな話、ドラグリアの若い連中は信じなかった。でもヴィクトリアが生まれて話は変わったんだ。あいつは言わば人の皮をかぶったドラゴンなんだよ」
人の皮をかぶったドラゴンとはまたとんでもない表現だった。
「おれたちが使う魔法はあんたたちと同じだ。だがあいつは生まれつきものすごい魔力を持っていて、他の誰も知らない魔法を使う。まだ十五歳だけど、里の者でまともにやりあえるのはおれかオヤジだけだ」
……
ヴィクトリアさんって十五歳なの!?
あの見た目で俺よりも年下だったとは思いもしない。
あれでデューテと同い年なのか。発育が良すぎる気がする。
「ほぼ同じような歳のあんたに負けたのが理解できないんだろうな。まあ、いい薬だろう」
エルニールさんはのしのしと歩き、茂みに隠れるヴィクトリアさんを捕まえて、運ぶ。
「ちょっ……」
「ヴィクトリア、なにか言うことはないのか?」
「わたしは別に」
「違うだろ。まずはアーナズさんに謝れ。いきなり襲ったんだから」
彼女は言葉に詰まる。
「う……その、ごめん、なさい」
気にしてないから別にいいのだが。
「だいじょうぶだよ。俺は『傷ひとつついてない』し、『たいして苦戦もしてない』から。議場でも『すぐに終わった』もの」
「ぐ……シントー!」
「くっくっ……あんた、それわざと言ってるだろ」
ヴィクトリアさんは涙目だった。
「おまえはどうせ自分が世界で一番強いとでも思ってただろ? でもそうじゃない。外にはアーナズさんみたいな魔法士がいるんだ。ちゃんと勉強しろ」
「勉強は……嫌だ」
子どもみたいだな。いや、まだ子どもなのか。
「アーナズさん、こんなこと頼める義理じゃないかもしれんが、こいつと仲良くしてやってくれ」
「それは構いませんが」
「……」
義兄の言葉に、彼女は恥ずかしそうだ。
とはいえヴィクトリアさんの魔法は極めて珍しく、強烈なもの。興味がないと言えば噓になる。
あとは……放っておけない。
ガラルの子たちと感覚は同じだ。なにをするかわからないのだった。
「ヴィクトリアさんは外に行ったことが?」
「アーナズさん、こいつにさん付けはいらない」
「それ義兄ちゃんが言うことじゃ……」
二人のやりとりを見ていると、おかしさが込み上げてくる。
「わたしは、外に行ったことない」
「エルニールさんは行ったことがあるような口ぶりでしたけど」
「おれは何度か外に出た。あんたのギルドのことを知ったのもその時さ」
アークスにも来たことがあったわけか。
「というか今さらだが、おまえ……オヤジに外出禁止と言われてなかったか?」
「う」
ヴィクトリアはどうやら勝手に抜け出したらしい。
「またゲキリンだな、こりゃ」
「あう……」
ちょっとかわいそう。頼まれたことであるし、少し助け舟を出そう。
「エルニールさん、まあそう言わずに。彼女が起こした事件だって、ラグナが画策したものなんですよ。俺が彼女を呼び出したとでも言っていただければ」
「甘やかさないほうがいい」
彼は義妹に厳しい。
このあともさんざんヴィクトリアをいじり倒すエルニールさんだった。
話をしているとだいぶ遅い時間になったので、解散する。
二人と別れ、宿に帰ろうとしたのだが、ふと足を止めた。
なんかさっき、変じゃなかった?
なんだろう、この気持ち。
パズルのピースが嵌まりそうで、嵌まらない。そんな感じだ。
ちょっと考えてみる。
でもわからない。
かなり疲れているし、なにも考えたくないというのが正直なところだった。
「帰って寝よう」
明日からまた忙しくなる。
ラグナ軍が動きを見せるかもしれないし、祠の護衛についても完全に安心というわけじゃない。モンスターのこともあるのだ。
俺は体を伸ばしながら、宿へと戻るのだった。




